55 / 56
番外編 奥山民生の作戦【R18】
【!CAUTION!】
本編終了後の社会人の香月と奥山の話になります。本編のネタバレはありませんが(香月と奥山がくっつくのはタグでわかるので)、なんだかんだでいちゃいちゃしているので、まだじれったい二人を楽しみたい方などは読むのを控えた方がいいかも知れません。
※R18を謳っていますが、本番シーンはありません。
----------------------------------
奥山民生の作戦
最近、香月が俺を抱いてくれない。
一週目は仕方がないと思った。後継者修行に忙しい香月は帰宅が遅くなることも多かったし、俺も俺で移動を命じられた新たな部署での業務を覚えるのに必死だった。
お互いに余裕がなければセックスは出来ない。それは俺もわかっている。だからこそ、その週の触れ合いがベッドの上で抱き合うだけで終わっても気にしなかった。
けれども二週間、三週間と経つ内に、さしもの俺も不安になった。このままセックスレスになったらどうしよう。
そもそも香月と俺はそう頻繁にはセックスをしないのだ。
学生時代などは出来る場所が限られていたこともあって、ひと月ぐらい空くのはざら。香月は俺に触れていられればそれで満足なところがあるらしく、滅多なことでは激しく求められることもない。週に一度のペースでセックスをするようになったのは、社会人になって一緒に暮らすようになってからだ。
だから一か月ぐらいはないのも当たり前なのかも知れない。
そう思い込もうとしてもみたが、不安は打ち消せなかった。
セックスがなくなった理由は明白だ。新しい業務に慣れるのに時間がかかっている俺は、前の部署の比ではない業務量も手伝って、露骨に残業時間が増えてしまった。その所為なのだ。帰宅後、疲労から寝てしまうことが多くなった俺に、優しい香月は負担をかけたくないと思っているに違いない。
とはいえ、仕事とのしがらみから解放される土日ぐらいはいいではないか。
健康な成人男子である俺は、それ故に性欲を持て余していた。いや、むしろ遅れてやってきた思春期なのかも知れない。何せ俺は香月とセックスをするまで、殆ど自慰行為というものをしたことがなかったのだ。しかも通っていたのが楓陵学園だ。品の良いお坊ちゃまやお嬢様が数多く通う学園では、性的な話題が生徒の口に上ることはそうない。俺は男子高校生のスタンダートを知らぬまま大学に進んだ。そこで初めて男子の性的な意味での実態の知ることになるのだが、無垢で初心だった俺が仲間から珍獣として持て囃されたのは言うまでもない。
そういった意味では、俺に性欲の在り処を教えてくれたのは香月だと言える。
だからなのかも知れない。俺は未だに性欲処理を自分でするのに抵抗感がある。俺の性欲は香月にしか向かないのだ。
勿論、恋人同士のコミュニケーションがセックスだけではないことはわかっている。スキンシップだってそうだし、会話にしてもそうだ。香月はこうした時間に対して貪欲だ。どれだけ多忙であろうとも俺との会話を放棄したことはなかったし、スキンシップにしても拒否したりはしなかった。
それでも、香月とのセックスがなくなってしまうのは、俺にとっては恐ろしいことだった。
香月と俺は年老いた夫婦ではなく、働き盛りの二十代だ。確かに恋人となってから十年近い歳月が経過してはいたが、仕事に恋にと励むべき年齢でセックスレスになるは早過ぎはしまいか。香月の俺への愛情を疑うつもりは毛頭ないが、何事も絶対などということはない。何せあのスペックである。俺よりも優れた人間に囲まれて生きている香月が、気の迷いを起こさないなどとどうして言い切れたものか。
だから俺は香月をその気にさせるべく、スキンシップを増やした。とはいえ、これまでリードを香月に任せきりだった俺は、自分から香月をその気にさせるという術に乏しい。だからだろう。ただただ香月に普通に可愛がられて終わるばかりで、俺が望んだような展開には雰囲気からして程遠い。
何故だ。悩んだ俺は水無瀬川に連絡をした。積極果敢な水無瀬川であれば、こういったときの最適解を知っているのではないか。そう思ったからだった。
――馬鹿じゃないの。素直にセックスしたいって言えばいいだけなのに。
それで香月に断られたら俺の心が折れてしまう。
