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前編

「……ぅ、……あ、れ?」 「起きたか」 「え? あ、貴方誰ですか……?」  冒険者アグナーの目が覚めると、目の前に仮面をつけ、黒衣のフードを深く被った見知らぬ男がいて、アグナーの顔を覗き込んでいた。 「痛む所は」 「な、無いです」  仮面の男はアグナーの質問には答えず体調を確認してきた。無い、と答えると顔を上げて立ち上がり、離れていった。  訳が分からず、混乱したままアグナーが上体を起こした。若干頭が痺れているような感覚があった。頭を押さえる。茶髪の髪が、何かの液体で湿っている事に気がついた。  アグナーの意識が浮上した事に気付くと、近くにいたアグナーの仲間であるツァイスという青年が涙を流しながらアグナーに抱き着いた。それを少しぐらつきながらもアグナーは受け止める。 「アグナー‼ 良かった、良かった……!」 「ツァイス……? ほ、本当に何が」  ツァイスが泣いている理由が全く分からなかった。よく見るとツァイスは怪我をしているようだった。所々包帯が巻かれている。 「覚えてない? ボク達上から落下してきたんだ」 「落下……」  アグナーが『落下』という言葉に引っ掛かりを覚えた。 「そ、そうだ迷宮全体が揺れて、地面が割れて……! 皆は⁉ ツァイス、皆はどうしたんだ⁉」  自分達の身に何が起こったかアグナーは思い出した。大昔に魔物達を閉じ込めて封印したという迷宮に初めて入り、地上、地下一階、地下二階と進んで魔物を倒しながら探索をしていた。そろそろ帰ろうかと話していたその時に、急に迷宮が揺れた。おそらく地震であろう。地面の下にいたせいか酷い揺れだったのを覚えている。立っていられなくなり、座り込んでいたら何かが軋み割れるような音が聞こえた後に突然浮遊感に襲われて……ここでアグナーの記憶は途切れていた。目を覚ましたら仮面の男が此方を覗き込んでいたのだ。  ようやく頭がはっきりしてきたアグナーが、立ち上がって周りを見渡す。 「ヒッ……⁉」  一面血の海だった。自分の髪に付着している液体も血だという事がわかった。離れた所に、人間の形をしたものが三体倒れているのが確認出来た。それが人間だとアグナーの脳が理解を拒否していた。その中に、よく見知った赤毛の長髪の女性が混じっている事に気づいたアグナーはほぼ無意識に駆け出した。ツァイスもそれに続く。  そうしてアグナーの目の前には、頭が割れて脳が飛び出し、血塗れで目を見開いて倒れている幼馴染の女性――ルイシャリアの姿があった。腕や足もあり得ない方向へ折れ曲がっていて……誰がどう見ても絶命していた。 「あ、ああ……ルイシャ……⁉ ルイシャ‼ そ、そんなルイシャ……ルイシャぁ‼」  アグナーがルイシャリアの遺体に駆け寄る。抱き起こそうとしたが、触った瞬間にルイシャリアの体が崩れそうな様子に躊躇し、手を震わせる事だけしか出来なかった。 「うあああぁぁあ‼」  アグナーはその場に崩れ落ちた。ツァイスも唇を強く噛み、涙を堪えているようだった。  アグナーとツァイス、そしてルイシャリアは幼馴染みだったのだ。 「あ、……ぁぐ、な、様……」 「⁉ この声……アンネローゼ⁉」  弱々しく聞こえた自分の名前を呼ぶ声に、顔を上げて血溜まりの中仲間の一人のアンネローゼの姿を探す。  少し離れた所に見覚えのある癖毛の長い金色の髪が見えた。生きていた人が他にもいた事に少し安堵したアグナーが慌てて駆け寄る。しかし、 「‼」 アンネローゼの体は腰の部分で真っ二つになっていた。どんなに強力な治癒魔法や薬でも助からない事は一目で分かってしまった。 「わたくし、……つよくなって、ははさ、と……と、さまに……ほめ、て……」 「あ、アンネ! しゃ、しゃべるな、血が……!」  血が抜けて顔色が悪く、呼吸も浅いアンネローゼが何かを伝えようと口を必死に動かしていたが 「……アン、ネ」 程なく、目から光が失われ、呼吸も止まってしまった。