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veil 06. つよくなる
そっと離れていく熱は、すぐに冷めた。
「……いやだ」
かすれた声がした。俺からこぼれた声なのに、俺ではないみたいだった。もうなにもかもが嫌だ。気に入らない。気に食わない。
世那の胸にあたまをおしつける。体重を全部のせてぶつかったら、世那はおどろいて、簡単にバランスを崩した。そのままうしろに倒れる世那の腕のなかに、俺は隠れた。
「いやだ、やだ、……いやだよ」
こらえていた、押し込めていた感情で喉が擦り切れていく。痛くて、痛くて、けれど濁流のように止まらない。
「いやだっ……いやだ、いやだ、」
何が嫌なのか、もう分からない。俺のせいで壊れた、俺のせいで狂った、だから傷ついた傷つけた捨てられた。しかたがないと、心に生まれた感情を握りつぶして見ないようにして、でも溜まっていくから苦しい。
「いやだ、やだよっ、」
感情が堰を切ったようにあふれていく。
世那の腕のなかで俺はうずくまって、子どものように泣きじゃくった。
息がつまる。苦しい。全身から空気が抜けていくみたいなのに、痛いくらいに強ばっている。俺が殺してきた幼い俺が、いまさら泣いている。
「いやだよ……、そばにっ、いたい……」
でも、世那が壊れたら、いやだ。
もうごちゃごちゃだ。
あふれる感情が身体を切り裂いてばらばらになる。しかし世那は繋ぎ止めるみたいに、俺を強く抱きしめた。
「俺は、こわれないよ」
世那の少しだけ震えた声がする。俺を中心に回る痛みが渦を巻いていて切り裂かれてしまうのに、そんなことはかまわないと、世那は飛び込んで抱きしめて「こわれない」ともういちど、しっかりと言った。
「……なんでっ、」
俺は縋るみたいに聞いた。世那は、抱きしめる力を強くして「だって、」と言った。
「俺は、けいの運命だから」
渦に切れ目ができる。
「……運命」
俺だけの、たったひとり。
兄さんは俺のせいで明が壊れたのだと言った。義母さんは俺が兄さんを狂わせたのだと言った。父さんは俺を無価値だと言った。
世那は、俺を運命だと言って、愛してくれた。
「……」
馬鹿みたいだ。失うことが怖いくせに、失うことを選んで、その覚悟も、我慢も、全部要らなかった。
ここに生きている、いまは、何も失っていないのに。
俺は透明なものから逃げて、世那に悲しい嘘をつかせた。
「…………ごめん」
あんなに苦しかった身体がゆるくほどける。世那の体温が鼓動が、どうしようもなく愛おしくて、切なくなった。
俺を取り巻く風や雨がぴたりとやんでも乾かないから、まだずっとこのまま、世那の腕のなかにいたい。
「世那、そばにいて」
もうだめだと思った。意地を張ることも誤魔化すことも、この感情には意味がない。わがままになってしまう。
世那の腕がわずかに震えた。そして絞り出すような小さな声で、
「もう、いなくならないで」
と言った。俺は頷いた。何度も謝った。世那は、もう離したくないみたいに、俺を強く抱きしめていた。
◇
燃やされたのはシスターの薬草畑だけだった。メイルの教会の畑も、おとねの育てている薬草も、そのまま残った。
「全部燃やすのかと思った」
俺が言ったら、世那は「まさか」と言って、
「そうさせないために、来たんだよ」
と、得意気に笑った。
薬草畑の柵はなくなって、ひとつの広い草原になった。
ここだけが、燃えてしまった。
くもりの空の切れ目から、陽の光が、澄み切った海を照らしていた。
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