何せもう一か月半である。俺は相変わらず残業続きであったが、業務にもようやく慣れ始め、帰宅後に寝てしまうなどということもなくなった。だから俺のコンディション的には問題がないのであるが、それにも拘らず香月は俺を抱いてくれない。日々、俺を労わって甲斐甲斐しく世話を焼くばかり。
そもそも香月は触れた相手の心が読めるというチート的能力の持ち主だ。だから俺の性欲には気付いている筈なのである。
うーむ。怪しい。矢張り香月には俺とセックスをしたくない理由があるのではないか。
そう言うと水無瀬川は、何故か盛大に呆れ返った。
――この俺のアプローチになびかなかった一生が、どうして今更他の人間になびくのさ。馬鹿々々しい。一生のことだもの。きっとモブ山を大事にしたいとかそういった理由でしょ。そんなに言うのが怖いなら、頑張って誘いなよ。例えば有無を言わさず一生のアレを舐めるとか……。
ひぃ。
俺は往来で水無瀬川と話しているのも忘れて飛び退いてしまった。そ、そそそそんな直球的な誘い方、俺の気が触れたと思われはしまいか。
――どんなセックスをしてるのよ、君たち。
俺はリードを香月任せにしていることを水無瀬川に話した。キスもセックスも基本的には香月からアクションがあること、キスに於いてはまだしも、セックスに於いては自分からアクションを起こしたことがないこと……そのセックスにしても、香月が一方的に俺を泣かせるばかりで、俺が能動的に振舞うことが殆どないこと……それを聞いた水無瀬川が盛大な溜息を洩らした。「本当にさぁ」呆れるのを通り越して腹が立ってきたようだ。苛立ちがありありと窺える声を放った水無瀬川曰く、「それでよく一生が満足していたと思うよ」ということらしい。
だが、俺にも言い分はあるのだ。
俺は香月しか性交渉の相手を知らない。知らない上に、ゲイ仲間は水無瀬川ぐらいしかいない。情報交換が出来る相手に限りがある以上、俺がセックスの何たるかを知るのは、香月を通してが大半になってしまう。その香月がさせてこなかったものを、果たして俺がしてしまっていいのか。いやまあ、偶に香月に乞われてフェラをすることはあったりもしなくもないのだが、それはあくまで香月が許可をしてくれたからこその行為である。そうである以上、香月が望んでいないものを、俺がしてしまっていのかという問題は残る訳で。
――わかった、わかったよ。一生はモブ山のそういう奥ゆかしいところが好きなんだもんね。おのろけ御馳走様。でもそういう話だっていうなら、コスプレでもしたら? あとはボディチェーンとかさ……それなら一生もモブ山が誘ってるってわかるでしょ。
水無瀬川の提案に俺は天啓を授かった気分になった。それなら確かに俺にでもやれそうだ。電話を終えると同時に、道端に陣取って、スマートフォンで『アダルト コスプレ』で検索をかけてみる。
ところが出てくるのは女性向けのセクシーランジェリーばかりで、男性向けの商品がとんとない。乳首だの陰部だのが露出しているセクシーランジェリーは、流石にこれだったら香月も俺の性欲を認めてくれるだろうと思えるが、シルエット的にこれを男である俺が着用するのは難しい。いや、頑張れば着れなくはないのだろうが、中身が中身である。顔が浮いてしまうのは間違いなかったし、そうである以上、化け物みたいな姿になるのがオチだ。香月だって驚いてしまうだろう。
男性向けはないのかな。
俺は検索ワード『男性向け』を追加して更に検索してみた。すると出てくるではないか。露出少な目のバニー衣装に、メイド服。猫耳フードのコスプレなんてのもある。これなら俺でも着れそうだ。何より健全な可愛さがいい。買おうかな。俺は商品ページに飛んだ。値段もお手頃で一度に何着か揃えられそうである。だが、カートに商品を放り込んで、会計に進んだところで、はたと我に返ってしまった。香月をセックスに誘うのに、この露出のなさは如何なものか。
ええい、こうなりゃとことんだ。
俺は半ばやけっぱちでボディチェーンを検索した。男性用だとハーネス型のチェーンがポピュラーであるようだが、モデルがマッチョな男性だったのがいけなかったのかも知れない。肉体美を誇示しているように見えて、あまりセクシーさが感じられなかった。続くウェストチェーンには少し心が惹かれるものがあったが、裸にこれだけだと間抜けに映りそうだ。ううん。俺はちらと画面の中に点在しているニップルチェーンに目を遣った。煽情度が高いだけに敢えて見ないようにしていたのだが、これなら目的が一度で知れる。ウェストチェーンとの相性も良さそうだ。