目の前で、また一人仲間が命を落とした。  憔悴するアグナーの肩をツァイスが抱いて、慰めた。アグナーは肩を震わせ、涙を必死に堪えていた。 「……お前達の中に風の魔法が使える者は?」  突然の仮面の男の問いの意図をアグナーは察する事が出来なかった。涙を堪えたまま、声を絞り出して答える。 「ルイシャ、だけだ……!」 「……そうか」  それを聞いた仮面の男は、ルイシャリアの遺体に近寄る。アグナー達はまだアンネの傍にいる。 (……風の魔法の痕跡がある。あの泣いている男と、その隣の優男。そして先程まで生きていたアンネという少女にも若干……力が足りずに二人までしかまともに掛けられなかったのか)  ルイシャリアの遺体の傍に膝をつき、仮面の男は自身の胸に手を当てて、冥福を祈りながら小声で呟いた。 「俺は敬意を表しよう、ルイシャリアとやら。君はあの状況で自分より他人を優先するという善性を見せた」  仮面の男はあまり人を褒める事は無い。しかし、ルイシャリアの行動は彼にとって尊敬に値する行為だったようだ。 「もしかしたら君が俺の求めていた人だったのかもしれないな……」  憔悴したアグナーは、一人一人遺体の顔を確認する。幼馴染のルイシャリアも、お嬢様のアンネローゼも、弓使いの男性ロジーも死んでいた。何層も落ちて強く叩きつけられたのだろう。体は無残なものだった。 (何でオレとツァイスは助かったんだ。仮面の男性の回復が間に合ったのか……?) 「ロジーさん、アンネ……ルイシャ。……あれ、ガインさんがいない⁉」  一人ひとりの名前を呟きながら確認していくと、もう一人いるはずの仲間の姿が血溜まりの何処にも見当たらなかった。パーティの盾役である重装騎士の男性である。 「ツァイス、ガインさんは⁉」  ツァイスは険しい顔をして首を振る。ツァイスもガインの姿を見ていないらしい。  その話が聞こえて、身支度をしていた仮面の男が口を開く。 「ここに倒れていたのは五人だけだ。恐らくもっと下層に落ちたか……上層で引っ掛かったか、だな」 「そんな……」  アグナーは膝から崩れ落ちた。我慢が決壊してしまった。 「オレの、オレのせいだ。オレがここの迷宮に潜ろうって言ったから。浅層なら大丈夫だろうって」  涙を目から溢れさせ、ボロボロと泣き始めた。後悔してもしても、失ってしまった命は戻らない。しかも、体も五体満足とはいかない状態にしてしまった。苦しかっただろう、痛かっただろう。 「う、うあ、あああああ‼‼」  アグナーが大声を上げて泣くと、ツァイスも釣られてしまったのか、涙が我慢出来ずに 「……っ、くそ……うう」 苦しげに泣き出してしまった。  少し経って亡くなった仲間達を埋葬し、落ち着いたアグナーは支度を整えた仮面の男に頭を下げた。 「……助けてくださり、ありがとうございました。オレ、アグナーって言います」 「別に。流石に放っておくのは道理がおかしいと思って勝手にした事だ。感謝は必要ない」  ユゼルと名乗った仮面の男はそれに冷淡に返し、背を向けてアグナー達の元から立ち去ろうとした。 「あ、ま、待ってください! ここって地下何階なんでしょうか⁉ オレ達ガインさ……ここにいない仲間を探しに行かないと!」  それを引き止めるようにアグナーが声を掛ける。ユゼルが足を止めて振り返る。 「ここは地下十三階だ」 「じ、十三⁉」  想像以上の下層にアグナーもツァイスも目を見開く。自分達がいたのは地下二階だった筈だ。そこから十一階分下に落ちたらしい。よく生きていたものだと思う。  恐らくは地震で崩れた地面を通り、元々足場が無く下の階に直通していた箇所等も通りここまで落下したと考えられる。  ツァイスが振り返ってルイシャリア達を埋葬した場所に目を向けていた事に、アグナーは気づかなかった。 「最下層十五階に近く浅層とは比べものにならない高レベルの魔物の巣窟だ。数ある冒険者の中でもこんな深層に来るのは一握りしかいない。俺に出会えただけお前達は幸運だったな」  ユゼルは淡々と事実を伝えていく。