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silica 03. おやすみ

 わたし、今日はとてもかわいいです。 「おとねちゃん! 似合ってる!」 「ほ、ほんとうかな、へんじゃないかな」 「変じゃない! かわいい!」  ツキちゃんが褒めてくれます。わたし、ツキちゃんとすごく仲良くなりました。放課後にアイスを食べに行ったり、お部屋でいっしょにお勉強したり。けいくんもたまに混ざってくれますが、大体は「俺はいいよ」と言って遠慮してしまいます。それがすこし寂しかったりします。  けれど、今日はいっしょです! 「おとね。準備できた」  扉がノックされて開いたら、そこにはピシッとしたシャツとジャケットに身を包んだけいくんがいました。まるで王子様のようですね。かっこいい! 「けいくん! かっこいい! すごくかっこいい!」 「……動きにくい」 「でも、でも、かっこいいよ!」  ツキちゃん、見とれています。わかりますよ。  けいくんは小柄なのにスタイルが良くて、スラッとしているのです。だからこういう正装みたいなもの、よく似合います。というかなんでも似合いますよ。きっと着ぐるみとかでも似合います。……それはどうでしょう。 「おとね、いい感じじゃん。ツキも」 「へ!?」  ツキちゃん、お顔がゆであがっています。わかりますよ。けいくんって、こういうところあるんです。  でも、わたしもツキちゃんもとてもかわいいです。  わたしが、うすい緑色のふんわりとしたドレスを着ていて、ツキちゃんはやさしい黄色の、すこしスマートなドレスを着ています。  ツキちゃんの髪の毛ってくすんだ茶色みたいな感じなのですが、すごくサラサラできれいなのです。だから、こういうドレス、本当に似合っています。  わたしの髪ってくるくるした茶髪なんです。本当に小動物みたいな感じで幼くて、ちょっと恥ずかしい。 「あ! そろそろ時間ですよ! 行こう!」  いけません。のんびりと準備をしていたら、もうすこしではじまってしまいます。  いまだに湯気が出ているツキちゃんにカバンを持たせて、けいくんにネクタイを締めてあげて、わたしはショールを羽織って、みんなでお部屋を出ます。 「……帰りてぇな」 「けいくん、まだ寮だよ!」  行く前から帰りたそうなけいくんと一緒に、今日は三人で新入生歓迎パーティーへ行きます! ◇  たいへんです。  わたしたち、無事に入場できたのですが、けいくんの機嫌がたいそうわるい。いつもわたし以上に愛想が悪いのですが、もうそんな次元じゃないです。ムスッとしてます。どこからどう見ても。  あれは会場となる学園のサロンに到着したときでした。サロンには人がたくさんいました。みなさんきれいなドレスやスーツに身を包んでいて、ちょっとくらくらしました。  そんなとき、けいくんがなにかを見つけて舌打ちをしました。いったいどうしたのだろう、と思って視線を追って、わたし、すごい顔しちゃいました。  このパーティーって、GlassとVeilが出会うためのものらしいのです。今日だけ特別に、新入生も参加できる、ちょっとしたイベントみたいなものです。  このパーティーにツキちゃんがさそわれてしまって、どうしても断れなくて、けれど一人では心配なのでついていくことにして、そうしたらけいくんが来てくれました。  けいくん、こういうところって大嫌いなはずなのに、「おとねが心配」という理由で来てくれたのです。  そしてサロンの人集り。その中心に、なんと世那先輩がいました。  よくないと思います。こればかりは。  このパーティーに参加されるということは、将来の番を見つけるためって、クラスのみんなが言っていました。だから招待されたツキちゃんがうらやましいとか、そんなことも。 「あの、けいくん。なにか、なにか、事情があるのだとおもうの」 「……」 「えっと、その、だから」 「……俺には、関係ないことだろ」  けいくん、こころなしか少し寂しそうな感じがします。