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ブラック・アンド・ブルー プロローグ(2) | 石月 主計の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
ブラック・アンド・ブルー
プロローグ(2)
作者:
石月 主計
ビューワー設定
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プロローグ(2)
弓岡司
(
ゆみおかつかさ
)
は新進の画商として、画壇だけでなく、世間からの注目を集めていた。他の画商が見向きもしない無名の画家の絵を安く買い叩いては、破格の値段で売ってしまう。その手腕は高く評価されると同時に、画家たちや他の画商を震え上がらせていた。 人前では決して崩れない仏頂面と蔑むような冷たい眼差し。きっと心も氷のようだと誰もが噂する。快楽に歪む顔も潤んだ眼差しも、今は攻だけが独り占めだ。 もちろん、単なる運や偶然だけで、ここまでのし上がってきたわけではない。その背後には、生まれつきの高い計算能力と今もたゆまぬ美術やマーケティングについての猛勉強があった。 唯一の欠点はケチなところだろう。特に自分のためにはお金を使いたがらない。身だしなみや人付き合いなど、仕事にかかわるところには遠慮なく使うが、それ以外は蔑ろにしがちだ。誰かが見ていなかったら、成功する前に飢え死にか過労死していたかもしれない。
佐伯攻
(
さえきおさむ
)
はそんな司の自称「パートナー」だ。かつてはパトロンだった時期もある。司が大学に入学してから画商として独立するまで、惜しみなく援助した。 今ではすっかり援助した分を返され、パトロンの役割も返上されてしまったが、それでも攻は司のそばにいる。 「攻さんも、僕になんか構っていないで、他の誰かを探したらどうですか?」 「そうはいかないよ。君は私の『友達』なんだからね。放っておけないよ」 資産家で育った攻は、その恵まれた環境ゆえに「友達」がいなかった。そして、スポーツ万能なところを活かして体育の臨時教師をしていた頃、着任した高校で司に出会った。 生徒会長で成績も優秀。傍から見ると完璧なのに、同性が好きだという綻びを持つところが自分と似ていて、攻は「友達」になりたいと思った。 紆余曲折があったものの、二人は無事に結ばれ、7年経った今でもこうして一緒にいる。司は憎まれ口を叩きつつも、攻が隣にいることを許しているのだから、心の奥底では必要としているのだろう。 もちろん、司のそばにいられるように、攻も美術やマーケティングの本に目を通して、同じ仕事をできるようにしているのは言うまでもない。常に記録を破るために己と戦ってきた攻にとって、これくらいお安い御用だった。 * 夕闇が迫る頃、シトロエンは23区の外にある古びた一軒家の前に停まった。築50年以上は経っているだろうか。ここが司の仕事場兼自宅。 買い取った絵は専門の倉庫に保管されている。ギャラリーを持たず、美術館やデパートで催される展示会の枠を借りて絵を売るスタイルは、画壇で「風呂敷画商」と揶揄されることもあった。 それでも、司は気にしない。 「攻さん。絵の値段はね、画家が決めるんじゃない。顧客が決めるんだよ。顧客が欲しいと思えば、値段はいくらでも釣り上げられる。僕にはその仕掛けができるんだ」 いつか自負を語ってくれた横顔は、確固たる自信に満ちていて、思わず攻が距離を感じてしまうほどだった。油断していると手が届かなくなりそうなくらい。だから攻もまた、司について行こうと必死だった。 司が鍵を開けて、一軒家の中に入る。最低限修理しただけで内装はそのまま。一人で暮らすにはあまりにも広く、快適とも言い難い。司はいつも入口の横にある六畳間で仕事をこなし、ソファで眠っていた。エアコンがこの部屋にしか無いからである。 司の収入を考えれば、都心のマンションを借りたり買ったりするほうが便利で快適なのに、なぜかここに拘った。その理由はリビングにある。 ガランとした中に置かれたイーゼル。サイドテーブルには絵の具や筆、オイル、パレットナイフなど画材が一式揃っている。その気になればすぐにでも絵が描けるくらい。けれども、司自身は絵を描くことに興味が無かった。 「……司、いい加減に諦めたらどうだい。あの男は君を見捨てたんだよ」 「僕は先生の居場所を残しておきたいだけです。いつでも帰ってきて、画家として好きなだけ絵を描けるくらいの」 遠い目をして儚げに笑う司を、攻は強く抱きしめてしまう。早く悪い夢から覚めるんだと言わんばかりに。
熊谷刀
(
くまがいかたな
)
。かつて司と関係を持っていた高校の美術教師。180cmの攻や175cmの司よりも背が低い小太りの男。いつも甲高い声で熱弁を奮っていたのを、今でも時々は思い出したくないのに思い出してしまう。 暗くて狭いワンルームで、いつもいじけた表情を浮かべていた髭面。司に依存して、高校を卒業してからも教師をやめて一緒に上京していた。遅れて上京した攻は、二人が同居しているのを見て、大いに驚いたのを覚えている。 仕方なく攻は、熊谷の分まで援助しなければいけなかった。司が代償として体を差し出さなければ、あらゆる手段を使って追い払っていただろう。 「司は、あの男のどこを好きになったんだい?」 司の一番になれないもどかしさから、攻は口癖のように尋ねていた。自分と似ているはずの司が、感情剥き出しで汗まみれでなりふり構わない熊谷に惹かれる理由が分からない。 「先生は、僕に甘え方を教えてくれたんです」 司は、言い聞かせるように答えていた。どこから見ても甘えているのは熊谷のほうなのに。その姿は、初めて見た物を親だと思い込む幼鳥のようだった。 そのうち、司は首席で大学を卒業し、画商として雇われてからもトップの販売成績を誇るようになった。熊谷はいつまでもアルバイト暮らしのしがない絵描きのまま。 そして、司が独立した頃、熊谷は置き手紙を残していなくなってしまった。かつて惚れこんた
相川
(
あいかわ
)
という学生が離婚したという知らせを聞いて。もう、おまえには俺がいなくても平気だろうと。 司はショックのあまり、しばらく食事が喉を通らないほどだった。日に日に痩せてフランク・ミュラーが手首で回ってしまうのを、攻はただ歯ぎしりしながら見ているしかなかった。 司がケチになったのは、それからだと思う。元々、無駄金は使わないようにしていたが、それ以降はますますケチっぷりに磨きがかかった。 (私はあの男と違う) 司がスマートフォンで顧客と連絡を取っている間、攻は届いていた手紙を整理した。ほとんどはダイレクトメールで、司の財産を狙った金融機関や保険会社、古物商などからの売り込みだった。 ふと、普通の白い便箋に汚い文字で司の名前が書かれているのを見つけて手を止める。最近になって頻繁に届くようになった手紙。差出人は熊谷刀。司が電話に夢中になっているのを横目で確認すると、攻は中身を見ないでそれをシュレッダーにかけた。 今さら何を望んでいるのか知りたくもないが、司には絶対に会わせない。きっと手紙を見てしまったら、仕事そっちのけで遠く離れた故郷へ会いに行ってしまうだろう。実家にさえ、もう何年も帰っていないというのに。 通話が終わった司に、攻が残った手紙を渡す。 「これだけですか?」 「ああ。ダイレクトメールはシュレッダーにかけておいたよ。君の手を煩わせたくないからね」 司はしばらく手紙に目を落とし、少し寂しげな顔をする。まるで、何かが足りないと言わんばかりに。それは、決して消えない心の青あざみたいなものだった。
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石月 主計
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