しかしそれはアグナー達を絶望させるだけだった。 「……そんな、そんな。これじゃあ地上に戻る事も、潜る事も……いやここから動く事自体出来ないじゃないか」  下層の魔物は強い。襲われたらまともな戦闘経験がほぼ無いアグナー達ではひとたまりもない。全滅する事が確定している。折角ユゼルに助けてもらった命を簡単に落としてしまう。  アグナーの顔色が悪くなった。口に手を当てて震えてしまっている。 「……お前達冒険者になってどのくらい経つ」  ユゼルは少し考えてから発言した。とっととアグナー達を置いて立ち去ろうとしていたが、状況が思っていた以上にまずいと気がついた。 「四日程です。パーティ組んだのは二、三日前で、今日が初めてのダンジョン攻略だったんです」  ツァイスがアグナーの代わりに答える。それを聞いて、ユゼルが難しい顔をする。まさかそこまで経験の薄い冒険者だとは思っていなかった。 「初心者か……無理だな。魔物避けの結界を張ってあるここから一歩でも出たら即死すると思え」 「……」  何故ここを魔物が襲って来ないのかと思っていたらユゼルが結界を張っていてくれたらしい。仲間を喪った絶望で周りを気にせずに泣き喚いてしまったが、普通ならその音を聞きつけた魔物達が襲いかかってきていただろう。自分達はそんな事にすら頭が回っていなかったんだとアグナーは自分の行動を恥じた。 「俺はこれから最深部に向かう。迷宮の主の討伐が今回の俺の任務だ」 「主の⁉ た、確か物凄く強くて未だに誰も勝ててないんですよね」  ここの迷宮は潜れば潜るほど魔物が強くなり、地下十階より下の階層をなんとか通れるのは冒険者の中でも一握りの強者だけだ。更に最奥にいる主は強すぎて攻略出来ず、無事に帰還出来た人が少ない為冒険者間でも主について共有されている情報が少ない。  しかし、いつまでも主を倒せないままだと主は更に力を強め、そのうち迷宮という封印を破って地上に出てきてしまう。放置は出来ない。  ユゼルは冒険者の間でも噂になっている強者の冒険者だ。ソロでやっていて、課された任務を必ず達成しいくつもの迷宮やダンジョンを攻略した実績を持っている。そんなユゼルに、この迷宮の管理を任されているギルドが主の討伐依頼を出したのだ。 「その、先にオレ達を地上に送り届けるって事は……」  アグナーが恐る恐る提案すると、ユゼルは首を振った。 「途中で任務を放棄する事は出来ない。そもそもここまで潜るだけでも相当な準備が必要なんだ。潜り直せばそれだけ達成が遅れてしまう」 「で、ですよね。一日二日でここまで来れませんもんね……」  武器や防具、水や食料の他にも怪我をした時用の薬や、簡易テント等必要なものは色々ある。それを潜る階数とかかる日数分用意するのは大変だ。  続行不可能と判断出来る状態でもない限り途中離脱はユゼルには考えられなかった。しかも、今回の主討伐は急務となっていた。ここ最近迷宮に異変が起きるようになっていたのである。恐らく、アグナー達が落下した地震もその一つだろう、とユゼルは当たりをつけていた。  アグナー達の件があっても地上に引き返すという判断は取れなかった。しかし放っておくのも……とユゼルが悩んでいると 「あ、じゃあボク達討伐について行ってもいいですか?」 「は?」 ツァイスが驚きの提案をしてきた。ユゼルは素で驚き、思わず声を漏らしてしまった。 「お、おいツァイス」  同じく驚いたアグナーがツァイスに呼び掛けるが、ツァイスは嬉々として言葉を続けた。 「一緒に最下層まで行って、あの気色悪くてムカつく魔物や主を倒したらまた一緒に地上に戻ればWin-Winじゃないですか! ユゼルさんは任務達成出来ますしボク達は無事帰れますし! ねっ、どうですか?」  右手と左手の人差し指を合わせてどちらも得する、という事を動作で表そうとしているらしい。名案でしょ、と伝えてくるツァイスに比べて、ユゼルの表情は険しかった。 「……ただでさえどの程度苦戦するか分からないのに、確実に足手まといになるお前達を連れて?」 