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第一章 モブ山モブ生の挑戦(2)
結局、放課後まで粘ってはみたものの、今日も写真は撮れなかった。
しょんぼりとしながら、徒歩で二十分ほどで着く我が家に帰る。外壁がクリーム色の二階建て一軒家は、俺が生まれた時に両親が奮発して購入したものだ。近所の一戸建てが落ち着いた色合いばかりなので、遠目にするとやけに目立つ。俺は玄関の鍵を開けて家に入った。
幸いというべきか、亘代はまだ帰宅していないようだ。安堵した俺は二階にある自分の部屋に入り、鞄を机の上に置いてベッドの上に横になった。
一般家庭に生まれ付いた俺が、煌びやかなステータスの子息子女が数多く通う楓陵学園に入れられた理由の一つがこれだ。徒歩で通えるエスカレーター校。この辺りのそこそこ頭のいい小学生は中受で皆私立校に行ってしまうこともあり、公立校の治安はあまり良くない。そういった学校に通わせるぐらいなら、ちょっと無理をしても近所の学園に入れた方がいいのではないか? 俺の両親はそう考えたようだ。
俺自身は仲の良かった子たちが進学する公立校でも良かったし、正直、能力が平均値な俺がこの学園に自分が受かるとは思ってもいなかったのだが、駄目元で受けてみたところ何故か合格してしまった。お陰で友達作りに未だに苦労している有様だ。
モブ山モブ生として存在は知られているものの、同級生たちは住む世界が違う人間と好き好んで付き合おうとは思わないようで、俺の友人は片手で数えられるぐらいしかいない。しかも今年は皆クラスがバラバラだ。故に、友達作りも早急の課題であるのだが、写真問題に頭を悩ませている間にクラスメイト達はどんどんグループが固まっていってしまっている。もしかすると、今年はひとりで過ごすことになるのかも知れない。俺が憂鬱な気分でいるのは、そういった理由もあってのことだった。
「ただいまー」
亘代はそこそこ学校で上手くやっているようだ。玄関から明るい声が聞こえてくる。
俺の所為でモブ山モブ代と呼ばれているらしいが、本人は逞しくも、その名前のお陰で他人に自分を覚えてもらうのが楽になったと笑っていた。初対面でもある程度会話が弾むのだという。この点、亘代はコミュ障な兄とは違って陽である。
「お兄ちゃん、いるの?」
とたたたと階段を上がってきた亘代が、自分の部屋に入るよりも先に俺の部屋に顔を出す。
両親が共働きな関係で、俺たちはかなり幼い頃からふたりきりの時間を過ごすことが多かった。だからか。一般的なきょうだいと比べるとかなり仲がいい部類に入るらしい。亘代もそれには自覚があるようだ。「うちは仲良し兄妹だからね」などと、自分たちが不在の間に俺たちがどうしているのか心配する両親に笑って言う。
「写真、どうだった?」
とはいえ、香月の写真に関しては、仲が良いからといってなあなあでは済ませてくれないようだ。二言目には写真の話を持ちだしてくる亘代に俺はどきりとしながらベッドから降りた。そして、床で土下座のポーズを取った。
「ごめん、亘代」
「またぁ? お兄ちゃん、どうやったらそこまで撮れないの。同じクラスなのに」
「瀧居家のガードが固くて……」
「こっそり撮ろうとするからでしょ。堂々といってみたら」
「俺のスマホが瀧居家に壊される未来しか見えない」
「うーん」部屋に入り込んできた妹が、鞄を足元に置いて俺の前に座る。「お兄ちゃん、ネガティブだよね」
「亘代がポジティブ過ぎるんだよ。大体、お前が撮れなかったものを俺が撮れる筈がないだろ」
俺と比べてポジティブで行動力もある亘代は、俺が尻込みするような状況でも果敢に道を切り拓いてゆく。モブ山モブ代呼ばわりなんて、思春期の少女にとっては屈辱的だろうに、それさえも自分をコミュニケーションの一手段にしてしまえるぐらいだ。逞しいの一言では足りないぐらいのバイタリティの持ち主。そういった亘代が、香月の写真一枚撮れないなどということがあるだろうか? 確かに瀧居家のガードは固い。特に女子に対してそれは顕著だ。だが、バイタリティ溢れる亘代なら、そのガードさえも体当たりで突破しそうなものだが……。