気持ちが折れない内に買おう。
俺はポチポチと画面をタップして二種類のボディチェーンをカートに放り込んだ。そしてそのままの勢いで会計を済ませた。あとはこれが届くのを待つだけだ。これを香月が喜んでくれるといいのだが――。俺は気もそぞろな日々を過ごしながら、来たる日に向けて志気を高めていった。
※ ※ ※
暫くして届いた荷物を自室のクローゼットの中に隠して、迎えた花の金曜日。ついに来た。逸る気持ちを抑えるのに苦労しながら超特急で仕事を片付けた俺は、やれば出来るじゃないかと課長を背中を叩かれつつ、定時より一時間ほど遅れて退勤した。
マンションに着いたのは十九時半だった。
まだ帰宅していない香月の為に夕食を作り、テレビを眺めつつ待つこと一時間。平日はパーティといった酒席に出ることも多い香月だが、金曜日から日曜の夜までは俺との時間を優先したいとそうした誘いを一切断ってくれている。仕事で遅くなることはあるが、酒の匂いをさせて帰ってくることはない。今日も例に漏れず、真っ直ぐ帰って来たようだ。玄関のロックが外れる音がしたかと思うと、「ただいま」と柔らかな声が玄関から聞こえてきた。
「おかえり、香月」
「いい匂いがするね、奥山。ビーフシチューかい」
「うん。随分前のレシピだけど、香月が美味しいって言ってたからまた作ってみたよ」
「それは楽しみだね。覚えていてくれてありがとう」
頬に軽く口付けられた俺は、逆上せながらキッチンに入った。香月が部屋着に着替えてくるのを待ちながら、鍋のビーフシチューを温め直す。
俺と暮らし始めた当初は一人では殆ど何も出来なかった香月だが、四年を数えるまでとなった今は違う。俺が少しずつ教えた甲斐もあり、家事全般をそつなくこなせるようになっている。特に掃除と綺麗好きな香月の相性はいい。今も着替えのついでにお風呂掃除をしてきたようで、シャツの袖を捲ってダイニングに姿を現した。
「お風呂の用意をしてきたよ」
「ありがとう。香月もパンで食べる?」
「うん。今日は金曜だから、ワインを飲もうか。奥山も飲むかい」
「付き合うよ。でも、酔い潰れないでね」
「はは。一杯だけだよ」
ビーフシチューと温野菜のサラダ、そして近所の評判のベーカリーで買ったソフトなバケット。一気に賑やかになった食卓に、香月が赤ワインを添える。
「今日の奥山は帰宅が早かったのだね」
「うん。課長に褒められたよ。やれば出来るじゃないかって」
「業務の流れを覚えてもらうだけだから、そこまで力を入れて育成するなとは言ってあるのだけれど」
「でも、色々な仕事を任せてもらえるのは嬉しいよ。自分の成長も感じられるしね」
食卓に着いた俺たちは会話を挟みながら食事を進めた。
話題は大半が仕事のことだ。
俺は芙蓉グループの中核会社である芙蓉ホールディングスに香月とともに勤めている。順調に後継者修行をこなしている香月と異なり、俺の場合は芙蓉グループの事業内容を知る為の社会勉強的な側面が強い。それもこれも、将来的に俺が香月を支えてゆくことを香月の両親に期待されているからだ。その為には実績も必要である。だから俺は自分の業務量が増えることは苦ではなかった。あまり要領が良くないことも手伝って、業務を覚えるのに時間がかかる方だが、それでも成果を積み上げていっていると実感出来るのは気持ちがいい。
香月の隣に立てるようになる為にも、頑張らねば。
気弱な俺が弱音を吐かずに仕事に向き合っていられるのは、変わらずに俺を愛し続けてくれている香月のお陰である。何年先のことになるかはわからないが、そのときに香月に幻滅されないよう、俺はこれからも自分を磨いていくつもりだ。
「今日は俺が片付けるから、香月は先にお風呂に入っていいよ」
食事を終えた俺は香月に言った。
「うん? そこまで気を遣わなくともいいのだよ。食事の支度をしてくれたのだし」
一緒に風呂に入ることも考えたのだが、そのあとに片付けを挟むとなるとなんだかスマートではないような気がした。片付けを終えた状態で気兼ねなくセックスがしたい。だから俺は香月に強く勧めた。
「今日は早く帰って来られたし、こういうときこそやらせてよ。いつも香月に任せてばかりなんだから」
「なら、甘えることにしよう。先に入ってくるよ」
そう言って俺の額に軽く口付け、香月がバスルームに姿を消す。
キスはしてくれるんだけどなあ。
