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ash 02. にぎやか

 三ツ木家の屋敷の庭にある別邸で、母たちはそれはもう大切にされている。  大抵のVeilは番の仕事の補佐みたいなことをする。同性なら相棒みたいになることも多いみたいだ。ちなみに、紗良にぃの嫁ぎ先は医者の一族で、紗良にぃは番の相棒だ。 「庭、まだ来たことないっけ?」 「ない」 「きれいなところでしょう?」  慧くんは庭を見回してから頷いた。  三ツ木家の庭は本当に壮大だ。多分馬車とかで行かないとまわれないくらい広い。    慧くんと俺は森みたいな林の小道を歩いていて、そのさきには湖と、畔に佇む別邸がある。  別邸とはいうけれど、実は本邸よりも立派な屋敷だったりする。俺たちは七人兄弟なのだが、全員母が違うのだ。  つまり、母は七人いる。  別邸には七人の母と、その使用人、そして幼い俺たちが過ごしていたから、このくらい立派じゃないときゅうくつだったのだ。 「慧くん、緊張は?」 「…………へいき」 「はは! すごく嘘だ〜」  慧くんはいつだって表情が硬いけど、今日は何倍もしかめっつらだ。慧くんという子は、俺が思っていたよりもずっと素直で、世那と同じくらいまっすぐな子だ。  きっと、母たちも慧くんを気に入ると思う。 「あー……、あのね、慧くん」  けれど、ひとつだけ、ちょっとめんどうなことがあるから、それだけは伝えなくてはならない。 「母さんたち、基本的に良い人なんだけどさ……」 「……なに」 「うーんと、なんていうのかなぁ。みんな父さんのことが大好きでねぇ」  屋敷がどんどん近づいてくる。すこしだけ歩をゆるめて、どう伝えたものかと悩む。しかし、こういうのはちゃんと伝えるのが大切。 「父さんの特別大切な人が世那の母さんなんだけど、だから、そのせいで、ちょっとみんなから妬まれてる」 「……」  慧くんはなんとも言えない顔をして、「あいつは」と言った。 「あいつは、きらわれていたのか?」 「え?」  俺はちょっと返事に困る。慧くんがそんなことを気にするとは思っていなかったし、いやそんなことはないか。  慧くんはすごく情に厚いというか、大切にしたい人を、すごく大切にする子だと、なんとなく分かってきた。 「ちょっとだけね」  ごまかすのもよくない気がして、けれどありのままはやめて、あいまいに答えておく。慧くんは何も言わない代わりに、少しだけ悲しそうに目を伏せた。 「でも、そういうのがあったからかなぁ。世那、使用人たちとすごく仲が良くてね」  俺はちょっとあわてて言う。弁解みたいになってしまうけど、これは本当のことだから、まあいいだろう。 「たのしいからとか言ってさ、使用人の仕事をかってに手伝ったりとかしてたんだよねぇ」 「……あいつが?」 「うん! 窓拭いたり、洗濯したり、芋洗ったり!」 「…………芋」  そう言って、慧くんが少し笑うから驚いた。  なんだか、慧くんの雰囲気がずいぶんとやわらかくなっている。    飛行船で何があったのか。慧くんに聞くのは酷だろうと、俺たちは世那の回復をまっている状況だから詳しいことは知らない。  けれど、発見された状態からして想像はできたし、だからこそ俺たちはかなり慎重に見守っているのだが、慧くんは拍子抜けするくらい穏やかだ。  それに、すごく献身的だから、父さんも兄さんたちもこっそり心配しているらしい。  GlassとかVeilとか関係なく、紗良にぃ以外は慧くんに接触しないと決めたから、かなりもどかしいみたいだ。    世那の見舞いとかこつけて、慧くんにものすごい量の差し入れをするから、紗良にぃが迷惑だと送り返しているらしい。紗良にぃ、大変そうだ。この家の人達らしくて微笑ましいけど。  そうこうしていたら、いつのまにか別邸に到着していた。入ろうか、とドアノブに手をかけたところで、内側から大きく扉が開く。 「優芽! やっときてくれた! 世那は、世那は大丈夫なの!?」  