「だって、無理には撮れないでしょ。香月先輩に嫌われちゃう。だから同じクラスになったお兄ちゃんに頼んでるのに」
俺がそう指摘すれば、それが恋心というものなのだろう。亘代にしては気弱なことを言う。
「同じクラスって言っても、接点なんかないしなあ」
「接点を作るのよ、お兄ちゃん」
俺の膝を叩いてきた亘代に、何を言っているんだ? と思う。
「接点って? もう委員会も決まってるのに?」
「違うでしょ。クラス同じなんでしょ。だったら幾らでもチャンスはあるじゃない。モブ山モブ生を香月先輩に認知してもらうの!」
「どうやって」
「奥山と香月なら席も近いでしょ」
「ああ、まあ……それは結構近い、けど」
「なら、後はお兄ちゃんの努力次第!」
それはつまり俺にあの香月一生と友達になれということだ。
俺は少し考えた。そして無理だろ。と結論付けた。
瀧居家の鉄壁のガードを、これといった特徴のない俺が掻い潜れる筈がない。勉強も運動も平均値。しかも特技と言えるのはシャープペン回しくらいだ。これまでの人生にしても山も谷もなく過ごしてきた。こうまで見事に何も特筆すべきことのない人間である俺が、どうやれば香月に近付けたものか。
「お兄ちゃんの馬鹿。発想を変えるのよ」
俺が卑屈になっていると思っているのではなかろうか。亘代が身を乗り出してくる。
「いい? 平凡な人間ってことは、それだけで強みなのよ? だってそうでしょ。叩いてもホコリが出ないってことなんだから」
「それは、まあ、そうだな」
「叩いてもホコリが出ない人間を、どうやれば瀧居家先輩が遠ざけられるのよ。それってつまり非の打ち所がないってことじゃない」
「ええ? お兄ちゃんは、お前の考えが時々怖いよ、亘代」
言葉のロジックで自分の願いを叶えさせようとしてくる亘代に俺は慄いた。
非の打ち所はない。確かにそうではある。だが、下心はある。
それをあの瀧居家が見抜けない筈はないと俺は思うのだが、亘代は自分の考えに酔ってしまったようだ。「大体、お兄ちゃん今のクラス居心地が良くないって言ってるでしょ」と畳みかけるように俺に話しかけてくる。
「まあ、友達が……出来なくて……」
「ほらぁ。なら香月先輩と友達になればいいじゃない。そうすれば写真の一枚くらい楽勝! これで一石二鳥。お兄ちゃんの悩みも解決するし、万々歳!」
両手を上げて万歳のポーズを取った亘代に、俺は呆れて宙を仰いだ。
俺がコミュ障だという事実が考慮されていない。
しかし、恋する乙女の頭はお花畑であるようだ。自分の案が失敗するなど微塵も思っていない様子の亘代は、俺の内心など全く顧みることもなく、言うべきことを言ったとばかりに立ち上がると、「じゃあ、頑張ってね。お兄ちゃん」と、浮かれた足取りで俺の部屋を出て行ってしまう。
写真が一枚撮れれば終わる話が、何でこんなことに。
俺は再びベッドに上がった。そして天井を見上げながら、どうやれば可愛い妹の望みを叶えてやれるのか考え始めた。けれどもいい案が出ない。これは長期戦に持ち込んだ方がいいんじゃないか? 暫く考え込んでいた俺は、不意に思い浮かんだ案にベッドから飛び上がった。
瀧居家のガードが外れる瞬間を狙ってシャッターを切る。一年間あれば絶対に一度はそういった好機 がある筈だ。そうだそうだ。そうしよう。これなら、香月に近付くなんて恐ろしいことをせずとも写真を撮れる。俺はようやく纏まった自分の消極的且つ現実的且つ長期的な案に満足してベッドを下りた。そして、今日の宿題を片付けるべく机に向かうことにした。
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