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第五章 モブ山モブ生の決意(2)

 かなりの力でぶつかられたからだろう。肘が入った部分には広く痣が出来ていた。動く分には問題がなかったが、触られると痛みが走る。念の為に病院に行くように保健医に言われた俺は、学年主任の立石が運転する車で近くの整形外科に向かった。  幸いにして骨に異常はなかった。  学園の敷地内で起きた『事故』に、立石は難しい表情をしていた。それもそうだ。ただの接触事故だったらこんな痣にはならない。何があったのかを尋ねてくる立石に、俺はバス停の件を伏せて、屋敷にぶつかられたとだけ話した。だが、立石は納得がいかないようだ。他の生徒にも聞き取り調査を行うつもりであることを俺に告げると、何度も『事故』の詳細を尋ねてきた。  そうは言われても、背中に屋敷がいきなり突っ込んできたのは事実である。俺としては他に話せることはない。仕方がないので、香月と瀧居家が屋敷に対して宣戦布告と取れる発言をしたことついてちょっと話をしたのだが、「それはいい」と拒否されてしまった。「学外であの二人がどう動こうが、それが法に則って行われる範囲であれば、学園としては関与する必要がない」とのこと。この辺りは、上流階級の子息子女が揃い踏みする学園だけあって、線引きが|明瞭《はっき》りしている。  確かに、事業の一環として行動を起こされてしまっては、学園側に出来ることは何もない。そういった意味で、立石の反応は正しい。だが、香月と瀧居家を止めたい俺としては期待外れな感が否めなかった。  授業には四時限目から参加した。  普段、自分の役割に謹厳実直な瀧居家があれだけの啖呵を切ったとあっては、噂が広まるのも早い。昼休みになると、俺はてんやわんやだった。本田たちを筆頭にクラスメイトたちに心配されること、されること。水無瀬川は勿論のこと、篠邑さんも来れば、大日向もやって来る。その際に耳に挟んだ話によると、中等部時代の屋敷は、瀧居家に何度退けられてもしぶとく香月に纏わり付いていたのだそうだ。その頃から性格や態度にはかなりの問題があったらしい。「自惚れが凄かったな」とは大日向の弁だ。  その間、香月と瀧居家は職員室に呼び出されていた。俺の証言が出たことで、改めて二人にも事情を訊くことなったようだ。  二十分ほどで戻ってきた二人が、ついでに職員室で仕入れてきた情報によれば、屋敷は教師たちからの事情聴取にも「急いでいてぶつかっただけ」と強弁しているらしい。「それでどうにかなる問題ではもうないのだがな」楽し気に口にした瀧居家は勿論のこと、それを止めもせず微笑んでいる香月も怖い。本当に何をするつもりなんだ。俺は不安に苛まれながら、午後の授業を受けた。  帰りは香月の送迎車で送ってもらった。   俺は一人で帰宅するつもりでいたのだが、屋敷を警戒した香月が送るときかなかったのだ。  確かに、屋敷に処分が下っていない今の状況では、俺が迂闊に一人で出歩くのは危険である。今回は痣が出来た程度で済んだが、もっと酷い怪我を負わせられる可能性がないとも言い切れない。香月の言葉に甘えることにした俺は、ついでに屋敷の父親の会社をどうするつもりなのかを尋ねた。どうやら瀧居家に一任するつもりでいるようだ。「それは瀧居家の心づもり一つだね」と、鷹揚に構える香月に、今にも歌を歌い出しそうなまでに上機嫌な瀧居家。二人に挟まれた俺はもう気が気ではない。どうすればこの二人は止まるんだ。考えながら帰宅する。  屋敷の一件は中等部にも届いていたとみえて、後から帰宅した亘代には大いに心配された。「お兄ちゃん、無理はしないでね」そう言った亘代は、俺が亘代の為に香月との友達付き合いを続けていると思っているようだ。「お兄ちゃんにこれ以上何かあったら、あたし、お兄ちゃんに申し訳ないもん」可愛い妹の優しい言葉に、俺はそこでようやく負けて堪るかと思った。  俺はああいった生徒に、何かを言われたりされたりするような後ろめたいことは何もしていない。ただ香月に選ばれて友達になっただけだ。勿論、それが瀧居家に退けられた生徒たちにとって、面白くない事態であるのはわかる。俺は香月に選ばれるまではただのモブだったのだ。俺よりも優れたステータスを持つ生徒たちからすれば、何故あいつが――となるのは仕方がない。  屋敷はその気持ちを拗らせてしまったのだ。  同情するつもりはない。それでも、俺がもう少し垢抜けた生徒であれば、屋敷とてあそこまで暴走しなかったのではないか。そう思う気持ちがある。  俺はその遣り切れなさをぶつけるように机に向かった。出来ることは、少しでも香月に見合ったステータスを作り上げることだけだ。そうすれば、彼らの何割かは黙るだろう。場合によっては俺を認めてくれることだってある筈だ。そう信じて、勉強に没頭した。  十九時頃、夕食の為に階下に下りる。  夕食の席では、亘代から事の次第を訊いた両親から、香月との友達付き合いについて色々と尋ねられた。恐らく控えた方がいいと言いたいのだ。そう受け止めた俺は大丈夫だと繰り返した。父や母の心配は尤もだと思う気持ちはあったが、さりとて、香月との付き合いを止めるつもりもない。何より、香月のお陰で俺は変わっていっている。それを両親も認めてくれているのだろう。「お前ももう高校生だしな。その辺は任せるが、何かあったら言いなさい。その為に私たちはいるのだから」と、俺と香月の付き合いを認める台詞を吐いた。  風呂を済ませて、さて勉強の続きだと思っているとスマートフォンが鳴った。そこで俺は朝にした決意を思い出した。香月に小学校時代の話と尾行していた車の件について尋ねる。屋敷の件ですっかり忘れてしまっていたが、それも喫緊の課題だ。  この電話が終わったら香月に電話をしなければ。  そう思いながら着信画面に目を落とす――と、表示されているのは香月の名前だ。何の用かはわからないが、丁度いい。俺は迷わず通話ボタンを押した。

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