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pure 06. 棘が刺さった
わたし、朝起きて、すこしだけパニックです。ここはちいさな教会なので、礼拝堂の他にお部屋はふたつだけ。そのうちのひとつはシスターのお部屋です。だから、子どもたちはみんないっしょに眠ります。
「けいくん! シスター! どこですかー!」
朝、起きたときにけいくんもシスターもいなくて、ずっとみんなで探しています。けれど幸くん、全然起きない。むにゃむにゃ言っている。幸くんなら、けいくんを見つけられると思うのに。
「もう、幸くん。おきてください……」
もういちど揺り起こしますけどダメです。
「おとねちゃん! 街の方にもいなかったよ!」
ツキちゃん、朝からずっと探し回っています。
もしかしたらふたりでお散歩かもしれない、そう思いましたけど、シスターの布団もけいくんの布団も冷たくて、夜のうちにいなくなってしまったみたいなのです。
「シスター、けいくん、いったいどこ……」
わたし、途方に暮れてしまう。
けれど、もう朝ごはんの時間なので、孤児院のみんなにごはんを食べさせます。ツキちゃんといっしょに作りました。あまり味がしなかった。
◇
それから幸くんが目を覚ましたのは、なんと朝食の香りに腹を鳴らしたから。幸くん、なんだかぼんやりしていて、眠った気がしないとか言っている。
「とにかく! けいくんどこにいますか!」
わたし、ちょっと声を荒らげてしまった。だってシスターが何も言わずにどこかへ行ってしまうなんてなかったし、けいくんが、また危険な目にあっていたらと思うと、本当に心配です。
幸くん、犬みたいに嗅ぎ回って、ある方角で首を傾げます。
「あっちから匂いするけど、」
そう言って指をさしたのは、第三都市の墓地です。とても広いところです。第三都市は半分くらいの土地が墓地です。本当にたくさん死んでしまうから。
けれどわざわざ墓地に行く人なんて見たことがない。みんな墓地のことはすきじゃないです。だから行きたくないけれど、幸くんの鼻を信じます。
「わ、私も行くよ!」
ツキちゃんが言います。けれど断ります。ツキちゃんには孤児院のみんなをまかせたい。だから幸くんを連れていきます。
幸くん、「はやくいこうぜ!」って言っていますけど、墓地に行くんですよ。なにか勘違いしていますかね。
そして墓地に向かいます。墓地までの道って色が抜け落ちたみたいに暗いんです。きっと最低限の整備しかしていないからだと思いますけど、お花の一輪でも植えたらいいのに。そんなことを考えて気を逸らします。
「幸くん、ほんとうにこっち?」
「うん! あそこ!」
幸くんは、墓地のかたすみに佇む、古びた教会を示します。こんなところに教会があるなんて知らなかったな。
「どうして、けいくんこんなとこ、」
わたし、いっきに不安になる。けれど幸くんがピクニックでも行くみたいに陽気だから気が紛れますね。
教会が近づいてきます。わたしと幸くん、ぴたりと足を止めて、顔を見合せて、そっと近くのお墓に隠れます。誰のお墓だろうごめんなさい。
「たくさんいる」
幸くんが呟きます。そうなんです。この墓地、たくさんVeilの匂いがします。死んでしまったVeilは匂いなんてしないし、それに、第三都市はVeilの匂いってしないんですよ。Veilしかいないから、みんな匂いが混ざって消えちゃうんだよって、シスターは言っていました。だから幸くんってすごいですよね。嗅ぎ分けられるんだもの。
そんなことを考えていたら、教会のところ、黒い影が揺れました。
「けいくん、」
けいくんがいました。見つけた。けれど他のVeilの姿は見えません。どこにいるのだろう。と思っていたら、教会のずっとうしろ、どこまでも続く墓地のへこんでいるところに、なぜか飛行船がありました。大きな飛行船です。そこからVeilの匂いがする。
あわてて幸くんの方を見ると、なんだか真剣な顔をしていました。どうしたのだろう。
けいくんが教会の朽ちた扉をゆっくり開けます。けっこう離れているのに、ギギギという鈍い音が聞こえてくる。
「おとね、これよくないやつだ」
幸くんが言います。よくないって、どういうこと。
幸くんが「いくぞ」と言って、わたしの手を取り、教会に走っていきます。まっすぐに走っていく。
古びた教会の扉が、ギギギと閉まります。
幸くんが「くそ」とつぶやきました。幸くんは意外と口が悪い。焦る心の外側で、そんなことを考えます。
ふいに、わたしのうでがつかまれた。
「おとねちゃん……」
シスターの声です。シスターの、聞いたことないくらい悲しい声が、わたしの背中からくぐもって聞こえます。
そして、ぐっと重くなりました。
