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第1話(2)

 宝田の画廊は表参道にあった。平日の夕方だというのに、街は賑わいを見せていて、宝田の画廊にも新たな遺作の噂を聞きつけた先客が何人かいた。オーナーを鏡で映したように、客もまた太って脂ぎっていて成金趣味全開だった。  扉を開けて入ってきた司と攻を見つけた宝田は、手もみしながら近づいてくる。 「これは、弓岡さん。さっそく約束を果たしてくださって、ありがとうございます。お付きの方もご一緒で」  宝田は物言いたげな目つきで攻を見つめてきた。表向きは司の助手ということにはなっているが、本当はどんな関係なのか探ろうとしているのだろう。別に疚しいことは何も無い。むしろ、露骨に司の肩を抱き寄せたら、どんな顔をするのか見たくなった。  司は、そんな攻の企みに気づかず、画廊の真ん中に大きく飾られた絵に目を向ける。「金雲摩天楼図(きんうんまてんろうず)」と名づけられたそれは、スポットライトを浴びて鈍い輝きを放っていた。  金屏風を模したのか、背景には金色がふんだんに使われ、東京を覆い尽くす雲のように棚引いていた。その切れ間から、群青や深緑で彩られた摩天楼が聳え立っている。まるで、かの洛中洛外図を彷彿とさせる構図だった。  狩野派の様式美と現代の風景が融合しており、確かに目を奪われる大作ではある。攻はスケール感に圧倒されて、思わず感嘆のため息を漏らした。  けれども、司は腕組みをしたまま表情一つ崩さない。時々、絵に顔を近づけるが、何の言葉も発しなかった。宝田が不安げに尋ねる。 「いかがですか。素晴らしい絵でしょう」 「これをいくらでお売りになられるつもりですか?」  司の問いかけに、宝田は内緒話をするように口を手のひらで覆いながら耳元で囁いた。それでも、攻には聞こえてしまう。ずいぶんと強気な金額だった。  司は表情を変えず 「早く売れるといいですね」 とだけ返すと、攻を見上げた。 「さあ、帰りましょう」 「なんだ、心ゆくまで鑑賞なさればいいのに」  宝田が拍子抜けしたような顔をする。もっと、司が興味を持ってくれると期待したのだろう。 「次の約束がありますから」  そう言い残して司は踵を返した。攻も慌ててその後を追う。次の約束なんてない。司は助手席に腰かけると、シトロエンが走るなり攻に話しかけた。 「どう思いましたか?」 「どうって、素晴らしい絵だと思ったよ。紫峰らしい、大胆でありながら繊細で、現代の狩野派という謳い文句に違わない一枚だったな」  司は何も返さず、まっすぐ前を向いたまま。不安になって、攻は問い返した。 「君は何とも思わなかったのかい?」 「ええ、あれは偽物ですから……。少なくとも紫峰が描いたものではありません」  思いがけない言葉にハンドル捌きが乱れる。シトロエンが蛇行して、攻は慌ててハンドルを握り直した。 「まさか!」 「間違いありません。おそらく、ここ最近の遺作もほとんどは偽物でしょう」  司の表情は自信に満ちていた。 「紫峰探雲は『筆に神を降ろす』と豪語するほど自信に満ちていました。けれども、あの絵に描かれた線は、所々に震えが見られます。老いや衰弱による震えではない。間違えることを恐れる、神経質な『怯え』です」  相変わらずの観察眼に、攻は感服する。司はさらに続けた。 「そう考えると、あの構図も抑圧されていて、紫峰特有の開放感がありません。色使いも暗いですし、全体的に閉塞感が漂っています」 「言われてみると、地上で蠢く市井の人たちも、檻の中で怯える小動物のように見えてきたな」  もちろん、狩野派のタッチというだけで、ほとんどは紫峰の絵だと信じて大金をはたいてしまうのだろう。攻は空恐ろしくなってきた。 「おそらく、誰か……遺族が絵描きの端くれにでも描かせているのでしょう。それも、かなり腕利きの、です」 「でも、どうやってそれを証明するんだい? 紫峰家とは付き合いが無かっただろう?」  司が、すでに名の通った画家に興味を示さないのは、攻もよく知っていた。司はニヤリと笑みを浮かべ、ハンドルを握る攻の手に自分の手を重ねる。 「協力してくれますか?」  もちろん、断る理由はない。攻も偽物の出所に興味が沸いてきた。 「それじゃ、作戦会議をしなければいけないね」  表参道を抜ける頃、視界に見慣れたシティホテルが入ってきた。定評のある鴨肉のローストを思い出して攻の腹が鳴る。表面は香ばしく、中は美しいロゼ色に焼き上げられた分厚い鴨肉。甘酸っぱいオレンジのソースがまた美味なのだ。つい、ウインカーを右に傾けてしまう。 「攻さん、どこへ行くのですか?」  司が分かりやすく狼狽える。 「作戦会議なら、あのオンボロ家よりもスイートルームのほうがくつろいで出来るだろ? 良い考えには良い食事と運動が必要だ」 「”良い運動”って何ですか?」 「もちろん、君を抱くことだよ」 「それは運動じゃありません!」  司が顔を赤らめて抗議する頃、シトロエンはシティホテルの入口に横づけしていた。 「さあ、作戦会議とやらを始めよう」  攻がいたずらっ子のような顔を見せると、司は眉を八の字にして困った顔をする。それが堪らない。今夜はどのように鳴かせてやろうかと、攻は考えを巡らせるのだった。

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