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第4話:本当に大切なもの (前編)

「バイト始めたんだ」 そう言ってにんまりとした笑顔で彼は僕に言った。 年末のあの事件から数日、元気のない僕に竜二くんは心配していた。 顔の殴られた跡も、無理やり開かされた身体も、僕は心身ともに傷ついてしまった。 今までだったら僕に触れようとする竜二くんも遠慮をしてか触れて来ない。 少し寂しいなぁと思いつつも、僕の気持ちを考えてくみ取ってくれる彼に安心感を覚える。 あんなに小さかった子供が今では大きくなって、しみじみと考えてしまう。 それがまさか…。 「河崎くん。彼、花梅竜二くんね。今日からここで働くから」 僕が働いているコンビニにアルバイトで入って来るだなんて…。 口をあんぐりと開けて驚いている僕を見て、竜二くんは楽しそうに微笑む。 僕の働いているコンビニは店長といいゆるい性格の人ばかりで、竜二くんの金髪も特に何も言われなかった。 「河崎副店長。ご指導よろしくね」 「ああ、はい」 新しいバイトが入って嬉々としている店長は指導は僕に丸投げでバックヤードへ戻っていく。 ああ、仕事がまた増えたなぁ…これはやっかいな…。 「竜二くん」 「はい」 「なんでうちにアルバイトを…?」 なんとなく理由はわかってる。けど聞いてしまった。 竜二くんはニコニコとしつつ、ぎこちない笑みを浮かべる僕を見つめる。 「河崎副店長のためを思ってです」 「職場だから一応敬語使ってる…君も大きくなったんだなぁ」 「なんとでもどうぞ。さあ、副店長、まずは何からすればいいですか?」 とりあえず新人指導を任されたのだから、やらなければならない。 僕はロッカーまで案内をし、彼に研修中の名札を渡してクリーニングから戻ってきた制服を手渡す。 汚れたらこの段ボールに放り込んでいいと伝え、雑用から主要業務まで教えていく。 「あとはゴミ捨てだね」 「ゴミ捨て…」 ああ、なんか嫌だなぁ、思い出してしまう。 別にあの日以降も働いてゴミ捨てを何度もしている。 気にしないように、思い出さないようにしてきた。 けど竜二くんを前にして僕は動揺を隠せない。 「大丈夫」 そんな弱虫な僕の震える手を少しごつくて大きくなった手が包み込んでくれる。 顔をあげると、芯の強い瞳が僕の目をじっと見ていた。 「うん、ありがとう」 竜二くんは仕事の物覚えが早かった。 シフトも週5学校が終わってから入っており、僕のシフトとかぶせていた。 稼いだお金は何に使うのだろう? 少し気になるけれど、お金の使い道は彼が決めることだ。 恋人だけど、気にしないでおこう。 そうして竜二くんが僕のコンビニに勤め始めて一か月が経過した。 この一か月、彼は真摯に仕事に勤め、研修中の名札も外れ、立派なコンビニ店員だ。 女性人気が意外とある竜二くんは奥様方にも好評で売り上げも伸びた。 副店長として仕事の売り上げが伸びていくのは大いに嬉しいことである。 だが、この一か月間僕たちは一度もつながっていない。 もしかしてだと思うけれど、セックスレス? 別に土日は僕のアパートへ竜二くんが遊びに来てくれて、一緒に過ごしているけれど…。 お泊りでも一緒に眠るだけで手を出してこない。 正直寂しいとも思ってしまう。 僕が年末にあんな事故を起こしてしまったからだろうか? それにしても一か月は長すぎる…。 何故そんなにも僕に触れてくれないのか。 竜二くんと一緒に働けるのは嬉しいけれど、これではただの親しい友人と変わらない。 いつの間にか自分がこんなにも求めていただんて、なんだか恥ずかしい気持ちになるけれど仕方ないと思っている。 うちのコンビニは古臭いやり方で、給料は手渡しだ。 従業員一人ひとりに給料を渡していく方針で銀行振り込みとかはしないのかと内心思われているだろう。 竜二くんの分の給料は渡しただろうか、と金庫を確認すると封筒がなくなっていた。 店長が渡しておいたんだな。 「なんで僕、こんなに女々しいんだろうか……」 独り言のようにボソッとつぶやいた僕の声は誰にも聞こえない小さい音だった。 明日は土曜日、休みの日だ。 何して過ごそうかなぁとぼんやりと考えていると後ろから誰かに抱きしめられる。 僕よりずっと温かい体温に少し筋肉質な体で、懐かしさを覚える。 「なぁ、正義…」 耳元でかすれ声で呼ぶ僕の名前に背筋がゾクッとする。 いつの間にか来ていたのか、誰かに見られたらどうするんだ、頭が混乱してザワザワする。 「明日の夕方16時に駅前で待っててよ」 それだけ言うと竜二くんは抱きしめていた腕を離し、すっとバックヤードから離れていった。 背中が熱い。心臓がバクバクして、僕は今きっと顔が真っ赤だ。 1人、取り残されて僕は深呼吸をし、珍しく夕方に会うと言っている彼に期待をしてしまう。 「夕方って、遠いなぁ……」 ぼんやりと独り言を言っていると部下がバックヤードに顔を出し、声をかけてくる。 ハッとした僕は思わず自身の頬をつねってしまい、痛い…。 「河崎さーん!発注したやつが届いたんですけど見てもらえません?」 「はい!今行きます!」 明日のことを考えるのは、まず今日の仕事を終えてからだな、と思い僕は走った。 つづく

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