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第五章 モブ山モブ生の決意(4)

 翌日の楓陵学園はどこか引き締まった空気だった。  昨日の屋敷の件が波紋を呼んだようだ。登校時には校門に教師が立っていて、珍しくも風紀チェックを行っていたし、朝礼時には生徒同士の事故を防ぐために学内で走らないよう通達があった。  瀧居家が言うには、一年の学年主任が昨日の夜に屋敷の自宅を訪れ、親を同席させた上で再び事情聴取を行ったらしいのだが、そこでも屋敷はこれまでと同様の主張を繰り返し、故意性を認めなかったのだという。学園側としては、本人が事故と言い張っているものを処分する訳にもいかない。「厳重注意が関の山だな」とは、瀧居家の見立てだ。  被害を受けた俺としては、学園内での問題なだけに、学園内で決着をつけて欲しい気持ちが強かったが、屋敷がこうも強情な以上は仕方がない。それだけ俺が気に入らないのだろうと割り切ることにした。あとは香月&瀧居家と屋敷の問題だ。 「それにしても瀧居家は凄いね。どこからそういった情報を仕入れてくるの」  いつもの顔ぶれで昼食を取る昼休み。俺は常々疑問に思っていたことを瀧居家に尋ねた。  登校から下校まで香月の傍につきっきりな瀧居家が動ける時間は帰宅後ぐらいだと思うのだが、その短い時間で昨日の夜の学園側の動きまで把握しているのは明瞭(はっき)り言って異常だ。俺の情報にしてもそうである。俺が香月に倒れ込んでから一晩であれだけの情報を調べ上げてきたのだ。それが芙蓉グループの調査力と言われればそれまでなのだが、学園内の話を外部の人間が調べるのには限界があるだろうに。 「お前、芙蓉グループの規模を舐めているな」  どこか呆れた風に言葉を返してくる瀧居家が、無造作におかずを口の中に詰め込んだ。  瀧居家の弁当は今日も元料理研究家の祖母が作ってくれたのものなようだ。飾り包丁の入ったおかずが整然とお弁当箱に詰め込まれている。  俺だったらあまりの美しさに伏して拝んでいるところだが、瀧居家はあまり有難みを感じていないようだ。以前、俺が聞いたところ、瀧居家にとっての食事とは、「必要な栄養が取れればそれでいい」ものらしい。だから自らの弁当に感想がないのだとか。合理主義ここに極まれり、である。 「いや、舐めてはないけど……でも、大き過ぎて想像がついていないのはあるかも」 「あ、それはわかるかも」水無瀬川が言った。「あのフランチャイズやブランドも芙蓉グループって聞くと驚くもんね。どこまで手広くやってるんだってなるよ」 「確かに一般の人間が把握するには巨大かも知れないね」  俺は香月の方を向いた。  ゆったりと食べているように映るが、香月の食べるスピードは割合早い。ボリュームは俺と然程変わらないのに、いつも俺よりも先に食べ終わっている。今日にしてもそうだ。俺たちの会話をBGM代わりにしながら、すっかりお弁当箱を空にしているのだから恐れ入る。 「どのくらい巨大なの? 俺、具体的な数字がないと想像が付かないや」 「うん、関連会社も含めると千社を超えるよ。私は立場上、全部覚えていなければならないが、勉強の方が楽だと感じるぐらいだよ」 「そうなんだ。凄いなあ」  俺は自分の弁当に目を落とした。  まだ三分の一ほど中身が残っている。  謎だ。俺は不思議な生き物を目にしているような気分で香月を見た。花が開いたような香月の笑顔が眩しい。 「でも、芙蓉グループの規模と瀧居家の情報収集能力の間にどんな関係があるの」 「ふふ。奥山は本当に純粋だね。ずうっとそのままでいて欲しいぐらいだ」  手を伸ばしてきた香月がちょいちょいと俺の髪を弄ってくる。  短くなった分、俺の髪の毛の流れが気になるのだそうだ。折に触れてはこうして俺の髪を直してくる香月に、俺はなんだかこそばゆい気分になる。「食事中だよ」照れ隠しに言えば、「私は食べ終わったからね」と、香月が頭を撫でてくる。 「いいなあ、モブ山。ねえ、一生。俺もヘアセットしてよう」 「遥はこういうのは私よりも得意だろう。私が手をかけなくとも大丈夫だよ」 「くぅ。相変わらず、つれない。でも、そこに痺れるんだよね」  サンドイッチ片手に身悶える水無瀬川に、瀧居家が盛大に顔を顰める。 「いい加減、無駄な時間を過ごさずに諦めればいいのだがな」 「やだなあ、瀧居家。俺は一途なんだよ。この恋心が簡単に冷めると思ってるの」 「お前と一生では割れ鍋に高級綴じ蓋だろうが。身の丈に合った相手を選ぶのも肝要だぞ」 「やだやだ、妬いちゃって」けらけらと笑った水無瀬川が続けた。「俺は念ずれば花ひらくだって信じてるからね。いつかは俺の魅力に一生が気付く日がくるよ。ね、一生」  俺は唖然とした。  これだけ瀧居家に言われてもへこたれないなんて、水無瀬川はどれだけ強メンタルなんだ。  ちらと小耳に挟んだところによれば、香月にべったりな水無瀬川も俺同様に陰では色々言われているらしい。だが、逞しい水無瀬川は俺のようにぐじぐじ気にしたりはしないようだ。香月と親同士が親しいというアドバンテージも手伝ってか、「貧乏人の暇潰しだよ。真に受けたら損でしょ」と、鷹揚に構えている。 「うん? 遥の魅力にはとうに気付いているよ」  その水無瀬川を香月がいつも通りに軽くあしらう。 「おかしいなあ。気付いているならそろそろ次の段階に進んでもいいと思うんだけど」 「遥は私の大事な友達の一人だからね」 「そこから一歩先に進んでみる気はない? 俺、こんなに可愛いんだから、一生の隣に立っても遜色ないでしょ」 「はは。遥は面白いね。話を聞いていて本当に飽きないよ」  これだけの猛アタックを受けて、顔色一つ変えずにいられるのだから香月も相当の強メンタルだ。しかも遣り過ごす力に長けている。どういった躾を受けたらこうなれたものか。臆病な俺としては、爪の垢を煎じて飲ませて欲しいぐらいだ。 「水無瀬川の話に付き合っていると日が暮れるな」  俺が二人の静かなる舌戦に感心していると、やれやれと肩を竦めた瀧居家がお弁当箱の蓋を閉めた。 「奥山」 「何、瀧居家」 「芙蓉グループが巨大ということは、それだけ関係者が多いということだ。社員の家族も関係者、だからな。この学園にも少なくない生徒が通学している。ここまで説明すればあとはわかるだろう」  成程。俺は納得した。それは情報が早い筈である。  香月が大日向の件を知っていたのも、きっとそうした生徒たちが情報を寄せたのだろう。合点がいった俺は、水無瀬川の途切れることのない香月へのアプローチを横目にゆっくり残りの弁当を食べた。今日の放課後は香月にいよいよ小学校時代の話を聞くのだ。腹が減っては戦が出来ぬ、ではないが、集中力を途切れさせないよう万全の体制を整えておかなければ。  そうでなければ、俺に話をしてくれる香月に対して失礼だ。俺は段々と自分の中で緊張感が増していっているのを感じていた。

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