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silica 02. 過去はつづく
第一都市には「朝宮 家」という位の低い貴族がいる。数代前に降位したけれど、一ノ宮家の親戚にあたる、もとは位の高い貴族だったらしい。
その朝宮家は、十年ほど前に奥方を一人亡くし、七年前にGlassの次男が大怪我をして現在も意識不明の重体という、なかなか不憫な家だった。
そんな朝宮家の長男、朝宮透 が学園にやってきたのは、昼前の授業をサボって昼寝をしていた時だった。
俺のお気に入りの昼寝スポット、図書室のバルコニーに優芽がやってきて、学園長が呼んでいると言った。
「世那〜、なんかした?」
「なにもしてないけど」
軽口を叩きながら園長室に向かって、あの男が名乗ったとき、俺は優芽に腕をつかまれていた。
「世那。おちついて。まだそのときじゃない」
優芽が小声で言う。
最も会いたくない人間は、こんな顔をしていたのだな。そう思ったら無意識に威圧していたらしい。俺は力の強いGlassだから、少し怒ったりしただけで、弱いGlassは体調を崩したり倒れたりする。
吸って吐いて、どうにか心を整える。
もちろん優芽は何ともないけれど、この男、朝宮透も涼しげな顔をしている。学園長はふらふらしていた。
「三ツ木世那様、お会いできて光栄です」
朝宮透が恭しく頭を下げる。その顔も声も忌々しい。なによりも瞳が嫌だ。
俺の大好きな瞳と同じ、美しい青色をしている。
「俺になにか」
俺はそれだけを言った。優芽の言うように、いまはまだそのときではない。冷たく燃えているような怒りにどうにか蓋をして、朝宮透に向き合った。
「本日は、パーティーの招待をと思いまして」
「サロンのやつなら断ったと思うけど」
「いえ。次回は特別なパーティーを開催する予定なので、そちらに是非ご出席いただきたく」
「申し訳ないけど——」
「ちなみに、」
朝宮透は俺の言葉を遮って、うさんくさい笑みを、いちだんと深く黒くした。
「新入生を招待して、歓迎パーティーでもしようかなと」
俺は言葉を失った。
卒業生の朝宮透が主催しているパーティーは、主に三年生以上が参加する、GlassがVeilを品定めするためのパーティーだ。
俺と優芽は「三ツ木家だから」という理由で入学時から誘われていて、そのすべてを断ってきた。
そんな上級生のためのパーティーに、新入生を。朝宮透が何を目的としているのか。すぐに見当がついて、怒りや焦燥が押し寄せてくる。
そんな俺を見て、朝宮透の笑みがさらに歪んだ。
「そういえば、運命の相手を、見つけられたとか」
朝宮透は含みのある言い方をして、目を細めた。その瞳に宿るものは濁った熱。こういった類の熱を知っている。
これは、執着だ。
「ふふ。良い返事をおまちしております」
そう言って朝宮透は綺麗に頭を下げる。そして俺と肩が触れるほどの距離ですれ違い、どこか憎らしいものを見るように、俺を睨みつけた。
「やられたね」
優芽が悔しそうに言う。俺はとりあえず息を吐くけれど、大切なものが奪われそうな予感が警鐘を鳴らして、上手く吐き出せない。
「優芽。理久さんに報告しておいて」
「わかった。父さんにも手紙書いとく」
「ありがとう」
俺は学園長室を飛び出した。
もうとっくに授業は終わっている。昼休憩に賑わう学生をかき分けて、人気のない時計塔の扉を乱雑に開け放つ。
すぐにふわりとあたたかい匂いを見つけた。階段をのぼり、柱の裏をのぞいて、ようやく胸の辺りが軽くなった。
「……おまえかよ」
けいが俺を見上げた。ああよかった。何も変わらず、何も知らず、ここにいてくれた。
「けい。あのさ……」
言いかけて、色々なものが喉元に詰まってしまった。
けいの知らない、知る必要のない、醜く歪んだものから遠ざけたいのに。何をどのように伝えたらいいのか。
どうしたら、守れるのだろうか。
「…………なんだよ」
俺を見上げるけいが不安そうに言った。苛立った声色だけど、心配しているみたいだ。
俺のそばにいてほしい。つい、そんなことを言いたくなる。けれどそれはちがう。
俺は、けいに自由でいてほしい。
「ごはん、もう食べた?」
「……まだ」
「食べさせてあげる」
「…………ん」
けいは無愛想に包みを渡してきた。
けいがサンドイッチを頬張る。たったそれだけが特別になるような「過去」を、もう二度と繰り返してはいけない。
こんなにも大切で脆い存在を失うようなことがあったら、俺は粉々に砕けてしまうような気がする。
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