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真夜中のデカダンス(5)

 翌朝、司の母親が心配そうに見守る中、攻が運転するシトロエンは白井の家へ向かって走り出した。酔いはすっかり醒めたものの、まだ頭がズキズキする。 「お酒なんて、この世から消えてしまえばいいんだ!」 と攻は毒づいた。 「そんなこと言ったら僕の父が悲しみますよ。……熊谷先生も」  司が「やれやれ」と言いたげに声をかける。けれども、ゆうべのように機嫌を損ねているわけではなさそうだった。  カーナビを頼りにたどり着いた白井の家は、広大な畑の真ん中にポツンと立っていた。金閣寺を模したような、ぎらぎらと眩い豪邸。おそらく農業を礎に県議で財を築いたのだろう。ところどころ増築した跡もうかがえた。  白井は機嫌よく司を出迎えた。一見、にこやかな表情をしているが攻に向けられる眼差しは冷たい。「おまえは何者だ?」と言いたげだった。秋なのに半袖とハーフパンツなのも良くないのだろう。すかさず司が「助手の佐伯です」と紹介した。  家の中へ入るなり、二人は「真夜中のデカダンス」が飾られているアトリエへと通された。イーゼルに立てかけられた絵を、司は興味深げに見つめる。その横で白井はもっともらしく講釈を垂れる。こちらは横取りした絵と知っているのに、滑稽なものだと攻は思った。 「もし白井先生がよろしければ、私との対談を催してこの絵を皆さんに紹介したいのですが、いかがでしょうか? もちろん会場費や宣伝費は全額私が負担します」  司の提案に攻が慌てて止めようとするが、何か企んでいるような表情に気がついて留める。白井の瞳がギラリと光った。 「ほう、面白そうですな」 「市内や県内だけでなく、東京からマスコミを呼んで大々的に披露したいと考えております。白井先生の名前を全国に広めるチャンスですよ」  もちろん、白井には断る理由がない。二つ返事で引き受けてくれた。 「ただ、一つだけ条件がございます」  司はにこやかな表情で切り出した。 「制作過程に興味がございますので、この絵を『赤外線リフレクトグラフィー』で分析させていただきたいのです」 「赤外線で分析……」  白井の顔が曇る。実に分かりやすいと攻は思った。 「それは困りますな。特にこの辺りには他愛ないメモが書かれていましてね。見られるのは恥ずかしいのですよ」  そう言って、白井は熊谷のサインを塗りつぶして自分のサインを入れたと思われる箇所を指し示す。それでも、司は動じない。 「ならば、その辺りは分析の対象から外しましょう」  白井はまだ渋っている。司はお手上げのポーズをすると 「そうですか。残念ですが、この話は無かったことに……」 と踵を返そうとした。 「ま、待ってくれ!」  白井の手が、がっちりと司の肩を掴む。攻は思わず、その手を払いたくなった。私の司を汚らわしい手で触るなと。 「分かった、やろうではないか。何も問題はないぞ。名前を売るまたとないチャンスだからな」  白井ほどの年寄りでも、名声は欲しくて堪らないらしい。まして、今回は全国的な知名度を得られるかもしれないのだ。しかも、自分からの持ち出しは一切無しときている。  司は満面の笑みを浮かべ 「ありがとうございます。では、先生に出演料をお渡ししておきましょう」 と、ポケットから札束の入った封筒を取り出した。白井は渡されるなり、背を向けて指に唾をつけて数え始める。攻は、いくら渡したのか気が気でなかった。  結局、その場で司が市民会館の大ホールを押さえ、対談は1ヶ月後の日曜日に実施されることになった。白井に見送られて屋敷を後にするなり、攻はまくし立てるように助手席の司へ話しかけた。 「白井にいくら渡したんだい? まさか100万円とは言わないよね?」 「100万円ですよ」  ハンドル捌きが乱れて、シトロエンが蛇行する。危うく用水路に落ちるところだった。 「そんなに渡すなんて……」  司は涼しい顔をして窓の外を眺めた。 「あの100万円は白井先生、いや、白井が僕の企てた『ショー』に合意の上で出演したという既成事実を作るための『餌』なんです」 「熊谷先生のためとはいえ、100万円をポンと出すなんて……」  あの貧乏な熊谷から、相応の見返りなんて期待できないだろう。 「ショーで恥をかかされたら、白井は僕を訴えるかもしれません。けれども、裁判になってしまえば、他人の絵を横取りしたという事実が確定します。地元の名士にとっては致命傷と言えるでしょう」 「そこまで考えていたのか……」 「もっとも、散々持ち上げて落とすのですから、その詫び代も含まれていますけどね」  攻が身震いするほどの冷徹な計算。やはり、この青年は只者ではない。普段は、エアコンをつけるのを我慢したり、自分の服を買うのを躊躇ったりするくらいのケチなのに、札束でターゲットの逃げ道を完全に塞いだのだ。 「これからすることがいっぱいありますよ。もう2泊くらいはしないといけないですね」 「もちろん、私も手伝うよ」  攻が司に視線を向けると、司もじっと見つめ返してきた。何を言われるのかと身構える。 「もう、無理してお酒を飲まないでくださいね」  おねだりするような言い草が可愛らしくて、攻はシトロエンを農道のど真ん中に停めると、司を抱きしめて口づけをした。 「攻さん、他の車の邪魔になりますよ!」 「君がいけないんだ。私をその気にさせるから……」  攻の口づけは本当に他の車からクラクションを鳴らされるまで続いた。 *  名ばかりのグランドホテル。東京とは比べ物にならないくらい規模が小さくてクオリティも低いスイートルームで、攻と司は裸になって抱き合っていた。  昨夜、酒に酔い潰れてしまった分だけ、司の体を貪る。攻の指や腰の動きに、司は何度も声を上げ、歓喜の涙を流した。  ようやく攻の気が済んだのは1時間後。それでも離れがたくて、二人はまだ繋がったままだった。  腕の中の司はあまりに無防備で、18歳の頃と変わらず、脆くて儚げな表情をしている。攻が守っていなければ、すぐにでも壊れそうなくらい。  そこで、攻は思い出す。熊谷が「真夜中のデカダンス」を赤外線リフレクトグラフィーで分析するのを渋ったことを。もしかしたら攻にはもちろん、司にも見せられないような下絵が描かれているのかもしれない。そう考えると、嫌な予感がしてきた。 「司、本当にあの絵を分析するのかい?」 「ええ、そうしないと先生の絵だと証明できないですよね?」  司はなぜ?と言いたげな眼差しで攻を見つめる。 「もしかしたら君が傷つくかもしれないよ。私はそんな残酷な真似をしたくないな」  少し辛そうな顔をして、攻は司に口づけた。けれども、唇が離れた後の司は、いつもの画商の顔をしていた。 「熊谷先生の名誉を取り戻すためだったら、僕は何でもするつもりです」 「司……」 「僕はいくつもの修羅場を乗り越えてきました。今さらそんなことで傷つかないですよ」  力強い言葉と自信に満ち溢れた表情。もう攻が口を挟む余地はなかった。 「分かったよ。でも、辛くなった時は私に甘えてほしい。それだけは約束してくれるね?」  司の返事を待たず、攻はもう一度口づけた。司の秘所に包まれた一物が元気を取り戻し、再び腰を動かし始める。 「もう、攻さんったら……」  司は呆れた顔をしながらも、攻の体に両腕を回して受け入れた。

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