「はい!」 「却下だ」  ユゼルはばっさりと提案を退けた。 「えーケチ」  ツァイスは唇を尖らせて納得いかない様子を見せる。 「ケチじゃない! 何変な事提案してるんだ! そんなの危ないだろうが、オレ達もユゼルさんも!」  アグナーがツァイスに苦言を呈する。しかし、ツァイスにはしっかりとその提案をした根拠があった。二人を諭すように言葉を続けていく。 「でもさ、ここの結界だってユゼルさんがこの場を離れたら長持ちしないだろ。だったらついて行かなくても危ないじゃん。それならついて行った方が良くない?」 「それは……」 「……」  アグナーが言葉に詰まると、ユゼルも目を伏せた。一考しているらしい。 「ユゼルさんだって、折角色々魔法とか薬とか使った相手が離れた間に死んでたら目覚めが悪くないですか? ……うーん違うな、使った分が無駄になるって思いません?」  ツァイスは言い回しを変えながらユゼルの納得がいきそうな言葉を選んでいく。 「……分かった。同行を許可しよう」  熟考した後、ユゼルはツァイスの提案を受け入れた。 「だが俺は一切お前達を守らない、怪我したくなかったら戦闘の時は隠れてろ」 「……ありがとう、ございます」 「感謝しまーす。いてっ」  アグナーがしっかり頭を下げてお礼を言い、ツァイスは軽く手を上げて簡単にお礼を伝えた。アグナーがツァイスのその動作に思わず肘でツァイスの脇腹をつついた。  改めて、散らばっていた荷物やらをしっかりとまとめ、一応簡単にだが墓の周りに長くは持たないが結界を張った。これで主を討伐して戻ってくる間くらいは魔物に荒らされずに済むといいな、とアグナーは思った。 「さっさと行くぞ」  ユゼルはそれだけ言うと二人を置いて先へと進んで行った。  その背中を追いかけようとアグナーが一歩踏み出そうとした時に、ツァイスが肩をつかむ。少しだけつんのめってから、アグナーがツァイスの方を向くと、いつになく真剣な顔をしたツァイスがアグナーを見ていた。 「アグナーだけはボクが盾になってでも絶対守るから安心しろ。ボクを救ってくれた恩もあるけど……折角、ルイシャが助けてくれたんだからな」 「……え? 悪い今なんて?」  最後だけ聞き取れなかったアグナーが聞き返すが 「なーんも。お坊ちゃんは安心してあの護衛(仮)に守られてな」 ツァイスはそれに答えずにアグナーを抜かしてユゼルが向かった方向へと歩いていく。 「お坊ちゃんて言ってもオレは次男坊で……いや今それ関係無いだろ」 「あははっ」  アグナーも少し遅れてツァイスに並んで歩みを進めた。 ◆  道中の魔物はユゼルが特に苦戦せずに倒してくれたお陰で、三人は順調に十四階を進んでいた。 (ガインさんは、ここにもいない)  歩き始めた十三階から十四階までアグナーは行方不明のガインがいないか探していたが、その姿は何処にも見当たらなかった。もしかしたら下層ではなく上層にいるのかもしれない。 (早く主を倒して、帰りながらガインさんを探さないと)  そうして辿り着いた最下層十五階に繋がる扉の前に、巨大な二足歩行の牛のような魔物が立ち塞がった。体躯に見合う大きさの斧を持ち、此方を睨みつけていた。門番のようである。これを倒さなければ最下層には進めないようだった。  静かにユゼルが剣を構えて、魔物へと走っていった。魔物が大きく斧を振りかぶり、ユゼルに向かって刃を落とす。それを跳んで避けると、斧によって地面が衝撃音を出しながら抉れていた。パラパラと土埃が待っている。 (あんなものが当たったらユゼルさんが死んでしまう……!)  戦闘では何の役にも立てない為、アグナーとツァイスは岩陰に身を隠して戦闘を見守っていた。ユゼルが怪我をしないように、アグナーは祈るように見つめている。ツァイスは、魔物を憎らしげに思いつつも戦闘のレベルの高さに目を奪われているようだった。  ユゼルが斧を地面から抜き構え直そうとしている魔物の背後をとり、背中を斬りつけようとした。が、魔物は凄まじい速さで斧を後ろに振り、その攻撃をいなした。 