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第八章 モブ山モブ生の苦難(4)

「ふーむ」大日向が腕を組んで宙を仰いだ。「何故あいつばかりがモテるのだ」  まさかとは思ったが、大日向は自分がそういった意味で人気がないことに自覚的であるらしい。ぼそりと口にした台詞に、大日向の友達たちが下を向いた。けれどもそれは気まずさからではなく、面白さからであるようだ。肩を震わせて笑いを堪えている。 「え? 大日向、水無瀬川にモテたい?」 「そういう意味ではないぞ」大日向が俺の肩に手を置く。「いいか、モブ山。俺はスポーツ万能、成績優秀、容姿端麗と三拍子揃ったスーパースターだ」 「うん。まあ、そうだね」  俺の言葉に堪えきれなくなったようだ。何人かの生徒が吹き出した。  あれ? 俺、おかしなことを言ったかな。そう思いながら俺は続く大日向の言葉を聞いた。 「こいつらは俺をこう雑に扱うが、俺の魅力はもっと認められていい。そうは思わんか」 「うん。大日向は普通に格好いいよ」  瞬間、口を押さえた生徒が後ろを振り向く。ごほごほと咽ている辺り、飲み物か肉を口に含んでいたのだろう。 「そうだ、そうだぞ、モブ山。お前は正しい。そしてよくわかっている。故に俺様はハーレムを所望している訳だが」 「ごめん。スーパースターとハーレムの関係がよくわからない」 「俺様の魅力を誰かに独り占めさせるなど論外だろう。国の宝が一つ減る」真顔で言い切った大日向が、直後には悩まし気な表情を浮かべる。「だのにどいつもこいつも香月香月ときたものだ。何故だ。俺は恋人にはもっと優しいぞ」 「それは多分、ハーレムが駄目なんじゃないかな」  ついに我慢の限界を迎えたようだ。全員が声を上げて笑い始めた。  俺にはよくわからないが、この場にいる大日向の友達たちにとって俺と大日向の遣り取りは面白いものであるらしい。「どうするんだ。ツッコミが不在だぞ」小さな声で誰かが呟く。 「ふーむ。誰かを一途に愛するか。しかし、俺のこの美貌で心を狂わせる人間が他に出ないとも限らんしな……」 「大日向は残念なイケメン過ぎるんだよ」  そろそろ止め時だと感じたのだろう。笑いながら口にした田所に、本当だよ。と、周囲から声が上がる。 「残念とは何だ。俺様は完璧超人(パーフェクトヒューマン)だろう」 「そういうところだってば」顔をくしゃりとさせた田所が続ける。「でも、そこが大日向のいいところなんだけどね」 「成程。つまり今のままでいいということだな」  田所はそういうことを言いたかったのではないと思うのだが、大日向は自分を変えるということはしたくなさそうだ。「ま、いずれ、俺様の魅力に下々の者たちも気付くだろう」と、鷹揚に構えている。  尊大な大日向の言動に俺は眉を顰めた。  自らに上流階級の人間である自覚があるというのは厄介なものだ。これさえなければ、女子ももう少し大日向にまともに向き合うのではなかろうか。そんなことを考える。  だってそうだろう。亘代の読んでいる少女漫画を見ていると、この手の『王子様』は山ほど出てくる。自信家で強引で尊大、女心に疎くて不器用。まあ、大日向はハーレム希望らしいので、一途にヒロインを愛する漫画の中の王子様とは趣が少しばかり違うのだが、漫画の中から抜け出てきたような大日向に惹かれる女子も世の中には絶対にいる筈だ。  と、いうか、香月に張り合わなければ、大日向の希望であるハーレムも叶いそうな気がするのだが、それは俺が俺に優しい大日向を贔屓目で見ているからなのだろうか。この辺り、女心というものはわからない。何せ俺は女の子という生き物を絶望的に知らないのだ。亘代に篠邑さんに、澤井さん。俺の周りにいる女子はこれだけ、なのだから。 「ところで、モブ山は水無瀬川のあれはいいのか」 「うん。なんで?」  俺は首を傾げながら、突如として振られた話題に声の主を見た。  