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ash 01. やさしく包む

 学園に通い始めて二年。ひさしぶりに訪れた第一都市は何ひとつ変わっていなかった。変わったことといえば、三ツ木家に珍しい客人がいるということだろうか。  俺は屋敷の二階、一番日当たりの良い部屋の扉をノックして開けた。そこは寝室で、ベッドサイドの椅子に黒い髪の彼が座っていた。 「慧くん、世那の様子はどう?」 「……変わんねぇよ」  慧くんは眠る世那をじっと見つめていた。俺も視線を追って、その寝顔にためいきをつく。  まったく、無茶をする。  いくら強いGlassが頑丈だからといって、飛行船から飛び降りて無傷なわけもなく、けれど致命傷でもないのだから恐ろしい。世那は海に打ち付けられたというのに、せいぜい全身の打撲と、いくらかの骨が折れた程度だ。  しかし世那が守った慧くんには、かすり傷のひとつもなかったらしい。こればかりは誇らしい。  慧くんと世那は第一都市の病院に運ばれたけれど、すぐに慧くんは第三都市へ送られることになった。第三都市はGlassの侵入が許されないVeilだけの都市で、Veilにとっては一番安心できる場所だから。    しかし、慧くんはそれを拒んで、世那のそばにいると言った。だから三ツ木家に招いたのだが、まあ、この第一都市で三ツ木家ほど安全な場所もないし、それに関しては安心だ。  Veilの母たちもいるし、それになにより、嫁いで家を出た四番目の兄、紗良(さら)にぃが、わざわざ帰ってきてくれたから。 「あら、優芽! きてたのね!」 「あ、紗良にぃ〜!」  紗良にぃはVeilだけど身長が高いし、それなのに女性的な言葉を使うし、Veilの病院で働いている医師だから頭も良くて、なによりも優しくて面白い、俺の大好きな兄だ。 「優芽、本当に学園は大丈夫なの?」 「大丈夫! 世那が目覚めるまで、こっちにいてもいいってさ!」 「そう。それならあなたも看病手伝いなさい!」 「もちろんそのつもり〜」  こんな状況だし、今回のことは学園も責任を感じているみたいだから、俺と世那、それから慧くんも、特別に学園を休んで、第二都市から出る許可も出た。  なんといっても朝宮透の危険性は事前に伝えたのに、学園はそれを重要視しなかったし、その結果がこれ。  色々と複雑な問題は山積みだけど、それは大人たちに処理させればいいこと。俺にできることは、世那が目を覚ますまで、慧くんをしっかり守ることくらい。 「慧くん、ちゃんと食事と睡眠とるんだよ〜」 「わかってる」 「うーん、ほんとかな?」 「……」    慧くんが目線をさまよわせたら、紗良にぃが困ったような顔をした。 「この子ったら、放っておくと食べないし眠らないのよ」  そして、慧くんの背中をぴしっと叩く。慧くんは背中を叩かれても何も言わない。こんなことが許されるのも紗良にぃの人柄だろうなと思う。 「この家はどこよりも安全だし、ちゃんと休みなね?」 「……」  慧くんは渋々頷く。紗良にぃが息をついて、世那の診察をはじめた。 「うん。今日もスヤスヤ眠ってるわね」  紗良にぃがそう言って世那の包帯をほどくと、慧くんは替えの包帯を紗良にぃに渡した。紗良にぃもあたりまえのように受け取っているし、その慣れた連携に、慧くんがどんな思いでここに留まっているのか、なんとなく分かる。 「世那、早く起きろ〜」    Glassは自己治癒力がものすごく高いから、負傷するととにかく眠る。逆に言うと、病や怪我が治りにくいVeilと違って、Glassは眠るだけで回復する。  でも、世那は生まれてはじめて怪我をしたんじゃないかなと思う。風邪もひいたことがないから、どれくらいで治るのか見当もつかない。 「あ、そうだ慧くん、音音ちゃんが心配してたよ」  慧くんがぱっと顔をあげる。  音音ちゃん、慧くんのことを伝えるたびに、そわそわしたりパタパタしたり、すごく落ち着きがなくなるのだ。  慧くんは世那が目覚めるまで第一都市にいると教えたら、「わたしも行きます!」と言い出したから困ってしまった。   「おとね、どんなかんじ」 「すごく元気だよ! そうそう、お手紙預かってるんだ。慧くん、もしよかったらお返事書いてあげて」 「わかった」  慧くんは安心したように言って、手紙を受け取った。  本当は音音ちゃんも連れてきてあげたかったけど、家族も番もいないVeilが第一都市に来ることはほぼ不可能だ。  今回の慧くんくらい特別な事情がない限り、ちょっとむずかしいことなのだ。 「さてと、俺は母さんたちに、あいさつでもしてくるかな〜」 「あら。まだしてなかったの」 「そりゃもう、世那優先で来ましたからね〜」 「ふふ。はやくいってらっしゃい」  そして部屋を出ようとしたら、慧くんが「俺も」と言った。 「……挨拶する」  どういう感情なのか、目を逸らしながら言うから、紗良にぃが「無理しなくていいのよ?」と言っている。俺も同じことを言おうとした。  母たちはそんなことで怒るような人たちじゃないし心配しなくていい、紗良にぃがそんなようなことを言ったら、慧くんはちょっと俯いて、 「……挨拶はする。ただ、……ちょっと緊張してるだけだ」  なんて言うから、俺と紗良にぃは顔を見合わせてしまった。紗良にぃが「あらやだかわいい!」と言って抱きつこうとするからそれはとめて、 「じゃあ一緒に行こうか」  と誘った。慧くんは頷いて、世那に近づいたら「いってくる」と声をかけた。 (……あぁ、なんか。いいなぁ)    こんなときに思うことじゃないかもしれないけれど、世那と慧くんの間にはなにか信頼みたいな、それよりも少しだけ強い何かがあって、それはゆったりと流れるように、二人を包みこんでいた。

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