さらさらの白い絹みたいな金髪をなびかせて、そのひとは俺の肩をすごい勢いで揺らしてきた。「大丈夫だから落ち着いて〜」と伝えたら、すぐに揺れは収まった。   「慧くん、こちら青蘭(せいら)さん! 世那の母さんだよ」 「……」  慧くんが青蘭さんをじっと見上げる。青蘭さんも慧くんをじっと見つめて、なんだか不思議な光景だ。  やがて青蘭さんは静かに膝をつき、慧くんの顔をそっと覗いたら、 「ようやく、君に会えたわ」  と言って微笑んだ。  慧くんは何かを言いかけて、少し悩んで、ぺこりと頭を下げた。そして、青蘭さんのことをまっすぐにみて、 「……世那、俺のせいで、ごめん」  と言葉を並べるみたいに言った。青蘭さんはきょとんとしてから、くすくすと小さく笑って、やがて「あはは」と大きく笑った。 「私は、世那よくやった! って思ってる。だから、君が、こうしてここにいてくれて、すごくうれしいんだ」  青蘭さんがニコリと微笑む。このひとは父さんに出会うまえ、第三都市の孤児だったらしい。だからけいくんの境遇には俺たちよりも思うことがあるのだと思う。 「優芽。私たちのことも紹介しなさい」  青蘭さんのうしろから、これまた大群の母さんたちがやってくる。先頭にいるのは俺の母。そしてそのうしろに、扇みたいに母さんたちが広がっている。  慧くん、ちょっと萎縮している。  青蘭さんが母さんたちの大群を睨みつけて、 「ちょっと! みんなできたら怖がるでしょ!?」  と声を荒らげた。 「はあ? でしゃばりな貴方に言われたくないわね!」 「あら! 世那の大切な子なんだから当然でしょう! あなたこそ、ちょっとは自重したらどうなの?」 「貴方って! 貴方って本当に生意気ね!」  俺の母と青蘭さんが言い争う。いつもの光景だ。  この二人、俺と世那を同じ時期に授かったからというのもあって、何かと衝突しているみたいなのだが、なんというか、たまにもしかしたら友人なんじゃないかなと思う。  うしろの母たちも、すごくあきれた顔をしている。  父さんの特別な人が青蘭さんで本当によかったと思う。きっとこのひとだから、世那はまっすぐな子になった。 「二人ともその辺にしなさい。優芽、慧くんも、どうぞゆっくりしていって」  母たちの最後尾からゆったりと現れたそのひとは、そう言って穏やかに微笑む。このひと、(ほのか)さんは、一番上の兄の母さんで、父さんの最初の番だ。母さんたちのリーダーというか、ボス? みたいな感じらしい。  俺と慧くんは庭が一望できる部屋に通されて、慧くんと俺はソファに、母たちは各々好きなところに座ったり立ったりしている。相変わらず自由な人たちだ。  俺たちの前に座ったのは青蘭さんだけ。そして母たちを一人一人紹介していて、慧くんは難しい顔をしている。 「全員覚えなくていいよ」  そう言ったら、慧くんはちょっと悔しそうに頷いた。意外と負けず嫌いなのかもしれないと思う。 「……優芽の母さんは、なんて言うの」  ふいに慧くんが言ったら、遠くでお菓子を食べていた母が飛んだきた。 「夏華(なつか)よ。よろしくね、慧くん」  母がすごく良い笑顔で、青蘭さんを吹き飛ばした。青蘭さんの額に青筋が見える。これはまた喧嘩だ。  と思ったけれど、青蘭さんはやれやれと息を吐いて、 「今日は気分がいいから、見逃してあげるわ」  と言った。母が苛立ちを隠さずに微笑む。  それを見て、慧くんがふっと笑った。 「賑やかだな」  母さんたち、ぴたりと動きを止めて慧くんに釘付けだ。慧くんってなんだかこう、人を惹きつける子だよなあと思う。  孤児院のやつらみたい。と付け足したのは、きっと俺にしか聞こえていない。慧くんは小さい子のお世話をしていたと音音ちゃんが言っていたから、つまりそういうことだ。母たちには知られないようにしよう。 「慧くん。私たちを、いつでもたよりなさい」  青蘭さんがそう言ったら、慧くんは目を見開いてから、またやさしい顔をした。        

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