気のせいでしょうか。  ツキちゃんがずっと小声であやまってくれます。   「わ、私がちゃんと断れたら、よかったんだけど」 「だいじょうぶ、大丈夫ですよ」    ツキちゃんって第一都市の子なんです。  第一都市で生まれた他のVeilと同じように、十三歳からは第三都市の施設に預けられましたが、わたしたちのように捨てられたわけではないのです。  だから、お家の付き合いとかあるんです。そういうのって大変だと思います。ツキちゃんのお家は、あまり位の高いところではないらしいのです。  ツキちゃん、できるだけ高位貴族のGlassの番になるため、この学園に来ているのです。ツキちゃんだけではなく、ほとんどみんなそうです。貴族のVeilってそういう役目。 「……ツキのせいじゃないだろ」  けいくん、舌打ちしながら言います。ツキちゃん「ごめんね、ありがとう」と言って、ドリンクに手をのばします。すると、けいくんはそれをさりげなく止めて、 「飲むな」  と言いました。 「こういうところのものは、絶対に飲むな」  けいくん、なんでもないことみたいに言います。ツキちゃんが何度も頷いていて、わたしも頷きます。けいくんってすごいです。でも、やっぱり寂しそうで不機嫌です。 「けい。なんで来てるの」 「……」  ああ、ついに世那先輩がやってきました。  わたしたち、パーティー会場のすみっこの小さなテーブルにいるのですが、世那先輩ってオーラっていうか、存在感がすごくて、いっきにスポットライトがあたったような感じです。まぶしいな。 「けい、帰ってほしい」 「は?」  なにか、なにか理由があるのはわかりました。世那先輩の表情がすごく硬い。ここに来たくて来ているわけじゃないと思う。だってけいくんのこと、本当に大好きだから。  けれど、その言い方は良くないかも!   「おねがい」  世那先輩がすがるみたいに言います。雨に濡れた子犬みたいです。すごく必死だけど元気がない。   「…………おまえも、結局、」 「けい?」  けいくんがすごく苦い顔をしています。なんかよくない。これ、よくないです。あれ、そういえば優芽先輩はどこでしょうか。こういうとき、やんわりとまるくしてくれる優芽先輩がいません。 「……帰る」 「けい、あの——」 「おい。ツキを無事に帰せよ」 「え? うん。わかった」 「……」  しんとしました。この場所の空気がすごく張り詰めていて、冷たくて、でもなんだか、悲しい感じ。  けいくん、なにか言いたそうです。苦しそう。でも世那先輩はもっと苦しそう。どうにかしたいけれど、優芽先輩、どこにいるんですか。 「……おとね、帰るぞ」 「え、あのっ、えっと」  わたし、もたもたしていたら、ツキちゃんが私は大丈夫と言わんばかりに頷いて背中をおしてくれました。  スタスタ歩いていくけいくんを追いかけます。けれどドレスなのでつまずいてしまって、けいくんがすぐに腕をつかまえてくれました。そして一緒に帰ります。  会場の喧騒が、どんどん遠くなっていく。 「けいくん、大丈夫?」 「……なにが」  けいくんがむかしみたいな、孤児院に来たときみたいな、塞ぎ込んだ顔をしています。心配です。  世那先輩がどうしてパーティーにいたとか、そんなことはもはやどうだってよくて、いまはただ、けいくんが傷ついているんだなって。それだけが悲しいです。  夜の学園から寮までの道を歩きます。かなりゆっくり歩いているのは、きっとわたしがドレスだから。  わたし、なんて言葉をかけたらいいのか分からなくて俯いていました。だから、けいくんが足を止めていたこと、少し遅れて気が付きました。 「けいくん?」  そう言って見上げたら、けいくんが見たことのない顔をしていました。わたしに貸してくれている腕が震えていて、足も震えています。表情はまばたきもできないくらい強ばって、まるで天敵を見つけた動物みたいです。  けいくんが、恐怖しています。 「慧。ようやく会えた」  じっとりと湿ったような声がしました。