16 / 24
第三章 モブ山モブ生の変身(2)
「入学したときからああなのだよ」
シェイクを片手に香月が言った。
学園とは駅を挟んで反対側にあるハンバーガーショップは、ファーストフードと比べると高めの価格設定ながら、遅めの昼食を取る会社員や、中間テストが終わったばかりの学生でそこそこ賑わっていた。
ファーストフードで飲んだシェイクが気に入ったらしい香月は、大日向のとの会話で疲労感に苛まれていた俺に、「何処かシェイクを飲める店はないかい」と、誘いの言葉がてら尋ねてきた。
正直、俺もそこまで飲食店には詳しくないのだが、この店は亘代が友達と行って美味しかったと言っていたので覚えていたのだ。
ハンバーガーショップと言えばシェイクである。そういった安直な理由で選んだ店だったが、流行に敏感な女子中学生である亘代のお眼鏡に適っただけはあり、確かに美味い。俺は濃厚なシェイクを飲みつつポテトを抓みながら、香月に何故大日向があそこまで香月をライバル視しているのかについて聞いていた。
「その日の内に挨拶をしにきたぐらいだからな。向こうが一生を意識していたのは間違いない」
甘い物が苦手な瀧居家は、ストレートのアイスティーとポテトのセットにしたようだ。テーブルに届けられたグラスを取り上げながら続けた。
「やっていない商売はないとは謳われるが、芙蓉グループは元々服飾がメインだからな。その他の事業については、まあ、おまけのようなものだ。製鉄についても噛んではいるが、鉄鋼王が牛耳る大日向グループには敵うべくもない。だから正直、大日向があそこまで一生に張り合おうとするのか、理由が俺にはわからん。お互いメインとするフィールドが異なるものを、何故ああも拘ったものか」
俺様気質の大日向には厳格な瀧居家も手を焼いているようだ。扱いに困っている様子が窺える。
「小学校は別?」
「そうだね。楓陵学園に来てからの付き合いだ」
入学した時から既にとなると、比較されるのが癪に障るからといった理由ではなさそうだ。俺は首を傾げた。ならば何故、大日向はああも香月をライバル視しているのだろう。
「まあ、私も噂には聞いていたからね。向こうもそうだった可能性はある」
「噂かあ」
「うん。同い年だからね。優秀な少年だとは聞いていたよ」
「顔を合わせることはなかったの」
「祖父や父同士は顔見知りではあるよ。パーティなどで顔を合わせる機会に恵まれているからね。ただ、主事業が異なることもあって、そこまで密な付き合いではないが」
香月の話が事実だとすると、噂を聞き付けた大日向が勝手にライバル認定したという話になる。あの性格なら有り得そうだ。俺は大日向の人の話を全く聞かない――いや、俺が発言しきるのを待たない態度を思い返した。俺の反応を自分に都合のいいように解釈する大日向。口下手な俺としてはある意味有難くはあるのだが、あそこまでポジティブに変換されると、後々行き違いが発生しそうな気がする。
「不安かい?」
どうやら考えが表情に出てしまっていたようだ。香月に尋ねられた俺は「うーん」と宙を見上げた。
不安といえば不安である。
だが、その不安は、大日向の性格に起因するものではない。大日向の学園内での立場やステータスの所為である。
そうでなくとも俺は今、香月のお陰で注目の的だ。他のクラスから噂のモブ山を見ようと生徒がやってくるぐらいには話題にもなっている。そこに大日向が加わろうものなら、更なる混乱は必至だ。学園の高嶺の花とアイドルのふたりと友達なモブなど、嫉妬してくれと言わんばかりではないか。
それに――と、俺は香月を見た。
大日向は「お前をああだこうだ言う奴を黙らせることぐらい」と言った。それは俺が香月と友達付き合いをしていることに対して、良からぬことを口にしている連中が居るということだ。
それ自体はどうでもいい。俺も正直、俺のような人間が香月の傍にいたら驚くとは思う。何せ俺は何の取柄もない平々凡々な人間だ。瀧居家が選りすぐった香月の取り巻きたちと比べれば、遥かに見劣りもする。それどころか、何故と首を傾げたくなるレベルですらある。
