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第五章 モブ山モブ生の決意(7)

「お兄ちゃん、お帰り……ど、どうしたの? また何かされた?」  俺がどんよりとしているのを表情から察したようだ。帰宅した俺を迎えた亘代が、心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。 「い、いや。大丈夫だよ、亘代。大事なことを忘れてたって思い出しただけだから」 「本当に? お兄ちゃん、嘘吐いたりしてない?」 「安心していいよ。何かあったらちゃんと報告するから……」  昨日の今日では誤解されるのも当然だ。俺は不安そうに俺を見詰める亘代に大丈夫だと繰り返して二階に上がった。  自分の部屋に入り、鞄を机の上に置いてベッドに横になる。天上を見上げながら考えるのは自分の失態だ。肝心の車の話をしていない。香月に話を促されたときにそれを先に口にしておけばよかったものを、香月のタイミングの良さに動揺していた俺は、それまで考えていたことをそのまま口に出してしまった。具体的には強引な手段で短期間に友達になろうとするのは止めた方がいいと言ってしまったのだ。  香月も自身の友達の作り方に問題があることは自覚していたようだ。あれこれと細かく俺にどうすればいいのかを尋ねてきた。それでつい熱が入ってしまった。何だかんだで一時間近く香月と話し込んでしまった俺は、「そろそろ暗くなってきたから」と促す香月に従う形でそのまま帰途に就いた。  車の話をしていないことに気付いたのはつい先程だ。玄関前ではっとなった俺は、自分の迂闊さに盛大に落ち込んだ。折角香月が時間を取ってくれたのに、したい話が全部出来なかった――では、笑い話にもならないではないか。さて、どうすべきか。俺は制服のブレザーのポケットからスマートフォンを取り出した。鉄は熱いうちに打てとも言う。今から香月に電話をすれば、この勢いのままに話が出来そうだ。  えいや。  俺は電話帳に記録されている香月の電話番号をタップした。呼び出し(コール)音が鳴り始める。一回……二回……三回……六回ほど鳴らしたところで、「奥山かい?」と香月の声がした。 「ごめんね、香月。さっきの今で」 「気にしなくていい。どうしたんだい」  あまり前置きに時間を使うのも、香月の時間を奪うようで忍びない。俺は早速本題に入ることにした。 「香月、俺に隠してることない?」 「隠していること、かい……?」  何となく歯切れの悪い香月に、何某かはあるのだということを悟る。だから俺は間髪入れずに続けた。「大日向と出掛けた日のことなんだけど」そう言うと「ああ」と、何故かほっとしたような声が響いてくる。もしかして、他にもあるのか? 俺は疑念を抱きながら続く香月の言葉を聞いた。 「流石は大日向と言うべきかな。尾行の件だね」 「うん。気付いてたよ」 「すまないね、奥山。跡を尾(つ)けさせるような真似をして」  どうやら香月本人が跡を尾(つ)けていたのではなさそうだ。となると、芙蓉グループの関係者ということになるのだろうか。いずれにせよ、あのとき香月がタイミング良く俺に電話をかけてこられたのは、跡を尾(つ)けさせていた人間から連絡を受けていたからということになる。 「でも、なんで、そんなことしたの」 「大日向が教室に来たときの君が不安そうだっただから、だね。ほら、大日向には強引な面があるだろう。それに君が振り回されたりしていないか心配だったのだよ。いざとなったら助け舟を出すつもりでいたのだが、必要がなかったようで良かった」 「そっか」  俺は安堵した。  遣り過ぎな感はあるが、香月としては厚意からの行動であったようだ。  篠邑さんや大日向が香月のことを過剰に心配していたこともあって、怖い想像ばかりが頭を過ぎってしまっていたが、俺が知っている香月一生はこういう人間だ。俺みたいな普通の人間も、友達として大事に扱ってくれる。それを確認出来たことが嬉しい。 「ありがとうね、香月。でも、次からはそういうのはいいよ。俺も男だしね。自分のことは自分で何とかするから」  だからこそ、その厚意に甘え続けてはいけない。そう思いながら言葉を継ぐ。  俺は臆病な自分も変えたいのだ。  香月や瀧居家、水無瀬川もそうだし、大日向もそうだ。彼らは俺とは比べようもないほどに強い。俺のようにちょっとしたことで狼狽えたり、慌てたりせず、いつでもどっしりと構えている。俺は彼らと付き合いを重ねるにつれ、彼らのそういった面を見習いたいと思うようになった。  勿論、それはバックボーンの強さからくる部分もあるだろう。上流階級に属している彼らは俺のような一般人にはないアドバンテージを持っている。それが彼らの自信を支えているのは間違いない。とはいえ、それを何もしない言い訳にしてしまっては、俺はいつまでも臆病なモブのままだ。 「わかったよ、奥村」受話口の向こう側から香月の深みのある声が聞こえてくる。「だが、困ったことがあったら相談はしてくれないかい。私に出来ることがあるかも知れないのだから」 「うん。そのときにはよろしくね」  俺は受話口に向かって笑いかけた。  これで当初訊きたかったことは全て訊いた。面倒臭がることもしなければ諦めもしなかった自分に、僅かな達成感が胸に生じる。けれども――と、思っていると香月に問われる。 「他にはないかい?」  どうしよう。俺は逡巡した。  新たに生まれた疑念が晴れていない。  あれもこれも香月に聞いてしまっていいものだろうか。いや、他人に訊くよりは本人に訊いた方がいいに決まっているのだが、小学校の件のように香月に辛い思いをさせるのは、今日の今日なだけに避けたい。それに、いざとなればこうして通話で話をすればいいというのもわかった。ならば、今無理に聞かなくともいいのではないか。 「香月は話したいこと、あったりしない?」  だから俺は遠回しに香月に尋ねるに留めた。 「今はないね。けれども……」 「けれども?」 「いずれ奥山には話すよ。それは約束しよう」  どうやら香月にはまだ秘密があるようだ。  けれども、それは何だろう。  いずれ話すと約束をしてくれたのは嬉しいが、それは今の俺では話すに足りる相手ではないということでもある。少しの落胆を胸にスマートフォンを枕元に置いた俺は、「強くならなきゃな」と、ひとりごちた。

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