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clear 05. いつかはきっと
第一都市の研究所は、病院に併設された施設だった。広大な温室で薬草を育てながら研究をして、病院の、主にVeilの患者に処方している。だから、ここはVeilのための施設といっても過言ではない。
「世那くんのおかげで作業が捗るよ」
所長の千璃 さんが言う。この人はとても優秀な人だ。Veilに処方している薬のほとんどは、この人が開発したものらしい。
俺は正式な研究員ではないけれど、千璃さんのおかげで薬の開発に携わったりもできた。まだ学生の俺の意見も聞いてくれる、懐の広い人。
「例の薬、その後はどう?」
千璃さんが気遣うように聞いてくる。あの薬の解毒薬を作ってくれたのも千璃さんだ。俺が熱心に勉強していたから、という理由で一緒に研究してくれた。
「いまはもう副作用も落ち着いています」
「そう。それはよかったね」
千璃さんは本当に安心したように言った。けいが入院しているあいだも心配してくれていたし、なにかと気にかけてくれている。
「千璃さん、色々とありがとうございます」
「あはは。そんな大したことしてないよ」
千璃さんはひとしきり笑って「それに、」と呟くように言った。
「番のために頑張っている子は、放っておけないよ」
そう言って、どことなく悲しそうに微笑む。
この研究所で働くGlassは番がいない人が多いらしい。Veilを救うことに熱心な理由など考えなくても分かる。きっと、想像もできないほどの悲しみを抱えている人達なのだと思う。
Glassが番を失うのは耐え難い苦痛だ。それはよく聞く話。
けれど、番を忘れることは絶対にないらしい。番になるとは、そういうものだと、父も兄たちも言っていた。
「……千璃さん、相談があって」
「なにかな」
俺は、けいと番になれなくてもいいと思っていた。ずっとそばで生きていられるのなら、それだけで。
けれど、けいが「番になりたい」と泣くのを見て、心のどこかが握りつぶされるような心地がした。
もうすぐ切れてしまう糸を手繰り寄せるような不確かなものを、確かなものにしたいと、強く思ってしまった。
「——つまり、世那くんの手から食べるものには味を感じて、世那くんの匂いも分かるようになった」
「はい」
「でも、Coreが傷ついたときからヒートが来なくて、番になれないんだね」
千璃さんはペンをくるくるとまわして考えていた。千璃さんは考えるとき、よくこうする。
しばらくして、千璃さんは「俺の専門ではないけどね」と前置きしてから、優しく微笑んだ。
「Coreってすごく繊細なものだから、ちょっとの刺激も嫌がるVeilが多いんだ」
俺は頷く。けいの右腕には深く皮膚を切り裂いた跡が、しっかりと残っている。それを思い出したら顔をしかめてしまった。
「自分を守るために、ヒートも、嗅覚も、全部押さえ込んでいたのかもね」
千璃さんが、そっと俺の肩に手を添えた。
「でもどうやら世那くんのおかげで、少しずつ取り戻しているみたいだけど」
そう言って、また優しく微笑んでくれた。
「世那くんがいちばんの薬だったってことだね」
だからいつかはきっと、と千璃さんは言ってくれた。
いつか、そんな日が来たら、それはとてもしあわせなことだ。
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