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第七章 モブ山モブ生の懊悩(2)
「最近、顔を見せに来ないから寂しいぞ。どうだ、元気か」
「う、うん。元気だけど、この番号はどうやって」
「俺様の人脈を使えばこのくらい訳はないぞ」
どうやらクラスメイトから辿ったようだ。そう言って豪快に笑う大日向に、まあ会社の人間だのを使われるよりはマシかな。と、香月や大日向の行動に慣れ始めている俺は思った。
しかし、そこまで手間暇かけなくとも学園で訊けばいいだけのに、突然どうしたのだろう。もしかして、急ぎの用件なのか。大日向が電話をかけてきた内容に心当たりのない俺は、首を傾げつつ尋ねた。
「ところで、どうしたの? わざわざ電話なんて」
「期末テスト明けの日曜に、俺様の家でバーべーキューをしようという話になってな」
「それ、大丈夫なの? 煙で近所迷惑になったりしない?」
俺は自宅でバーベキューをしたことはないが、ネットではよく隣の家が昼日中からバーベキューをやっていて迷惑などという言説が流れてくる。しかも主催が細かいことに拘らない大日向である。俺が不安を覚えるのも仕方がないだろう。
「お前、俺様の家の広さを舐めてるな」
だが、大日向は豪胆だった。はは。と、笑い声を上げると、「安心しろ。庭は広いぞ。火事が起きない限りは迷惑にならん」と続ける。
「そんなに広いんだ」
「ジョギングが出来るくらいには広いぞ」
「そんなに?」
「うむ。実物を見たらお前は驚くだろう」
話をしていると気さくで親しみ易い大日向だが、流石は大日向グループの御曹司である。俺とは生きている世界が違う。あっさりと俺の心配を笑い飛ばした大日向に、俺は感心するばかりだった。
「本当は車を出して海に行きたかったんだが、思ったよりも人数が増えてしまってな。バス貸し切りは流石に高校生としてどうなのかという意見が出たので、俺の家の庭を貸すことにした。それなら気兼ねなく参加出来るだろう」
「バス貸し切り」
「うむ。折角だから賑やかにやりたいと思って誘っていたら、そんな人数になってしまった」
全く悪びれることもなくわははと大日向が笑う。
気に入った人間を次々と友達にしてしまう大日向である。恐らく、香月よりも交際範囲が広いのではなかろうか。何せ、いつどこで見かけても人に囲まれているのだ。それはバス貸し切りなどといった話になるほど、バーベキューに人が集まる筈である。
「それで、そのバーベキューがどうしたの」
「お前も来い」
「ええ? でも俺、大日向の友達に知り合いいないよ」
人数の多さが想像出来るだけに、俺は尻込みした。
バス貸し切りなどという話が出るということは、数十人規模のバーベキューだということだ。俺は大日向とよく一緒にいる面子を思い浮かべた。知ってる顔もあるにはあるが、話をしたことがある人間は極一部。それも必要に迫られてという相手ばかりである。その中に紛れ込んで、楽しくバーベキューなんていきっこない。隅っこで食べるものだけ食べて帰ることになるに決まっている。
「お前の友達を連れてきていいぞ。本田と言ったか? あいつらを連れて来てもいいし、香月を連れて来てもいい。まあ、香月は来るかわからんがな」
お互い意識し合っている間柄であるというのは理解しているようだ。そう口にしてふふと不敵な笑い声を上げた大日向に、俺は悩ましさを感じた。ここまでして誘ってくれるのは有難いが、果たして香月や本田たちが大日向主催のイベントに参加するだろうか。
特に本田たちだ。
高校に入ってからの入学組である本田たちは、俺同様に同級生の知り合いに乏しい。しかも俺と仲良く出来るだけあって、基本的に陰キャ気質である。陽キャの権化のような大日向たちのノリが苦手な本田たちに声をかけたところで、好意的な返事を返ってくるとは思えない。かといって、大日向がライバル視している香月を率先して連れて行くのも違う気がする。
「ちなみに材料費は幾ら?」
「おお、よくぞ訊いてくれたな。お前はそういうの気にする性質だからな、ちゃんと徴収するぞ。人数が多いから、一人頭二千円もあればたらふく食えるだろう」
「それで足りるの? 飲み物とかもあるけど……」
「精肉業者と繋がりがある奴がいてな。安く仕入れられるルートがあるらしい。いい肉を揃えるから安心しろ」
そのくらいの金額なら、本田たちでも気兼ねなく誘えそうだ。来てくれるかはわからないが、声をかけるだけかけてみてもいいだろう。本田たちが難色を示すようなら、香月に声をかけてみてもいいかも知れない。どちらも駄目なら行かなければいいだけの話だ。
「なら、本田たちに訊いてみる。誰か一緒に行ってくれるなら行くよ」
「うむ。いい返事を待っているぞ」
「うん、じゃあね」
俺は電話を切った。
大日向の底抜けに明るい声を聴いていると、沈んでいた気分が上向きになる。幾分気持ちが楽になった俺は、ベッドから腰を浮かせた。風呂に入って勉強をしよう。着替えを用意して、部屋を出る。ついでに亘代の部屋の様子をドア越しに窺うと、もう泣き声が止んでいた。
俺はそっとドアの前から離れた。
二年の片思いだ。大丈夫な筈はない。だが、今、俺が亘代にしてやれることは何もない。
申し訳ない気持ちはまだある。何で俺なのだろうという気持ちもまだある。亘代に何も知らせずに終わらせる方法があったかも知れない。そうも思う。だが、俺は逃げなかった。今まであれば先延ばしにしていた局面で、きちんと亘代に事実を伝えることが出来た。澤井さんを選ぶのか、香月を選ぶのか、それともどちらも選ばないのか。今の俺にはわからない。ただ、亘代に黙って香月とのことを考えるのは、亘代を騙しているようで気分が悪い。
だからこれで良かったんだ。
俺は階下に下りて風呂に入った。
身体と頭を洗って、浴槽に身体を沈める。熱い湯に浸かりながら、ぼんやりと香月のことを考える俺の頭の中に、この三か月近くの出来事が次々と浮かんできた。学園で、公園で、店で、沢山他愛ない話に花を咲かせた。驚かされたり、困らされたりもしたけれども、今となってはどれもいい思い出だ。
香月を振ったら、こうした付き合いもなくなってしまうのだろうか。
それがとてつもなく辛いことに思える。
俺は自分の手を見た。駐車場に着くまで、香月が離さなかった俺の手。何の変哲もないその手がうっすらと輝いているように見えるのは、風呂場の照明の所為だけではなかった。香月の存在は俺の心を掻き乱す。それが恋なのかは俺にはわからない。ただ、香月が俺の心の中で特別な位置を占めているのは間違いなかった。
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