シスターは、わたしと幸くんを両腕で抱きしめて、離しませんでした。
「シスター、」
わたしは鼻がいいわけではないのですが、はっきりと、教会のなかにある、おそろしい匂いを感じ取っていました。
「シスター、けいくんが、また、またつかまってしまう」
おそろしい匂いです。けいくんが、恐怖していた、あのひとの匂い。わたしはもがきます。けれど、シスターは強く抱きしめました。
いやだ、離して。
「……おとねちゃん、ごめんなさい」
シスターが泣いています。どうして。何も分からなくなってしまって、恐ろしくなってしまって、わたしも泣いてしまいます。
そんなわたしの手が、ふいにあたたかくなりました。
「幸くん……」
幸くんは、わたしの手をぎゅっとにぎって、教会を静かに見つめていました。ものすごく真剣な顔をしています。
野生の動物が、狩りをするときみたい。
「そうか。けいのこと、囮にしたんだな」
幸くんが、低く唸るような声で言いました。シスターは何も言いませんでした。おとり。おとりって、どうして。
とつぜん、なにかが弾けたような、大きな音がしました。すぐに、教会から白い煙があがります。
「くちを、ふさぎなさい」
シスターがささやきます。シスターはわたしのくちを覆うようにしました。
これは、なんですか。
風に乗って白い煙は流れていく。
すると、飛行船のほうから、たくさんの人がやってきました。みんなシスターや修道士の服をまとっている。
何人かは、意識のないVeilを背負っていて、何人かは、その手に銃やナイフをもっている。
古びた教会を、みんなのおそろしい顔がうめつくします。誰かが教会の扉を破りました。もう煙はすっかりと消えている。
光の差し込む礼拝堂が見えました。
通路を、しずかに、みなさんは歩いていく。
そして、朽ちてしまった屋根の破片が散らばる祭壇に、こちらに背を向けて横たわる、黒い髪が見えました。黒い髪と、それから、けいくんが恐怖していたおそろしいひとの、倒れている姿。
みんな、そのひとを囲みます。銃口を刃を、向けています。わたしはめをつむって、けれど、はっとします。
「……けいくんっ、」
誰も、けいくんを誰も見ていません。あんなに苦しそうに息をしているのに。
ここにはたくさんVeilがいて、なのに、そのひとたちはおそろしいひとを、どうにかするのに夢中です。けいくんのことを、だれも。
わたしはもがきます。けいくんが苦しんでいる。だって背中が震えている。ここからでも分かってしまうくらい、大きくて浅い呼吸をしている。
けれどシスターは腕を緩めません。どうして。
「おとね、おとね」
また、わたしの手があたたかくなりました。幸くんは、わたしの手をにぎって、空を見上げました。
「みて。もう、だいじょうぶ」
教会を覆い隠す影がエンジンの音といっしょにやってきました。教会のそばにふわりと降りて、なかから、誰かがおりてきました。みんな、そのひとに目を向けます。
そのひとは、けいくんのところに、まっすぐやってきて、そっとひざをつきました。そして、けいくんをやさしく抱き上げて振り向きます。
そうしたら動けなくなりました。銃やナイフがからからと落ちる音がする。
「世那にぃ、おこってるなぁ。はじめて見た」
幸くんはのんきに言いました。
世那先輩の威圧で誰も動けなくて、みんなの膝がくだけてしまって、けれど、シスターだけは、
「あのひとが、けいくんの」
と、いつもみたいに、やさしくておだやかな、だいすきなシスターの声で言いました。
世那先輩は、乗ってきた空を飛ぶ乗り物に、けいくんを抱えて乗り込んでいきます。
そして、もう一機、また一機、次から次へとやってきて、どんどん墓地は踏まれていく。
たくさんのGlassがおりてきました。教会にいるVeilも、背負われている意識のないVeilも、おそろしいひとも、みんな鎖で繋がれて連れていかれました。
シスターが腕をほどきます。
「私も、行きますね」
そう言って、シスターは立ち上がりました。わたしは、それをながめていました。
なにが正しいのか、もう分からなかった。
シスターのうしろすがたが、ちいさくなる。
「音音ちゃん」
ふと、声が降ってきました。
「……優芽先輩」
わたしは顔を上げます。優芽先輩は、わたしを包むように見下ろしていて、わたしは安心してしまった。
優芽先輩にしがみつくように手を伸ばしたら、優芽先輩が背中をなでてくれました。わたしは優芽先輩のふところに顔をうずめます。
「また、また、けいくんが……!」
わたしは悔しくて情けなくて、シスターのことを思い出して、ずしんと重たくなって、それはちくちくとした棘になりました。
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