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いつか

 この手紙を読むのは何度目のことだろう。  第一都市の「膿」とも呼べる記録。これは理久さんが調べてくれたものだった。  予想はしていたけれど、こうして明かされると憤り、いやそんなものでは生ぬるい、なにかが沸騰するような心持ちになる。 「世那、いまいい?」  ふいに扉がノックされて開けられる。優芽が手紙に目をやって「読んでいい?」と聞いてきた。  渡した手紙に目を通す優芽の顔が、だんだんと苦しそうに歪んだ。 「思ってたより、酷いな」  俺は返事をしない代わりに腰をおろした。優芽が手紙を封筒に戻して、机の上にかさりと置く。  そう、俺たちが考えていたよりも、第一都市のGlassは狂っていた。  GlassとVeilは支え合うもの。様々な能力に秀でるGlassはVeilを守り、VeilがいるからGlassは精神的に安定する。俺たちはそう教わってきた。  Glassは心が弱い。だからこそVeilに愛されることを望んでいて、そのためにはVeilを何よりも大切にすること。父も母たちにそうしていたし、そうあるべきだと思っていた。  こんな現実があることを、俺は知らなかった。 「世那、へいき?」  優芽が聞いてくる。そんなに酷い顔をしているだろうか。平気と答えようとしたけれど、やはり平気ではない。  俺の運命の相手が、自ら愛されることを拒絶した過去を、そうさせた人間たちを、もうなかったことにはできないのだから。 ◇  昼下がりの時計塔。そこでぼんやりとまつこと、数十分。すぐに彼はやってきた。 「けい、きてくれた」  それだけで俺は嬉しくなるのだ。こんなに自分が単純だということを知らなかったし、何かを愛おしく思う、その幸福を知らなかった。全部、けいがくれた大切な感情だ。 「……はやく食わせろ」 「うん。こっちおいで」 「……」  例え、けいと想いが通じ会わなくても、一緒に生きられなくても、俺はこの甘くて苦い感情に絡め取られたままなのだと思う。それならそれでいいのだ。  けいが、ここにいるということだから。 「はい、どうぞ」 「……ん」  けいの瞳と同じ色の花びらが散るケーキを、ひとくちサイズに切って差し出す。けいは、もうすっかり素直に口を開く。これがどれだけしあわせなことか、きっとけいには分からないのだと思う。 「どう?」 「……わるくない」 「そっか」  けいがぱくりと食べた瞬間の、わずかに目を見開くのが好きだ。口の中に味が広がるということを喜ぶみたいに少しだけ噛むのをやめて、そしてゆっくりと噛み締める。  くちもとにケーキの欠片がついているから取ろうとして、服の袖を伸ばした。そっと拭ったら、けいは少し不機嫌な顔をした。 「……汚れんだろ」  嫌なわけではないらしい。俺は「大丈夫」と言って、もうひとくち、運んであげる。  やっぱりけいは素直に口を開いてくれて、そのたびに、けいの頬がゆるくあがる気がするのだ。  匂いが分からない。そう告げられたとき、そしてその理由を知ったとき。けいが俺の匂いを感じることができなくて、一方的な運命になってしまったことを、俺は悲しいと思った。  けれど、けいをどうしてもみつけてしまう。Veilの匂いなんて気にしたこともなかったのに、けいの匂いだけは特別だった。  だから、こうして食べてくれるたびに、それを望んでくれるたびに、俺は身体のどこか乾いたところが潤うような、そんなかげかえのなさを感じるのだ。 「……うまかった」 「うん。よかった」  けいが無愛想に言って、なにか包みを投げてきた。「やる」とだけ言って渡されたそれは、いつしか食べたサンドイッチと同じもの。お礼なのかな。こういう律儀なところ、好きだなと思う。 「うれしい、ありがとう」  そう言って、サンドイッチを半分にした。てっきりけいも食べるのかと思ったのに、 「……おまえが食えよ」  と睨まれてしまった。けれどくちもとに寄せたら食べてくれた。まるで動物みたいで可愛い。 「……なんなの、おまえ」  もぐもぐと食べてからけいが言う。なに、と言われたら、君の運命としか答えようがないけれど、きっと怒られるよなと思って、サンドイッチを食べる。やっぱりけいのサンドイッチはどこかなつかしい。使用人とこっそり食べた食事もこんな味だった。やさしい味。  やさしい人の作る料理は、どんな高価なものよりも美味しい。 「けい。いつでもたよって」  そう言ったら、けいは少し嫌そうな顔をする。いつでも食べさせてあげる、と捉えたのだろうな。もちろんそれもあるけれど、どんなことでも、頼ってくれたらいい。   「……考えとく」  しばらくの沈黙のあと、けいは小さな声で言った。そんなに美味しいということが嬉しかったのかと思って、たしかにその通りだと思う。ごはんが美味しいと安心するものだから。  そばにいられたらそれだけでいい。そう思いながら、いつか幸せを望んでくれたら、その相手が俺だったなら、なんて淡い期待を抱いてしまう日々だ。

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