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第5話

 熟れた果実を思わせる甘やかな香りに、重く鋭い気配が重なり合う。いつしかその二つが混ざり合い、部屋は噎せ返るような濃密な空気に満ちていた。  遠く、警笛の音が聞こえた。主の異変に気付いた自国のものかもしれなかった。外の時間は、変わらず流れ続けている。変わってしまったのは、閉ざされたこの一室だけだった。  ふっと意識が遠退きかける。すかさず、一番悦い場所をぐんっとナカから突き上げられた。強制的に、意識を引き戻される。 「……あ、あぁぁ……も、へん、に、なる……」 「なればいい。俺が、すべての世話をしてやる。安心しろ。誰にも、誰の眼にも、お前は、触れさせない」 「あ、あぅ、っは、あ、バ、カ……いう、な……っ」 「リディ……あぁ、リディ……ずっと、お前と、こうなりたかった……ようやく、お前と繋がれた、リディ……!」  クロイツの髪から滴る汗が、リディアンの頬に落ち、肌を伝う。その体液の一滴すら、この身体は悦び受け止めようとする。  触れ合う場所から体温を分け合って、互いの境界すら曖昧になる。意識も、身体も、魂までもが融かされて、混ざり合う。こんな交わりがあったことを、リディアンは今初めて、この身を以て知らされた。 「あ、っ、あ……ま、た……い、く……また、イクいく……ッ」  全身がガクガクと痙攣する。悦楽の所為なのか恐怖の所為なのか、もう自分でもワケがわからなかった。何度目か分からない空イキを強いられて、そのたびに意識が朦朧とした。それでも、まだ許されない。  クロイツが、リディアンの最奥で腰を大きく震わせた。二度、三度、腰を打ちつけるように精を放つ。こうして何度もナカで精を放っているはずなのに、その熱棒は一向に勢いを衰えさせなかった。それがアルファに対し、オメガのフェロモンの為す作用であることを、リディアンは絶望的な思いで感じ取る。 「もっと啼け。お前の声を聞かせろ」 「も……むり、……ぁ、ああぁ」 「もっと。もっとだ……!」 「っひぁ、あ、やだ、ぁ、あ、あッ!」  その後もリディアンの嬌声は響き続けた。散々啼かされて、掠れたように擦り切れてなお、クロイツはリディアンの声を欲しがった。  プライドも、矜持も、抵抗の意志さえも、とうに溶けて消えた。アルファに組み敷かれるオメガという現実の前では、そんなものは露の抗いにもならなかった。  今宵、これまで信じてきたものすべてが崩壊した。それと同時に、どこか安らぎにも似た感覚を覚えた。それは、本来在るべくした場所に、収まることができたような――長きに渡って張り詰めていたものから、ようやく解き放たれたような感覚だった。 「俺の、番になれ、リディ」  深く繋がったまま、耳元で低く囁きを落とされた。蕩けきった思考で、唐突な言葉を受け止める。 「……つが……い……」  そんなことは、許されない。自分にはこの先、国を背負って生きる使命がある。なけなしの理性が、その重過ぎる言葉を拒んだ。 「……むり……だ……そんな、の……」  流し過ぎて、もう枯れたと思っていた涙が、再び零れ落ちた。どうして泣いているのか、自分でも分からなかった。 「お前も、お前の国も、俺が護る。約束する。だから、頼む。俺の、番になってくれ、リディ」  乞うてくる声は、切実だった。  何故、それを自分に問う。目の前にある項に、噛みつけば良いだけの話だろう。リディアンは、はらはらと涙を零し続けた。  国を継ぐ者として生きてきた、二十数年間の記憶が、脳裏を駆け巡る。  剣を握ることを覚える前から、玉座の重みを教え込まれてきた。民の顔を、一人でも多く覚えろと言われた。隣国との均衡を保つことこそ、王たる者の責務だと、父の背を見て育った。  ――お前がいなければ、この国はどうなる。  誰の声だったか、判然としない。幼き日に聞いた父の声か、師の声か。それとも、これから生まれるはずだった、リディアンという名の『王』を惜しむ声か。  番になるということは、これから先、あの玉座には座れないということだ。国を継ぐ者としての自分は、ここで終わる。積み上げてきたものすべてを、手放すことになる。 