そうした人間であるところの俺と友達でいることで、香月までもが悪く言われていたら――考えただけでも、胸と胃が痛くなってくる。以前だったら香月と友達を辞めればいいだけの話だと思えていたが、今の俺は違う。こんな俺をも友達として遇してくれる香月に、なんとかして報いたい。
「あのさ、香月」
「なんだい」
「香月は、その、何か言われたりしないの。俺と友達付き合いをしていることで」
「大丈夫だよ、奥山」何の気負いも衒いもない笑顔を浮かべた香月が続ける。「言いたい人間には言わせておけばいい」
ああ、矢張り。俺は悩ましさに眉を歪めた。
香月の耳に噂は入っているのだ。
本田たちがちらと口にしていたところによると、学園の高嶺の花と呼称される香月ではあるが、どうも全ての生徒が好意的という訳ではないらしい。付き合う人間を瀧居家が選別しているからだろう。お高く留まっていると反発する生徒も少なからず存在しているのだという。そういった生徒たちは、香月が俺を友達にしたことを面白可笑しく吹聴して歩いていると聞く。
彼らだけではない。香月を高嶺の花として遠巻きに眺めている生徒にしてもそうだ。アレが許されるのに、どうして自分が駄目なのか――と、俺を襤褸滓 に扱き下ろす噂を流しているとも聞いた。肝心の噂の内容については、本田たちが口を濁して逃げた為に聞けていないが、それが答えのようなものである。俺の中の香月に対する申し訳なさは、上限値に達していた。
「ごめんね。俺がこんなんだから、香月にまで迷惑かけちゃって」
「何を言っているんだい。私はそういう君を選んだのだよ。それだのに、君が引け目を感じるのはおかしいだろう」
「でも」
「対等な付き合いをするものなのだろう。友達というのは。お互い様だよ、奥山」
香月の口調は柔らかかったが、有無を言わせない雰囲気がある。
俺はこくりと頷いた。
けれども、それではいそうですかと納得してしまえるほど、俺は根が素直には出来ていない。香月に対するこの申し訳なさを消すには、彼らに香月の友達として認められるようにならなければ。強くそう思う。その為には勉強を頑張るしかない。
中間テストの手応えは正直微妙だった。
早いテストはもう返却されているが、普段、自宅での勉強は宿題ぐらいしかしていないからだろう。ほんの僅かに点数が上がった程度だった。恐らく、根本的な理解が足りていないのだ――俺はこっそり鞄を開けて、今日返却されたばかりのテストを覗き見た。クラスの平均点に少し上乗せした程度の点数。これはきちんと毎日予習と復習をしないと駄目だな。俺は鞄を閉じて香月と瀧居家に向き直った。
「そういや中間テスト、どうだった?」
「まあ、いつも通りだな」
「私もだね。特に躓く問題もなかったしね」
こういう台詞をさらりと言える人間になりたい。
なれるかなあ。いや、なるんだ。
俺は香月の友達として、いていい人間になってみせる。
始まりは香月の気紛れだった。けれども、俺を友達にした香月は気紛れだけでは終わらせていない。きちんと俺との友達付き合いを、こうやって時間を割いてしてくれている。昼休みだってそうだ。毎日俺の隣に座ってお弁当を広げながら、他愛ない話に花を咲かせてくれる。だったら俺は、その気紛れがいつか終わるものなどとは思わず、きちんと向き合って香月と付き合いを続けてゆくべきた。
それこそが俺の山も谷もない人生に花を咲かせてくれた香月に対して、俺が出来る恩返しだろう。
決意を新たにした俺は、少しだけ自分が逞しくなったような気分で店を出た。帰ったら先ず勉強だ。期末テストこそは目に見える形での成果を出してみせる。意気込んだ俺は、その所為ですっかり大日向の問題を忘れてしまっていたのだが、それを思い出したのは、香月たちと別れて自宅に戻ってからだった。
ともだちにシェアしよう!

