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clear 02. 大変なこと
少し困ったことがある。それは俺の弟、世那のことだ。
俺たちは第一都市にいることが増えて、世那が研究所に行っているあいだ、俺は佳澄にぃの秘書のようなことをしている。この仕事は父の勧めで、夕にぃがやっていた仕事だ。
「世那は相変わらず?」
佳澄にぃが仕事の手を休めずに言う。この膨大な仕事量を毎日一人でこなせてしまうのだから、本当に恐ろしい。
「ん〜。ちょっとこじらせてるかなあ」
「はは。世那は意外と臆病だったんだね。いやちがうか、臆病になってしまうのだろうね。それくらい大切な子なのかな」
佳澄にぃ、書類の山をどんどん切り崩しながら、けっこうちゃんと世那の考察をしている。我が兄ながらどういう脳の作りをしているのかと思う。
「慧くんだっけ。会ってみたいよ」
佳澄にぃが紙を束にして渡してくるから受け取って纏める。
佳澄にぃの顔を見るのは本当にひさしぶりのことで、ほとんど記憶にないようなものだったけれど、笑顔が仄さんによく似ていた。作り物みたいな顔だ。
「世那にも会ってやってよ〜」
「それは本当に会いたいね。すごく無表情な子だったけど、いまも?」
「あ〜、どうかなぁ。慧くんといるときはずっと笑顔」
「ふふ。かわいいね」
佳澄にぃはまた手を止めないで普通に会話をしている。紙の山は崩されていくけど、いっこうに終わる気配がない。どれだけ仕事するのだとちょっと心配になる。
「そろそろお昼だね。優芽、世那とごはん食べてきな」
「佳澄にぃはまだ仕事?」
「もうちょっとやったら休憩にするよ」
「ほんとかなぁ」
「ほんとほんと。ほら行っておいで」
きっと仕事しているのだと思うけど、不思議なことに食事と睡眠を怠っているわけではないのだ。いつのまにか食べてるし寝てる。本当に人間なのかな。
世那が昼休憩をするのは、第一都市の無駄に広い公園の、無駄に綺麗な屋根のあるところ。そこからの景色が好きらしいけど、最近は景色を見ていない。
ベンチに深く腰かけてテーブルに頬杖をついたら、なんだか憂いのある顔をして息を吐く。その様子を遠巻きに見る人々がけっこういるのだが、たぶん世那は気付く余裕がない。
「……けいに、会いたい」
最近の世那はこれしか言わない。
「会いに行けばいいじゃんって〜」
「……むりだよ」
「も〜、まったくこの子は」
俺は世那と向かい合うように腰をおろして、サンドイッチを頬張る。勧めたら世那も食べ始めたけれど、またすぐため息をつく。
「なんでそんなに会いたくないのさ」
「……」
俺が何回聞いても具体的なことを教えてくれない。会いたいけど今の俺では会えない、そんなことしか言わない。
「会うたびにすきになるんだ」
世那がふいにつぶやいた。惚気みたいなのに、その表情は苦しそうだった。まるでなにかに怯えているみたいだ。
「でも世那、慧くんも、世那が好きなんだよ」
「……うん」
「むずかしくなる必要なんてあるのかなぁ」
「……」
世那がうつむいて「あるよ」と言った。こんなに寂しそうな顔は見たことがなくて、ちょっと戸惑った。サンドイッチを落としそうになるくらい。
「……まあ、でも、避けるみたいなのはやめなさいよ」
「さける?」
「えっ、無自覚!?」
よくない態度とは、というものを一通り教えて、ますます落ち込んでしまった世那を横目に、昼休憩はおわった。
◇
学園は学園祭の準備に忙しない。とくに四年生の熱がすごかった。一年生以来だし最後だからしかたないけれど。
「えぇ。ちょっと本格的すぎない〜?」
俺と世那のクラスは「超本格ミステリー迷路カフェ」という、なんともまぜこぜな感じのやつだ。しかしクオリティはすごい。空き教室を丸々ふたつ使った最高傑作だ。迷路と謎解きとカフェが楽しめるらしい。よくばりな。
「優芽。優芽も衣装合わせるって」
「はいはーい。って、おお! いいじゃん!」
俺と世那はやはり強制的にカフェの給仕担当。屋敷にいる執事と街のウェイトレスを混ぜたような服を、世那は見事に着こなしていた。すごい。教室の外に一年生かな、たくさんひとがいる。
「あれ、」
そのずっとうしろから、慧くんがこちらを見ていた。なにやら大きな箱を抱えているから作業の途中なのだろうか。けれど、世那を遠巻きにする子たちと世那を見比べるようにして、ふいっと顔を背けて行ってしまった。
(うーん。世那、これは本当に、)
世那は慧くんの匂いに気づいたけれど、もう慧くんの姿はなかった。
この不器用な二人を見守るのは、なかなか大変だ。
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