俺は食器を片付けながら、俺に優しい香月がそういった意味で俺に触れてくれない理由を考えた。といっても、出てくる答えは幾つもない。1.香月が疲れている。2.香月が俺に気を遣っている。3.セックスに飽きた。4.俺に飽きた。5.その他。1と2はまだしも、3、4であったら由々しき事態である。特に4だ。そんなことになってしまったら、俺はこの先どうやって生きていけばいいのかわからない。
どうか今晩こそ、香月とセックスが出来ますように。
俺は祈るような気持ちで香月が風呂から上がるのを待った。そして入れ違いにバスルームに向かった。勿論、入る前に自室に寄ってボディチェーンを用意するのも忘れない。どんな感じなんだろう。バスルームに入る前に、脱衣所で試しにニップルチェーンを付けてみる。なんだかくすぐったい。鏡を覗き込むと、金色のメッキ加工を施されたニップルチェーンが、俺の胸元で卑猥に輝いていた。うう。これで香月に断られたらどうしよう。俺はニップルチェーンを外してお風呂に入った。バスに浸かりながら、不安と期待でどうにかなりそうな時間を過ごす。
セックスをする以上は身ぎれいにしなければならない。俺は時間をかけて入浴を済ませた。
バスルームから出て、身体をよく拭いて、髪を乾かし、いざ。時刻はもう二十三時を回っている。ボディチェーンを装着した身体の上からバスローブを羽織っただけの姿で脱衣所を出た俺は、リビングで寛いでいる香月の許に向かった。緊張が髪の毛の先にまで流れ出てくるような感覚がある。心臓はばくばくしっ放しだ。
「あ、あの、香月」
俺が夜着 に着替えていないのを、珍しいことだと捉えたようだ。「どうしたんだい、奥山」と、僅かに目を瞠った香月が尋ねてくる。俺はバスローブの紐を解こうとした。だが、羞恥と緊張感で上手く動けない。
無理だ。
「や、やっぱり、いい!」
ピークに達した緊張感に我慢の限界を迎えた俺はリビングを飛び出した。自分の部屋に駆け込む。そしてバスローブを脱いで急いでボディチェーンを外そうとした。刹那、奥山。と、俺を追い駆けてきた香月の声が部屋の入り口からする。
「いや、あの、あの、見ないで」
俺は部屋に入ってきた香月に背中を向けた。み、見えてないよな。胸元を腕で隠しながら、そろりと香月を振り返る。
次の瞬間、俺はシトラスの香りに包み込まれた。
「どうしたのか教えてくれないかい」
俺を背中から抱き締めてきた香月が耳元で尋ねてくる。
「み、見えた?」
「少しだけ」
「あああ! 忘れて! お願いだから忘れて!」
「そうは言われても」ふふと意地の悪そうな笑い声を香月が上げる。「もう見てしまった後なのだし」
「忘れて! はい、忘れる!」
俺は香月の腕の中で足をばたつかせた。
見せたくてした格好であった筈なのに、いざその瞬間が来たら怖気づいてしまった。情けないやら恥ずかしいやらで頭が混乱する。だのに香月はそんな俺の胸中などお構いなしだ。「もっと見たいのだけれど」と、肩に顔を乗せて俺の身体を覗き込んでくる。
「気の迷いです。ごめんなさい」
「謝る必要などないよ。そういった気の迷いなら大歓迎だ。ほら、こっちを向いて、奥山」
うう。
俺はゆっくりと香月に向き直った。そして胸元を隠していた腕を解いた。香月の視線がボディチェーンで飾られた俺の身体に絡み付く。
「は、恥ずかしいよ、香月」
「私の為にしてくれたのだろう」
俺の頬に手を置いて熱い眼差しを注いでくる香月に、俺はこくりと頷いた。次の瞬間には口唇を塞がれる。
息苦しいぐらいの口付けに晒された俺は香月の夜着 を掴んだ。苦しいけれども、心地よい。口内に香月の舌を迎え入れた俺は、自分もまた香月の舌に舌を絡めた。久しくしていなかった激しさが、俺の心の中にあった寂しさを埋めてゆく。
「すまなかったね」
キスを終えた香月が俺の肩に頭を埋めてくる。
「奥山の気持ちはわかっていたけれども、新しい部署でいっぱいいっぱいだっただろう。だから落ち着くまではと思っていてね。言い訳に聞こえるかもしれないけれども、ここまでしたがっているとは思わなかったものだから」
俺は香月の背中に腕を回した。また軽く口付けられる。
「してもいいのかい」
「嫌だったらこんな格好しないよ」
「私はいつも奥山を泣かせてしまうだろう。疲労に追い打ちをかけてしまうような気がしてね、怖かったのだよ」
香月の気持ちを聞けた俺は、そこでようやく安堵した。
