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ash 06. わたす

 俺は世那の部屋で眠るようになった。食事も世那と食べて、というか食べさせてくれて、たまに世那は出かけるけれど、それ以外は一緒にいた。そうしていると落ち着くしなんとも思っていなかったのだが、気になることができた。  あれは、紗良が俺に会いに来たときのこと。自宅に戻った紗良は、たまに様子を見に来てくれるのだが、あの日はちょうど世那がいない日だった。  紗良がわすれものをして追いかけたら、屋敷の玄関ホールに、紗良を迎えに来た男の人がいた。  紗良は嬉しそうに駆け寄り、そして二人は顔を寄せた。  わすれものは渡し損ねて部屋に戻って、俺は考えた。どうして、あの行為を、あんなに幸せそうにするのだろうか。考えたけれど分からなかった。 「紗良、なんでキスってするの」 「…………えっ!?」  だから紗良がやってきたときに聞いてみた。紗良はなんでも答えてくれるから、きっとすぐに答えをくれると思ったけれど、頬を赤らめただけで答えてくれない。 「まあ、そうねぇ。好きだから、かしら」  しばらくして、紗良は両手で頬を抑えて言った。「好きだから」紗良の言葉を繰り返してみるけれど、だからどうして、そうしたいのか、よく分からなかった。 「好きが、あふれちゃってもう大変! ってとき、それを伝え合うのよ」 「……なんで?」 「私は同じ気持ちを伝え合うって、すごく素敵なことだと思うの。あぁしあわせだなあって」  そう言って、紗良は綺麗に微笑んだ。本当にとびきりの幸福のなかにいるみたいで、やっぱり不思議だった。  けれど同じ気持ちだと嬉しいというのは、すこしわかる。 「……世那は、俺に好きって言う」 「あらまぁ」 「……その感情は、分かった」 「あらまあ!」 「……でも」  だからこそ、その行為は、していいものなのか。  だってあれは恐ろしいもの。    俺が言葉の続きを言わなかったら、紗良は息をついて、 「あのね、触れ合うというのは、心を渡す行為なの」  と言った。そして、すこしだけ厳しい顔をした。 「けれどそれはね、一方的に押し付けて傷つけることもできる。心は、まるくなったりとがったりする、不安定なものだから」  そう語る紗良の表情が苦しそうだった。  好きには種類があって、恐ろしいものもあるけれど、本当は綺麗なものだと知っている。  世那と出会って、知った。 「だからね、慧くんの『好き』を渡したいと思ったら、そうしたらいいの。方法はいくらでもあるわ。そのひとつが、キスというだけ」  紗良が教えてくれたから、もういちど考える。  好きを渡したい。そう思ったことは何度だってあった。俺がそれを渡したとき、世那はどんな顔をするだろうか。  きっとすごく大切に受け取って、喜んでくれる。そんな気がした。 ◇  眠る前、世那はいつも「おやすみ」と言う。そして、すごく幸せそうな顔をする。  その顔は世那が俺に「好き」というときに似ていて、その顔を見るとあたたかいようなむずがゆいような気持ちになる。俺は、その顔を見るのが好きだった。  だから俺は体を起こして、横になる世那の前髪をさらりとやさしく撫で上げたら、その額に口付けをした。そして、 「……おやすみ」  と言って世那に背を向けた。なんだか鼓動がうるさい。どうやらこれは緊張するものだと分かった。  けれど、好きを渡すというのは、わるくなかった。    

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