その人は月明かりを背負って、薄暗い影のなかで、瞳だけを光らせていました。怖い。 「けいく——」  逃げようと言おうとしたら、けいくんがわたしを突き飛ばしました。わたし、道の端の草むらに尻もちをつきます。ちゃんと痛いです。けいくんがこんなことをするなんて、これはきっとただごとではない。    あわてて顔を上げたら、はっきりと「逃げろ」のジャスチャーが見えました。けいくんは背中にまわした手の、ひとさしゆびを折り曲げていました。その手も震えている。    わたし、あわてて花壇のところに這っていきます。せめて隠れます。けれど、その人には、けいくんのことしか見えていない様子です。ギラギラとした瞳をして、けいくんに一歩、二歩、ゆっくりと近づいていきます。  神様に出会った人間ってこんな感じなのでしょうか。すごく崇高なものに、近づきたいけれど近づけないみたいに、その人は重たく足を動かすのです。  しかし、けいくん逃げません。ぴたりととまって何もしない。いえ、できないのかも。手や足が縫い付けられたみたいになっている。    わたし、人を呼びに行こうと思いました。この様子だとバレません。急いで世那先輩を呼びに行きます。だからまっていて、けいくん。  そう思って、草むらをこっそり踏みつけたときでした。 「慧。これ、飲めるよね」  と聞こえてきました。わたしはあわてて振り返ります。その人、けいくんにグラスみたいなものを近づけています。どうして。けいくん、なんの抵抗もしないで、すんなりとグラスの中身を飲みほしました。    けいくんの体から力が抜けてだらりとするのを見て、わたし、悲鳴が漏れそうになります。なんとか噛み殺したら、もう走ります。とっくにヒールは脱いだから足の裏がチクチクしますが、それよりも、けいくんが、けいくんが。   「おっと」  夢中で走っていたら何かにぶつかりました。 「あれ? 音音ちゃん?」  けれど、それはとてもよく知っている声でした。わたし、涙とか鼻水とかすごくて、上手く言葉でてこなくて、だけど「たすけてください」と言いました。 「けいくんが」  そう言ったら、優芽先輩の顔色がすぐに変わって、「ちょっとごめんね」と言ってから、わたしを軽々と抱き上げました。……なぜ?  そのまま会場に入っていくので、わたしちょっとこれは恥ずかしくて、できるだけちいさくなります。あ、優芽先輩の匂いがしますね。ってこれは、つい、なんだか落ち着く匂いだから、つい。  優芽先輩、すぐに世那先輩を見つけました。世那先輩から、なにかものすごい熱? なんだか息苦しい感じの何かが漂ってきて、まわりにいたひとがくらりとしています。  優芽先輩が両腕でわたしを庇うみたいにしたから、わたしはすぐに大丈夫になりました。  そして世那先輩の気配もすっかり落ち着いて、いえ、顔色は酷いです。優芽先輩と世那先輩は走り出しました。 「音音ちゃん、ちょっと走るね」  優芽先輩、走り出してからですが、そう気遣ってくれました。わたしなんて放り投げてはやくけいくんをたすけてほしい。そう思いますけど、わたし、ちいさくなることしかできません。  いつのまにか大通りにいました。けれどそこには馬車がいて、いままさに、馬車は走り出すところでした。きっとあの馬車にけいくんはいます。  どうしましょう。わたし、いますごく、どうして、眠たい。  意識がぼんやりとしていく外側で、世那先輩が「追いかける」みたいなことを言っています。だから優芽はおとねちゃんを、そんなようなことも。 「音音ちゃん。眠っていいよ」  優芽先輩がそう言います。ねむりたくない。けいくんはだいじょうぶですか、ゆうがせんぱい、たすけて。  というか、なんだか、やっぱりおちつく、 「……ゆうがせんぱい、いいにおい」 「んん!?」  わたし、とうとう意識を手放しました。優芽先輩がなんだかすごく、びっくりしていましたね。    

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