俺たちの一団の中にいる眼鏡をかけた爽やか好青年といったいでたちの男子生徒は、俺の記憶が正しければ佐野原晶午(さのはらしょうご)という名前な筈だ。今日初めて口をきいたが、大日向の友達だけあって、陽気ないい奴である。というか、大日向の友達は全員が底抜けに明るい。その中では、佐野原は比較的落ち着いている方だ。 「え? 寛大だなって思ってさ。モブ山って香月と付き合ってるんだろ」 「え、えええ? そ、そんなことはないよ」  続く佐野原の言葉に俺は心臓が飛び出そうになった。  告白はされたが、付き合ってはいない。しかも香月の告白は、澤井さんと異なり、表には出ていない話である。それが一足飛びに付き合っているという話になっているのだとしたら、話が捻じ曲がって伝わっているどころの騒ぎではない。 「おい。噂を真に受けるな。こいつはお前らと違って気が小さいんだぞ」 「そうなのか。水無瀬川の噂が本当ならこっちもって思ったんだけどな」  大日向に窘められた佐野原が肩を竦める前で、俺は口の中に溜まった唾液を飲み込んだ。  一体、いつからそういった噂が出回っていたのだろう。周りにいる生徒たちを見ると、好奇心に満ちた表情を浮かべている生徒が多い中で、ひとり、山口が困った顔をしている。  俺は悟った。  俺に関する噂の詳細を俺に聞かせなかった本田たち。それは内容がそういったものであったからだ。その気遣いに感謝すると同時に、香月の告白が外に漏れた訳ではないという事実がわかって安堵する。誰が誰を好きだのといった話はプライベートなものだ。いかに香月であっても、自身の告白が周知の事実と化していたら気分は良くないに違いない。 「そういう噂があるんだ」俺は言った。 「まあ、気にするな」  俺の言葉をどう受け止めたのか。大日向が俺の肩を軽く叩いてくる。 「あれは香月がお前に構いたがりなのが悪いぞ。自分が周りの人間にどう見られているかわかっているだろうに、お前にはやたらと触ったりだな」 「他人に触れられるの嫌がるもんな、香月」 「あ、そうなの? それは知らなかった」  佐野原の言葉に山口が声を上げた。今初めて知ったという顔をしている。 「いつもあんな感じだから、そういうものだと思ってたよ」 「そうなんだよ。だから潔癖だと思ってたんだ」  苦笑とともに肩をそびやかした佐野原は、恐らく、香月に触れようとしたことがあるのだろう。「瀧居家には睨まれるし、散々だったな」と、言葉を継ぐ。 「なら、なんでモブ山には?」  俺の顔を見て尋ねてくる田所に、俺は困窮した。  流石に、他人の心が読めるからこそ、他人に極力触れないようしているのだ――とは言えない。俺の頭がどうかなったと思われるのがオチだ。よしんば思われなかったとしても、香月のトップシークレットである。本人の了解なしに口にしていい話ではないし、それに読まれている側としても、知って気分がいい話ではない。だから俺は、「なんでだろうね、はは……」と、その場を遣り過ごすことにした。  けれども、そこは学園の高嶺の花である。ミステリアスな香月は学園の生徒たちの興味関心の的だ。実のところ、俺は偶に女子に呼び止められて香月のことを尋ねられることがあったりするのだが、大日向の友達たちにとってもそれは例外でないのようで、ここぞとばかりに香月談議が始まってしまった。内容は、『何故、香月はモブ山モブ生をここまで気に入ったのか』についてだ。俺にとっては居心地が悪いこと他ない。 「こいつはお前らと違って、性根が可愛いからな」  毛色の変わった友達が欲しかったのだろうという意見や、いやいや案外火のない所に煙は立たないなんじゃないかといった意見が出る中、話題の中心となってしまった俺に助け舟を出したつもりなのだろう。皆が盛り上がる中で俺が小さく縮こまっていると、わははは。と、大日向が笑いながら口にした。 「か、可愛い」  俺はどきりとした。俺のことを可愛いと言って憚らない香月の顔が思い浮かぶ。 「何だ、照れているのか」 「い、いや、そういう訳じゃないよ」 「ははは。