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glass 02. ホタル
部屋に戻るとけいはいなくて、『庭にいる』と書き置きがあった。もうすっかり日は落ちている。俺は心配になりながら庭に向かった。
すると、庭からチカチカと小さな光が点滅するのが見えた。
「あ! 世那ー! やっと帰ってきた!」
母が遠くから俺を見つけて、けいがこちらに走り寄ってくる。
「おかえり」
「うん。ただいま」
そういえば、もうそんな時期だったと思う。
毎年、この時期になるとホタルがやってくる。母たちはこれを見るのが好きで、この時期になると、花畑の樹の下に敷物や椅子を持ち込んで、気がすむまでながめるのだ。
「青蘭にさそわれた」
けいはそう言って、こちらに手を振る母たちのところに、俺の腕を引いて歩き出した。
「けい、母さんたちと見たい?」
「……? べつにどっちでも」
「じゃあ、こっち」
俺はけいの手を取って、母たちのいる反対側の、小高い丘の方へ歩いていった。
「お気に入りの場所があるんだ」
俺がそう言ったら、けいは楽しそうに「ふうん」と言った。ホタルの灯りがひっそりとしてきた草むらを、ふたりで歩く。
しかし丘に登ると、その足元には星のようにたくさんのホタルが現れた。けいが目を見開いて、
「……きれいだな」
と呟く。そこは、小さな池といくつかの花が咲いているだけの、この庭にしては寂れた場所。
「ここ、俺の秘密基地」
「……ひとにおしえていいのそれ」
「けいだけ。内緒にしといて」
けいは少し笑って「わかった」と言った。
どこよりもホタルが集まる場所なのに誰もいなくて、きっとそれは、ここが俺の隠れる場所だと、みんなが知っているから。
けいがそっと丘をおりていく。手は繋がれたままだから、俺もあとをついていった。
「……孤児院にも、似たような池があった」
けいがぽつりと言う。
「孤児院のやつらは、夏になると泳ぐ」
「泳ぐんだ。けいも?」
「……俺は見てた」
「ふふ。見てたんだ」
けいがふと立ち止まって、俺を見上げた。
「……世那は」
けいはそれだけ言って、俺をじっと見つめた。どうしたのだろうと思っていたら、けいはどこか拗ねたように、
「おまえのことをおしえろ」
と言った。俺は思わず笑う。どんなことでも、けいが望んでくれることが嬉しかった。
自分のことを話す、というのは難しい。けれど、けいに知ってほしいことなら、ひとつだけ。
「俺はGlassの力が強くて、だから、小さいころは、周りの人たちに、すごく怖がられていたんだ」
けいは静かに聞いていた。
あのころ、俺は母の悪口を聞くことも、母たちに理不尽な小言を言われることも、兄弟と遊べないことも、すべてが悲しかった。けれど、それを表に出してはいけなくて、いつもひとりになりたかった。
誰のことも、傷つけたくなかったから。
「……けいを、傷つけたらって思うと、すごく怖い」
そう言って、俺はうつむいた。
けいがわずかに手を握る。そして「じゃあ」と言った。
「つかまえてみろ」
そう言って、けいは手を離したら池の方に駆けていく。
「……ええ? ちょ、どういう、」
戸惑う俺など気にもしないで、どんどんホタルの灯りに紛れていく。俺は、あわてて追いかけた。
「足、はや」
知らなかった。けいは足が早い。けれどすぐに背中が近づいてきた。
「けい、まって、」
名前を呼んでも止まってくれない。だから、けいの体を抱き寄せて、つい持ち上げてしまった。
「つかまえたよ。なに、いきなり」
そう言ったら、けいは肩で息をしながら笑った。いつもより高い体温と、ずっと近い距離に、いまさら緊張する。
けいはひとしきり笑って、俺と視線をあわせたら、
「世那が思ってるほど、俺は弱くねぇよ」
と言って、やさしく言い聞かせるみたいな顔をした。そして俺の頭にそっと手を置いた。
「だから、おまえもたよってこい」
けいはそう言って、またやさしく笑う。それからあきれたように「なんつーかおしてんの」と言った。
「……どんな顔?」
「なんか、泣きそうな顔」
「ふふ。いやだなぁ」
俺の心は、伝えても伝えきれないほど、おおきくてやさしくて、あたたかい、けいへの感情であふれてしまって、それは言葉にできなかった。
「けい」
名前を呼んだら、けいと視線が交わる。
いま、どうしようもなく、けいに触れたかった。
けいがわずかに目を伏せる。
そしてそっと、互いの唇が触れる。この感情は熱になって伝わって、ふたりのあいだをきらきらと、ホタルがまたたいた。
けいがふと笑う。そして、
「……ほんとだ、これ、しあわせだ」
と言うから、俺は少し驚いた。けいの「しあわせ」と一緒にいることが、たまらなく嬉しい。
「世那、もういっかい」
けれど、これはこれで心臓が大変なことになりそうだから、困る。
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