「速いな、デブのくせに」  ニヤ、と笑いながら嫌味を言って距離を取り、また突進する。  斬り合いが始まり、斧と剣がぶつかる剣戟の音が響く。何度も此方を殺そうとしてくる斬撃を剣で防ぎ、ユゼルも相手を殺そうと隙を伺いながら斬りつけていた。  そんな中で魔物の攻撃が、ユゼルの顔面に向かった。即座に体勢を低くして横に跳んでかわした……が、少しかすったようだった。仮面にヒビが入る。 「チッ……!」  仮面を押さえて、ユゼルは後ろに飛び退った。しかし、押さえてもボロボロと仮面が崩れていった。この行為に意味が無いとわかると、ユゼルは手を仮面から外して剣を構え直す。そうして、仮面が完全に壊れて顔から外れてしまった。  そのまま凄まじい速さで魔物に向かって突進する。仮面で固定されていたフードがその突進の風で外れてしまった。 「……えっ」  アグナーは自分の目で見たものが信じられなかった。フードと仮面が外れてしまい露出したユゼルの顔。珍しい黒髪にも目をひかれたが、その目は黄金色をしていて、耳が……人間とは思えない程尖っていたのだ。ツァイスもそれを見て目を見開いていた。  二人が驚いている間にユゼルの剣を突き刺さられた魔物が断末魔を上げ、血を噴き出しながら地面に倒れ込んでいた。 「俺には半分魔物の血が流れてる」  戦闘終了後に瞳と耳の事を尋ねると、少しだけ口を噤んでいたがユゼルは諦めたように理由を話した。曰く、自分は魔物と人間の女性の間に生まれた半人半魔である、との事だった。 「人間と魔物の間に子供が出来るなんて……オレは聞いた事無いです」  アグナーが心底驚いたまま、仮面が壊れてしまった為に露出しているユゼルの顔をマジマジと見た。黄金の瞳は魔物特有のものだ。血を引いているのは間違いないらしい。  目鼻立ちがはっきりしていて肌は少し日に焼けている。吊り目で鋭い印象があるが、予想外の美麗さだった。 (……ちょっと怖いが、ユゼルさんって整った顔をしてたんだな) 「そりゃそうだろ、だいたいが生まれてしまった時にすぐに殺して無かった事にするからな。……何で俺も殺してくれなかったんだ」  光のない目で、冷たくそうユゼルは言った。最後の言葉だけは小さく呟いた為、二人には聞こえなかった。  アグナーがユゼルの顔に見惚れていた間に話が進んでいたようだ。慌てて意識をユゼルの話に集中させる。 「こういう事があると知ってる奴は医者くらいだし、身籠った女も医者も周りに知られないようにひた隠す。迫害されるからな」  アグナーはユゼルの話に感心しながら、同時に残酷さに胸を痛めながら聞いていた。 「つまり、アンタって魔物? うわ……」  が、ツァイスは蔑んだ目でユゼルを見た。それを受けて、ユゼルはツァイスを睨んだ。その目には諦念の感情も浮かんでいた。 (またか)  もう何度目かわからない己にぶつけられる悪感情に、ユゼルは傷つくよりも呆れていた。 「魔物ではない。俺も魔物は大嫌いだ。心底憎んでいる。……俺が嫌なら今すぐ地上に向かえばいい。無事に辿り着けるかは知らないがな。それか、別の冒険者がここに来るまで待ってるか?」  出来る訳ない提案をして、ユゼルも蔑んだ目でツァイスを見た。  ここに別の冒険者が来る可能性はあまり無いだろう。誰にも主が倒せなくて強さにおいて一目置かれているユゼルに白羽の矢が立ったくらいだ。好き好んでここまで来る人は少ない。来たとしてもそれまで初心者である二人が生き延びていられる保証はゼロに等しい。 「……死にたい訳じゃないし、アンタの任務が終わるまでは大人しくしてるよ。扉開いたならさっさと行けば」  そう言うとツァイスは扉を指差してそっぽを向いた。 (……? ツァイスどうしたんだ)  アグナーには、ツァイスの突然の態度の変化の理由が分からなかった。 ◆  最下層につながる階段を降りると、そこは真っ暗闇だった。つい先程までいた階層までは壁に設置されている松明に火が灯っていたが、ここには無いのかもしれない。