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真夜中のデカダンス(1)

 弓岡司(ゆみおかつかさ)は、一日の仕事が終わった後に、自宅の2階で熊谷刀(くまがいかたな)の絵を鑑賞するのが習慣になっていた。熊谷は、かつて司と愛し合っていた高校時代の美術教師である。  卒業してからも、東京のワンルームで一緒に暮らした二人。けれども、熊谷は司より愛していた教え子・相川流(あいかわながれ)の離婚を知り、出ていってしまう。これらの絵はその時に残されたものだ。  置き土産と言えば聞こえが良いが、佐伯攻(さえきおさむ)にとってはガラクタにしか見えない。たった2枚を除いて。  司は、その2枚の前に立っている。どちらも司の肖像画。1枚は油絵の具、もう1枚はアクリル絵の具で描かれていた。  キャンバスに閉じ込められた18歳の司は、子どもの脆さと大人の強さが同居して、アンバランスな魅力を放っている。そこはかとなく滲み出る色気は、すでに男を愛するという業を飲みこんでいたからだろう。  肖像画を見つめる司の眼差しは寂しそうだった。もしかしたら、7年前のことを思い出しているのかもしれない。今は私がそばにいるというのに……攻の胸に大人げない嫉妬が渦巻いた。  邪魔するように手のひらで目元を覆い、視界を遮る。さらに後ろから抱きしめて、なるべく自分の体臭が強く香るように体を密着させた。司が振り向いて攻を睨みつける。 「まだいらしたのですか? とっくに帰られたと思ったのに」 「ああ、君が心配でね」 「僕が心配?」  司が首を傾げる。それが可愛らしくて攻は唇を奪った。呼吸を忘れるほどの長い口づけ。唇が離れると司は不満を露わにした。 「僕が絵を見ていると、いつも邪魔をするんですね」 「君には過去を振り返ってほしくないからさ。輝かしい今があるのだからね」  新進作家の安い絵に付加価値をつけ、破格の値段で売ってしまう。その優れた手腕で画壇から一目置かれている若き画商。それが、司のパブリックイメージだ。  そして、攻はパートナーとして常に隣にいる。その恵まれた体格から、世間では「用心棒」と呼ばれているらしい。 「熊谷先生は、今ごろどうしているのでしょうか」 「さあね、私たちに知る術は無いよ」  本当のところ、最近になって熊谷から頻繁に手紙が届いている。いつも、白い封筒に汚い字で司の名前を書いて。もちろん、司には見せていない。見せたら仕事そっちのけで会いに行ってしまうからだ。届いた手紙を整理するのは攻の役割。だから、見つけ次第シュレッダーにかけている。  攻はもう一度司を抱きしめた。今度は真正面から。司は特に嫌がっていない。 「君を裸にしたい」 「もし、ノーと言ったら?」 「君のここはイエスと言ってるよ」  司の股間に手を伸ばす。そこはすでに硬くなっていた。攻の獣じみた体臭に反応しているのだろう。 「抵抗したところで、ズボンの中に漏らしてしまうだけだよ」  司はため息をつく。それでも、潤んだ瞳で見上げてきた。 「いいですよ。その代わり、早く済ませてくださいね」  攻は笑顔で頷く。もちろん、そんなつもりは毛頭無い。夜明けまでたっぷりと鳴かせるつもりだ。 (熊谷先生、私の勝ちですよ)  どんなに絵を残したところで、当の本人がいなければ司を満足させることは出来ない。攻は機嫌よく口笛を吹くと、明かりを消して司を部屋の外へ連れ出した。 *  夜明けが近づいてブラインド越しに陽射しが差し込んでくる頃、微睡んでいた攻は腕の中で司が身じろぎしていることに気づいた。 「眠れないのかい?」 「ええ、気持ちが昂ってしまって」  今日も朝から顧客との面会が控えている。少しでも眠らなければ体が持たないだろう。移動中に眠れるほど司は器用ではない。 「……お酒を飲んだら眠れるかもしれないのに」 「飲めないだろ?」  司も攻も酒は一滴も飲めない。ホテルで食事をする時も、お供は攻がモクテルやボトリングティー、司がペリエなどの炭酸水だった。  会食をすると、つまらない人生だと鼻で笑う顧客や仕事仲間もいる。だが、常に素面で理性を保っていられるほうが、よほど高尚だと攻は思った。少なくとも酒に酔って司を罵倒したことがある熊谷とは違う。 「もっと運動したら眠れるんじゃないかな」  攻が一物に伸ばした手を司は撥ね退けた。 「その手には乗りませんよ」 「……じゃあ、私に呼吸を合わせるんだ。吸って」  司は訝しげな顔をしながらも攻に従う。 「今度は吐いて」  何度も繰り返しているうちに、司の瞼がゆっくりと閉じてゆく。呼吸が寝息に変わったのを見計らって、攻も瞼を閉じた。 「君の眠りは私が守るからね……」

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