照れているな。ほら見ろ。可愛いだろう」  ひぃ。  俺の肩を抱いて笑う大日向に、俺はどう反応していいかわからない。ここに来る行きの車中でも、俺を可愛いと言った香月。ずうっと俺の手を弄んでいたその温もりが、手に蘇ってくるような感覚がある。  そういえば、こっちに来てからずうっと別行動だな。  香月は香月の知り合いに囲まれているし、俺は俺で大日向の友達たちに囲まれている。折角ついてきてくれたのに、何だか悪いことをしている気分だ。俺は気まずさに俯いた。そのときだった。「楽しそうな話をしているね」と、香月の声が真後ろから響いてきた。 「出たな。諸悪の根源」  大日向が俺を庇うように自分の方へと俺の肩を引き寄せる。 「諸悪の根源とは、また随分な言われようだね。私は自分の気持ちに正直なだけだというのに」  代わり映えのしない表情。少女漫画で例えるのであれば、背後に花が咲き誇るような笑みだ。  悠然と立つ香月に、大日向を除いた全員がバツの悪そうな表情になる。それはあれだけ言いたい放題であったのだから無理もない。唯一、大日向だけが泰然と香月に向き直った。 「というか、お前。どこから聞いていたんだ」 「私が何故、奥山を気に入っているのかというところからだね」 「だったらもっと早く助けに来い。こいつが肩身狭そうにしていたというのに」 「うん。だから来たのだけれど」  言うなり香月が俺の手を取った。そして俺を自分の方へと引いてみせた。するりと大日向の腕から俺の身体が抜ける。  助かった。そう思う半面、ひやりとした香月の手の温もりにどきりとする。 「あー、また。本当に一生はモブ山には甘いんだから」  香月の隣に立っていた水無瀬川が頬を膨らませながら口にした。その背後には、これまで水無瀬川の妄言に付き合い続けたに違いない瀧居家が、渋い表情を晒して立っている。 「何なんだ、こいつらは」  溜息を吐いた大日向に、香月はただ微笑むだけだ。ただ、俺の手を握り込む手のひらには軽く力が込められている。 「あ、あの、もういいよ、香月。俺、大丈夫だし」 「うん? 私は面白そうな話をしているから混ざりにきただけだよ」  ひぇ。俺は助けを求めるように、その場の全員の顔を見渡した。  なんだか、香月が怖い。  穏やかな微笑みも、落ち着いた声のトーンも、いつもの香月なのに、そこはかとない緊張感が辺りに満ちているのを感じる。俺はすっかり黙り込んでしまった一同を目の前に、再び肩身の狭い思いをすることとなった。確かに、自分の不在にかこつけて好き放題言われれば、誰であっても腹の一つも立てるものだ。けれども、他人の無遠慮な噂の数々を「言いたい人間には言わせておけばいい」と、言い放てる香月である。その例には当て嵌まらないと思っていただけに、何をどうとりなせばいいのかがわからない。 「ほら見ろ。お前ら、ちゃんと香月に謝れ」  その不穏な空気を払拭したのは、大日向だった。  この場を収めるには、それしかないと思ったのだろう。良く通る声で謝罪を促した大日向の言葉に、全員がはっとなった表情になる。次々と吐き出される謝罪の言葉。「すまなかったな」全員が香月に謝罪し終えるのを待って、大日向が香月に頭を下げる。 「まあ、私もはっきりしないのが悪いからね。この件に関してはあまり気にしていないよ」 「本当か?」大日向が眉を顰めた。「お前の腹の中と表情は別物だろうが」 「本当だよ。嘘を吐くほど暇でもないのでね。だからこの機会にはっきり言っておこうと思うのだけれど」  香月の手が俺の手から離れた。良かった――と、安堵したのも束の間。香月の腕が背後から俺を捉える。 「奥山のことに関しては、残念ながら、私の片思いなのだよ」  香月がそう宣言した瞬間、まるで防音設備の整った部屋に放り込まれたかのように場が静まり返った。

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