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ash 05. よりそう

 三ツ木家の庭は、母たちが好むものが集められている。とくに父がこだわったのは花畑だ。仄さんと一緒に作ったらしい花畑は、季節ごとに様々な花を植えているから、いつだって華やかだった。そんな花畑の中心に一本の樹が佇んでいる。  その木陰で休憩をしてすぐに、けいは俺の肩で眠ってしまった。  三ツ木家の屋敷で過ごすことになって数週間。本邸の二階はけいの過ごすフロアとなって、俺と優芽、紗良にぃ、そして母たちしか入れない場所になった。だから二階ならばどこに行っても人はいないのだが、けいは自分からどこかへ行くことがなかった。  というよりも、俺から離れようとしない。朝起きたら俺の部屋にやってきて、俺が行くところに行く。  そしてよく眠る。部屋にいても庭や図書室やバルコニーに連れ出してみても、しばらくすると寝息を立てている。 「慧くん、夜は眠れていないみたいなのよ」  けいが眠っているとき、紗良にぃが教えてくれた。睡眠薬を飲むことに抵抗があることも。 「でも、世那がいると眠れるみたいね」  紗良にぃはソファで寝落ちたけいを、どこか悲しそうに見つめていた。    木陰にいると、出会ったときを思い出す。  香りに惹かれて見つけたけいは、まるで世界から隠れているみたいだった。しかし、それは怖いからではなくて、どこか悲しい、決意のようだった。  まるでたったひとりの世界で強風にあおられて、それでも揺らがないようにと根を張る大樹のようで、もうすぐ朽ちてしまう花のようだった。 「……世那」  名前が呼ばれて、ふと肩が軽くなる。のぞきこむと、けいはまだ半分眠っていた。 「寝てていいよ」  そう言ったら、けいはまた頭を傾けた。そして「へんなゆめ、みた」と呟くように言った。 「どんなゆめ?」 「世那が芋になるゆめ」 「えぇ」  けいが息を漏らすように笑う。しかし「でも、」と言うと、さらさらと吹く風に混ざる匂いが悲しくなった。 「足と羽が生えて、どっか飛んでく。届かないとこ」  けいは「へんだった」と言いながら、俺の腕を手で探って、そしてすこし引き寄せた。 「かえってくるよ」 「……芋が?」 「うん」 「なんだそれ」  けいが笑う。そしてまた、すぐに眠ってしまった。  ゆったりとした時間が過ぎていく。しかしそこには確かに、重ねられた傷の面影があった。 ◇  ある夜のことだ。  もうすっかり足の骨がくっついて、さっそく理久さんに呼び出されたから、俺は半日ほど屋敷を空けていた。そのあいだ、けいは母たちと過ごしていたらしい。  すこし心配だったけれど「はやくいけ」と言われてしまって、追い出されるようにして家を出た。そして帰宅して眠る時間になったころ、けいが俺の部屋にやってきた。 「もう、寝る?」  けいは遠慮がちに聞いてきた。  けいが夜に訪ねてくるのは、はじめてのこと。そして俺も夜には会わないようにしている。けいの悪い思い出は、いつだって夜だったから。 「まだねないよ」  そう答えたら、 「すこし、いっしょにいたい」  と、けいが言った。  けいが望みを口にすることは嬉しいけれど、その理由が不安や恐れだと分かるから、くやしいと思う。 「いいよ、おいで」 「……ん」  開けたままだった窓から風が入って、カーテンがさらさらと揺れていた。けいは慣れた様子でベッドサイドの椅子に腰をおろすと、カーテンのすきまから窓の外をながめた。俺は、そんなけいのとなりに立つ。 「おまえが寝てるとき」  ふいに、けいは思い出したように呟いた。 「紗良が、運命の相手はいるっておしえてくれた」  俺は「うん」と言う。けいはしばらく何も言わないで、そっと俺の小指に指を絡めたら、きゅっとにぎった。 「……世那の匂いは、きっと、わからない」 「うん」 「…………俺は、世那と番になれない」  けいが指をはなそうとしたから、とっさにつかまえる。そして俺が握りしめたら、けいはゆっくりと握り返した。 「けい。俺ね、番になれなくてもいいとおもってる」  俺がそう言うと、けいは俺を見上げた。俺は膝をついて視線をそろえて、けいの瞳が月の光に染まるのを見つめた。 「けいが運命をわからなくても、いいんだ」  運命だったからけいを見つけることができたけれど、きっとそれだけ。きっと、けいを見つけるためのもので、だから、もういいのだ。  もう、見つけた。 「俺は、けいのいる世界で生きていたい」  できることなら、となりで。  けいの瞳がきらきらと揺れる。そして、なにかをこらえるみたいにやさしく目を細めたら、俺の首のあたりに額をうずめた。 「け、けい……?」  俺はすこし動揺してしまう。けいがこんなふうに触れてくるのは、はじめてのことだった。けいの体温が直接伝わってくる。  けいは「へんなやつ」と笑って、 「よかった」  と呟いた。そしてぐっと重たくなるから「けい?」と呼んでみたら、おだやかな寝息が聞こえてくる。  俺はそっと抱き寄せてベッドに寝かせて、少し迷ったけれど、そのとなりに横になった。 「おやすみ」  そう伝えて、やわらかい寝顔をながめる。  この時間がいつまでも続いたらいい。  かなうことならば、このさきもずっと。  けいが世界から隠れなくてもいいように。しあわせを望んで、悲しみを口に出せるように。  それが、運命に選ばれた理由だったら、いいのに。  

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