俺が不満を感じている傍らで、香月は必死に耐えていたのだ。俺は一瞬でも香月を疑ったことを反省した。俺を深く気遣ってくれているからこそ、香月は俺に手を出せなくなっていったのだ。そのぐらいのこと、もう十年近い付き合いだ。わかって然るべきだっただろうに。
「ごめんね、香月。でも、あれは痛くて泣いてる訳じゃないよ」
「わかっているよ。奥山は――」そこで香月の口唇が俺の耳朶を食んだ。「気持ちいいと泣くのだよね」
そうなのだ。
俺は快感がある一点を突き抜けると自然と涙が出てくる性質だ。理性の箍が外れるというのはあの瞬間を指すのだろう。香月を自らの中に迎え入れて、その熱情に身を任せているとどうしようもなくなる。俺のセックスの終わりの記憶は、いつだって滲んだ視界の向こう側に浮かぶ香月のぼやけた顔だ。
勿論、最初は大変だった。俺が痛くて泣いているのだと思った香月がセックスを控えようと言い出したり、俺は俺で自分の身に何が起こっているのかわからなくて、しかも相談する相手もいないしで、悶々とした日々を送ったり。けれどもそれも昔のこと。今では香月は俺の涙を見ると幸せそうに微笑むようになった。
「だからついつい泣くまでしてしまう」
「泣かせてよ、香月。俺、もう恥ずかしさで消えそうなんだけど」
「それは大変だ」香月の手が俺の腰にかかる。「奥山が消えたら、私は一秒たりとも生きていられない」
俺の貧弱な身体を軽々と抱え上げた香月が、俺を見下ろして口元を緩ませる。神に愛されたとしか思えない香月の彫刻のような麗しい面差し。歳月を経て更に花開いた美しさが、俺の視界いっぱいに広がる。
「気が済むまでしてもいいかい」
「うん」俺は香月の首周りに沿って腕を絡ませた。「して欲しい」
※ ※ ※
散々泣いた翌日の俺は、香月よりも起床が遅かった。
いつもであれば朝食の支度をしている香月だったけれども、今日はそういった気分ではなかったようだ。目を覚ますと、ベッドの隣で俺を眺めている。俺を慈しむような眼差しが、少しくすぐったい。
「おはよう、奥山」
「うん、おはよう香月」
額に口付けられた俺は、もそりと香月に身を寄せた。泣き疲れた瞼が腫れぼったいけれども、やっとセックスが出来たのだ。疲労感よりも充足感の方が大きい。
「今、何時? 香月お腹減ってない?」
「十二時十五分だね」
「お昼にする?」
「もう少し、こうしていたい気持ちもあるのだけれど」
「なら、ここにいる」
俺は香月の腕の中で笑った。
寝ている間に外れてしまうのを心配したのだろうか。ボディチェーンは外されていた。情事の痕跡。纏めて枕元に置かれているニップルチェーンとウエストチェーンに、昨夜のセックスが思い起こされる。
俺は貪欲に香月とのセックスを謳歌した。どのくらい謳歌したかというと、珍しくも自ら香月のペニスを口に含み、その上更に香月の上で腰を振ったぐらいだ。いつも香月にされるがままの俺にとって、能動的なセックスに挑むことはそうない。それを喜んでくれたのくれたのだろうか。香月がようやくベッドを出る決心を付けたのは、十三時を回ってからだった。
「また、忘れた頃に付けてくれないかい」
ベッドの上を片付けながら香月が言う。
「うん。香月がいいって言ってくれるなら」
どうなるかと思ったけれども、香月は俺のボディチェーン姿を気に入ってくれたようだ。
良かった。俺は胸を撫で下ろし、そして、そう言えばとスマートフォンを開いた。ボディチェーンで喜んでくれるのであれば、ワンチャン、コスプレも喜んでくれるかも知れない。そんなことを思いながら、香月に商品ページを見せる。
「可愛いね。奥山に似合いそうだ。買おうか」
「いいよ。俺が自分で買う。いつも香月にはしてもらってばかりだし」
「いつ着てくれるかを楽しみに待っているよ」
着替えを終えた香月がカーテンを開く。眩い光が差し込むベッドルームを後にした俺たちは、遅めのブランチを取るべくキッチンに並んで立った。そしていつも以上にスキンシップを取った。手を重ね、肩を抱かれ、キスを繰り返し、身を寄せ合う。
効果覿面っていうのはこういうことをいうのかも知れないな。
そういった意味で、当たり前の日常が当たり前でなくなることも偶には必要なのかも知れない。俺がそう言うと、「波乱は出来るだけ遠慮したいのだけれど」と、何かを想像してしまったらしい。香月が俺を力一杯抱き締めてきた。
ともだちにシェアしよう!