自分の姿すら確認出来ない闇に包まれている。 「……チッ、仕方ない」  ユゼルが舌打ちをして、指先に小さな火を灯した。指から離れた火が空中を浮遊する。その火が三人の周りを照らしてくれた。これで自分達の周りだけなら確認出来そうである。  確認出来る範囲で、壁には火はついていないが松明があった。明かりはつけられるようだ。意図的につけられていなかったのだろうか。 「明かりつけちゃって大丈夫なんです〜?」  ツァイスが茶化すように指摘すると、ユゼルはツァイスを睨みつけた。  ツァイスはユゼルの行動に僅かでも配慮が足りない点があれば揚げ足を取ろうとしているようだ。 (ツァイス、ユゼルさんが半人半魔だって知ってからあからさまに態度が悪くなってる)  アグナーはそれに顔をしかめた。親しい友人の嫌な面を知ってしまった事とユゼルへの申し訳なさに居た堪れない気持ちである。 「向こうからは丸見えだが、何も見えないよりはマシだ」  ユゼルが前を向き直し、歩みを進める。その背中に向かってツァイスはまた嫌味をぶつけた。 「ちゃーんとボク達の事守ってくださいよ」 「知るか勝手にしろ。俺は一人で戦う」 「おいツァイス、やめろ。ユゼルさんはオレ達を助けてくれてる人だぞ」  ツァイスの態度に我慢ならずアグナーが苦言を呈すると、アグナーが自身の味方になってくれなかった事でツァイスはますます機嫌を損ねたようだった。 「何言ってるのさ、人じゃないでしょ。コイツだって魔物じゃん。どうせなら迷宮の主と共倒れして欲しいよ」  ツァイスはそうユゼルを見下しながら言った。直球で死ねと言ったツァイスに、アグナーは顔をしかめた。流石にその発言は一線を越えている。 「そんな言い方………いや、ユゼルさんが倒されちゃったらオレ達ここから帰れないだろうが! ちょっと落ち着けよ、今お前嫌悪感で短慮になってるぞ」 「……ふんっ」  感情的な発言を否定するより、その発言で己の首も絞めている点を指摘した方がいいとアグナーは考えた。正論をぶつけると言い返せなかったのか、ツァイスはそっぽを向いて言葉を発しなくなった。アグナーの言葉に納得した訳ではなさそうだ。 「すみませんユゼルさん、今ツァイス多分頭に血が上ってて」 「いい、ソイツの態度が普通なんだ。俺が半分魔物とわかったら嫌悪して遠ざける……いつもの事さ」 「そんな」  ユゼルはまた諦念を浮かべた瞳で自嘲するよに笑った。 「お前も取り繕わなくて構わない。どうせ俺の事を心の中では醜い化け物とでも思っているだろう」 「そんな事ありませんよ!」  アグナーは本気でユゼルを嫌悪などしていない為、必死に否定した。 「どうだか……そもそも俺はお前達を守る気なんて更々無い。邪魔にならないように離れてればそれでいい」 「は、はい」  しかし、ユゼルはアグナーの事を信じていないようだった。ユゼルはそう言うと警戒しながら前を向いた。そうして二人とも口を開かなくなってしまったのだ。  無言で歩みを進める。二人はどうかアグナーには分からなかったが、アグナーはとても気まずさを感じていた。  そうして暗闇で沈黙していて五感が鋭くなっているのか、アグナーは思わず鼻に手の甲を当てて塞いだ。 (というか、なんだろうこの……生臭い匂い? 魚が腐ったみたいな)  最下層に足を踏み入れてからずっと鼻がつまる匂いがしていた。隣を見るとツァイスも鼻を押さえていた。やはり匂うのだろう。 (これだけで体調が悪くなりそう)  主とやらをさっさと倒して三人で脱出した方がいいかもしれない。 「! 止まれ!」  先頭を歩いていたユゼルが叫び、剣を構えた。匂いに気を取られていたアグナーと不貞腐れていたツァイスが驚く。  そこでようやく空気が振動している事に気がついた。シュルシュルと何か蠢くような音も聞こえる。何かがいる。 (きっと主だ!)  レベルが低い自分達では構えたところで何も効果はない事をアグナーはわかっていたが、警戒する。未だに視界情報はユゼルの周りの小さな火でしか得られない。  