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第五章 モブ山モブ生の決意(6)

 視界の向こう側で咲き誇るカルミアの花を眺めながら、つらつらと考える。  金持ちには金持ちの価値判断や基準、そして常識があるのだ。楓陵学園に入学して薄々感じていた彼らと俺の差を、俺は改めて感じ取った。香月にとっては当たり前のことが、俺にとっては当たり前ではない。敬人という少年にとってもそうだ。香月の当たり前が敬人には通じなかった。  きっと普通に育てられた少年、だったのだろう。だから敬人は香月からの絶え間ないプレゼントに委縮してしまった。当然だ。小学生でそんな風に子ども同士でプレゼントを贈り合う習慣は俺たち一般人の世界にはない。やったとしても誕生日やバレンタインといったイベント時ぐらいである。日常的にやるのはシール交換ぐらい。それだってそこそこ裕福な家庭の子どもたちの間で、ぐらいでだ。  それを香月はわからなかった。わからなかったからこそ大きな失敗(ミス)を犯してしまった。  無知であることは罪ではないが、自らの無知に無知であることは罪なのだ。  俺の父はよくこう俺に説いて聞かせた。自分が『物を知らない』ということを忘れてはならないと。それはそうだ。一番厄介なのは、知った気になって自らの無知に目を瞑ってしまうことだ。それは知識だけに限らない。常識だってそうだ。モラルだってそうだ。百人いれば百人の価値判断の基準がある。人間が一人きりで生きている訳ではない以上、自分が必ず正しいとは限らないのが世間というものなのだ。  無知に対する無自覚は、驕りを生み出す。  自分が間違っていないという思い込みは、知らず知らずのうちに自分を傲慢にしてしまう。だから香月はプレゼント渡すのを止められなかった。そしてだからこそ、自らの無知に対して無知であった罪に対する罰を受けることとなった――……。  俺は俺の肩に頭を預けている香月の顔を見下ろした。伏せた睫毛が頬にかかっている。  男の俺でも見蕩れる麗しい面差し。それを眺めていると、自分がこの場で香月に肩を貸している現実が夢のように思えてくる。  人も羨むステータスの持ち主である香月の周りは、いつも人で溢れている。わざわざ友達を探すような真似をしなくとも、自分に見合った人間が向こうからやってくるのだ。しかも瀧居家が付き合う人間を選別しているとあっては、自らの世界の常識に合った人間としか付き合いがなくなるのも無理なき事。香月が普通の人間が生きる世界の常識に疎いのにはきちんとした理由がある。  俺は香月が俺に友達になりたいと言い出した日のことを思い出した。そして、凄かったなあと思いながら口元を緩ませた。  わからないのだ、香月は。  人が集まってくるのが当たり前な人生を送ってきた香月は、自分に見合った人間に囲まれて生きているからこそ、いざ自分から友達を作ろうとなったときにどうすればいいのかを知らなかった。だから行動が桁外れになる。敬人という少年もこれには困ったことだろう。俺にしても、常識の外から殴られるような経験だったのだもの。小学生にとっては更に衝撃的な出来事だったに違いない。  この辺りについても教えた方がいいのだろうか。俺は少し切なくなりながら、香月から視線を外した。  香月はこれから先、どれだけの数の普通の人間と関わってゆくのだろう。  それはもしかすると『ない』未来なのかも知れない。  将来的には芙蓉グループの総会長の座に収まることが決まっている香月の友達の座に、普通の人間の席がないことは俺でもわかる。きっと、俺との付き合いも、時が経つに連れ密度を薄くしてゆくことだろう。それならば、『友達の作り方』などは知らなくとも困らないことではないか? だとすれば、それは敢えて俺から教えるべきことではないのかも知れない。  そこまで考えたところで、「奥山」と、俺の肩に頭を預けたまま、香月が口を開いた。 「遠慮はしないでくれないかい」  どきりとした。  俺の考えを読んでいるように言葉を吐いた香月に、俺は驚きを隠せなかった。早まった鼓動が香月に伝わるんじゃないかと冷や冷やする。けれども、香月はそれについては何も言わずに頭を上げた。ゆっくりと俺を振り向いた香月の瞳の中に俺の顔が映り込んでいる。 「君が私を見て思ったこと、感じたことは全部言ってくれていい。私は君と気兼ねない付き合いが出来る友人になりたいんだ。だから、瀧居家のように――と言うと語弊があるが、あのくらいにずけずけ物を言ってくれる方が有難い」 「う、うん」 「奥山は心根が優しいから、色々と考えてしまって言えなくなってしまうことも多いだろう。でも、私に対しては遠慮はいらないよ」 「わかったよ、香月」  俺はこくりと頷いた。  きっと俺は香月にとってわかりやすい思考をしているのだ。だから、俺が何を考えているのか見抜かれてしまうのだろう。そう思いながら胸に手を当てる。  まだ少し鼓動が早い。 「ドキドキしちゃったよ。ちょうど今、そのことについて考えていたところだったから……」  そう口にした俺に対して香月は何も答えなかった。ただ静かに微笑んでみせると、少し間を置いてから「話したいことはあるかい」と俺に尋ねてきた。

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