「私……は……」  火照る指先で、リディアンはクロイツの背に、そっと触れた。我を忘れる中、自らが爪で刻んだその傷痕を、なぞって確かめる。  微かに、その背が震えた気がした。  ――もう、いい。  国よりも、名誉よりも、今はただ。  ――この腕の中がいい。  生まれて初めて、義務より心を選ぼうとしている自分がいた。その心境の変化に戸惑いながらも、リディアンは抗うことをやめた。  うつ伏せにされる。クロイツの唇が、首の後ろへと押しつけられた。オメガにとって、最も守り抜かなければならない急所を、ゆっくりと舐め上げられる。ぞくぞくと、全身が粟立った。  それは、恐怖ではなかった。  その場所に落とされるものを、この身体は待ち望んでいる。  腰を引き寄せられ、高く突き出す形となった後ろに、再び滾る熱が押し込まれた。相手のカタチを覚え込まされた身体は、待ち侘びたようにそれを呑み込んでいく。  すぐに、ひどく緩慢な律動が始まった。気持ちのイイ場所を、やんわりと擦り上げられる。両肘をついて支える身体を仰け反らせ、はっ、と熱い吐息を漏らした。疲れ果てているはずの身体は、まだこうして可愛がってもらえることを、貪欲に悦んでいた。 「はいと言え」 「う、うぅ……」 「番になると言え、リディ」 「あ、あぁぁ……」 ゆっくり、少しずつ、登り詰めていく。だからこそ、考える余裕もあった。 優しく、揺さぶられる。穏やかに、口づけられる。だからこそ、考えられなくなっていく。 「なぜ……かみ、つかない……」 「……それでは、だめだ」 「かみつけば、いいだろう……」 「だめなんだ、それじゃあ」  少しだけ、声が震えていた。どんな顔をしているのか気になって、振り返ろうとする。けれど肩を抑えられて、それは叶わなかった。 「お前の匂いは、甘過ぎる。この匂いに耐えられるアルファなど、いはしない」 「そ、んな……ぁ、あっ」 「このまま、国へ帰すなど……できるはずがない。他の男が、お前に触れるなど……」 「っあ、あっ、あぁッ」 「考えただけで、気が狂いそうだ……ッ」  次第に、動きが激しくなる。  その時、廊下から、慌ただしい足音が聞こえてきた。揺さぶられる視界に、扉を映す。足音は、会談の場から離れて、待たせてあった自国の騎士たちのものだ。きっと自分を、探している。  あの場であったことを、恐らく誰一人とて口外しない。できるはずもない。護衛についてくれた彼もまた、主の尊厳を守り抜くため決して口を割ることはないだろう。  廊下を行き交う彼らは皆、扉一枚隔てたこの場所で、自らが仕える主がこんな行為に耽っているなど――他国の皇子に組み敷かれ、あられもない姿を曝け出しているなどと、考えもしないだろう。  騎士たちの気配を窺うように、クロイツは動きを止めていた。ちょうど足音が扉の前を通り過ぎるとき、後ろからズンッとひと際奥を突かれた。 「ん”んッ!!」 不意を突かれた衝撃に、背が跳ね、喉が反り、思わず声を上げそうになる。 「どうした、啼かないのか」 「ッん………ぅ、んぅぅ……っ」  シーツに口元を押しつけて、声を殺した。なおも、廊下を往く足音は続いている。 「聞かれたくないか、俺以外には」 「っふ、ぅ、うぅ……」 「そうだな、俺も聞かせたくはない。だが、聞かせてやりたくもある。俺のもので感じているお前の喘ぎを」 「や、ぁあぁぁ……」  リディアンの反応を愉しむように、クロイツは残酷なまでにゆっくりとした抽挿をしはじめた。一番悦い場所は、これ以上となく敏感になっている。入るときは押し上げるように擦り上げられ、出るときは張り出した部位に引っかかる。その場所を刺激されるたび、全身に力が入って、足の指がぎゅうっと丸まった。まるで、後ろのすべてが性感帯になってしまったみたいだった。 「……ふ……ぁ、うぅぅぅぅ……っ」  愉楽の波が、音もなく押し寄せる。最後はぐうっとひと際強く前立腺を押し上げられて、限界まで身体を強張らせた。シーツに顔を押しつけたまま迎えたのは、静かな絶頂だった。  廊下の足音は、ようやく聞こえなくなった。

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