音で判断しよう、とアグナーが耳をすませる。 「アグナー! 気をつ……」  すると、何か重量のあるものが突然アグナー達の目の前に落ちてきた。凄まじい衝撃音と肉が潰れる音が響き、起こった風にアグナーが軽く吹き飛ばされてしまう。ユゼルが咄嗟に飛ばされたアグナーを支え、二人はそのまま安定した姿勢で後退った。 「……っ、あ、ありがとうございます」 「礼はいい、隠れろ!」 「わ、わかりました! ツァイス行くぞ!」   近くにいると思っていたツァイスから返事は無かった。アグナーはツァイスの姿を求めて周りを見渡すが、心許ない明かりと先程の衝撃の土埃でうまく見えない。ツァイスがいない。 「……ツァイス? え、あれ……?」 「何してる早くしろ! 足手まといだ!」 「は、はい!」  ユゼルに再度怒鳴られ、アグナーは急いで離れ、岩場の陰に身を隠した。逃げている間も周りを見てツァイスを探すがいなかった。  ようやく土埃がやみ、視界が若干良好になる。すると、魔法だろうか壁に設置されている松明にボボボボッと火がついていき周りが明るく照らされた。 「‼」  そこは異様な空間だった。まるで何かの体内かのように脈打つ肉の壁に囲まれている。生臭い匂いの正体はこれだったようだ。  剣を構えたユゼルの肩越しに、巨大な何かが蠢いているのが確認出来た。アグナーが冷や汗をかき、目を見開いてそれを視認した。 「触手と……巨大な肉塊……?」  見るのもおぞましい。周りには幾本もの触手があり、その中心部に一際大きく太い肉の塊がいて、目と口のようなものがあった。口が開いていくと鋭い牙が生えていた。アグナーに悪寒が走る。ユゼルも見た目の異様さに少し恐怖心を抱いた。  主は自分と相対しているユゼルの姿をじっと見つめているようだった。 (……? なんだ?)  まるで探られているかのような視線に、ユゼルは一層警戒を強めた。  そうして迷宮の主と思われる怪物の姿を見ていると、その根本のような地面が妙に赤い液体で滴っている事が確認出来た。  アグナーは最初それが何か理解出来なかった。赤い液体には何か繊維のようなものや壁のものとは違う細かい肉塊や毛髪のようなものが浸っていた。まるで何か生物が押しつぶされたかのような。 「……、まさか」  アグナーがそれが何かを必死に頭で理解しようと/拒否しようとしている間に、主は触手でユゼルに攻撃を仕掛けてきていた。  ユゼルがそれを剣で切り裂き、防御している。よく見ると触手の先はまるで刃物のように鋭い。少しでも打ち漏らせば確実に切り裂かれてしまう。 (速い……!)  ユゼルが必死に腕を動かし、目で動きを追い防御しているがあまりの速さに追いつく事がやっとだった。長引かせて此方の体力が消耗してしまったらまずい、とユゼルは判断した。  見覚えのある服の切れ端、明らかに人間が潰れた跡、姿の見えないツァイス。アグナーの中でピースが埋まっていく。  ユゼルが駆け出し、襲い来る触手を切裂きながら主の本体と思われるものに突っ込んでいく。 (周りのものは恐らく手足に過ぎない。討つならこっちだ!)  足を速め剣を突き刺す姿勢でまるで弾丸のように突撃する。発生した衝撃波が捕らえようと襲い来る触手を弾く。  そして、勢いのまま剣を主の体に突き刺す。叫び声のようなものが聞こえた。 (っ⁉ 何だこの……まるで腐ってるような感触は!)  深く突き刺すつもりではあったが、予想外の柔らかさに驚き勢いのまま体が主の体に倒れ込んでしまう。主の体は柔らかかった。そして粘着質でドロドロしていた。先程襲いかかってきた触手は刃のごとく固かったというのに。  慌てて体から少し離れるが、ドロドロした肉と体液のようなものが体にまとまわりついてしまった事に怖気が走った。剣にもそれがくっついてしまっている。 (触手とこの本体らしいものは別なのか? 何なんだこの魔物は!)  剣を振り払ってドロドロを取ろうとするが取れない。 (コイツが本体じゃないのか? そもそもこんなに腐っているなら生命活動なんてとても…………っいや、これは死んでいる身体を⁉ まさか寄生型の……⁉)  ユゼルの意識が、一瞬とは言え戦闘から迷宮の主の生態にそれてしまった。 「うそだ、うそだツァイス、そんな、そんな……!」  アグナーは理解してしまった。あの肉塊はツァイスだったものだ。服の切れ端のようなものはツァイスが今日身につけていたものと同じ柄だ。  こんな筈じゃなかった。幼馴染と仲の良い人達でパーティを組んで、駆け出し冒険者パーティとして歩んでいくつもりだったのに。浅層で魔物と戦ってみて、自分達がどの程度の強さなのか、戦闘とはどんなものなのかを知りたかっただけなのに。  迷宮全体が揺れたあの地震のせいだ。あれのせいでルイシャリア達が死んで、折角助かったツァイスも迷宮の主に目の前で殺されてしまった。  迷宮に潜っただけで、アグナーは沢山のものを失ってしまった。  アグナーの視界が暗くなる。涙が止まらない、呼吸も怪しくなる。いっそのこと意識を失いたかった。 「ぐああッ!」 「⁉ ゆ、ユゼルさん⁉」  ユゼルの悲鳴が聞こえ、正気を失いそうだったアグナーの意識がハッキリした。慌てて声の方向へ視線を動かすと、おそらく吹き飛ばされたであろうユゼルが地面に横たわっていた。ユゼルの剣はその傍に落ちている。ユゼルは痛みがあるのか、苦しげに顔を歪めている。 「‼」  そこへ、主が近寄っていく。触手だけではない本体までもが。うねうねと動いている触手が束ねられ、鋭い爪のようになっていた。  先程のツァイスの最期の姿がアグナーの頭をよぎった。無残な肉塊と成り果て、血を滴らせた姿を。 (このままだとユゼルさんまで!)  後先など、自分の身の事など考えず、アグナーの体が動いた。  ユゼルは険しい表情のまま痛みに苦しんでいると、触手が絡んで来て拘束されてしまう。なんとか逃げようと藻掻いているが身動きが取れていない。自分に振りかぶられている触手の爪を憎しみのこもった目で睨みつけている。    その爪がユゼルを切裂く―― 「うああああッ‼」  ――事は無かった。  爪がユゼルに届く直前に、アグナーが体を滑り込ませた。爪はユゼルではなくアグナーの体を切り裂いた。それが、ユゼルにはスローモーションのように見えていた。  飛び散った血が、目を見開いているユゼルの顔にかかる。 「な、に……を……」  どしゃ、とアグナーの体が地面に倒れた。背中側を大きく切り裂かれたアグナーの体から、おびただしい量の血が流れ地面を真っ赤に染めていった。 「よかった、間に合い……ました、ね……ゲホッ」 「お前本当に何をっ、何で……⁉」  咳込んだアグナーが吐血する。爪は内臓にまで達していたらしい。  ユゼルは訳が分からなかった。自分が庇われた事が理解出来なかった。すぐ目の前に主がいるというのに、主の事が頭から完全に抜けてしまっていた。 (俺を庇った? 半人半魔の俺を? その事を知っているのに?)  理解が追いつかなかった。半人半魔だと知られたら、誰もが先程までのツァイスのような態度になり爪弾きにして見捨てて、嫌悪してきたのに。アグナーは、ユゼルを身を挺して助けたのだ。 (もしかして、俺の、求めていた人は……) 「かってにからだ、動いちゃい……ま…………」  混乱している間にアグナーの言葉が途切れてしまう。気を失ったらしい。いや、この傷と出血量では致命傷だろう。このまま目を覚まさないかもしれない。ユゼルは何故か緩んでいた拘束を解き、アグナーに手を伸ばし駆け寄る。  混乱と、喪うかもしれない恐怖で体の震えが止まらなかった。幼少の頃を除けば、ここまでユゼルが動揺した事は今まで無かった。心に大きな隙が出来ていた。 「お、おい……っ。おいアグ、」  アグナーの名前を呼ぼうとしたユゼルを、大きく口を開いた迷宮の主が飲み込んだのはそのすぐ後だった。  ――アタラシイ カラダ ダ  笑いをこらえきれていない何かの声が辺りに響いた。

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