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第4話
とある日。
「我々はフーリ海賊団‼」
「ここ山ですが⁉ 山賊の間違いでは⁉⁉」
最近活発に活動して街の住民にも被害を出しているという族の拠点の場所を突き止めた自警団は、クラウドとエバンも含めた十数人でその捕縛へと赴いていた。街から然程離れた位置にない山の中であり、木々や地形に隠れていつの間にか住み着いてしまっていたらしい。警戒しながら進んでいたが見張りに見つかってしまい下っ端と思われる集団と戦闘になった。意外に洗練されていたようだ。
エバンは俊敏な動きで撹乱、得意のナイフで武器を弾き落とし、急所を突いて下っ端達を気絶させていっていた。クラウドも両手剣で真っ向から叩きのめし、峰打ちを行い無傷とはいかないが倒していく。向こうが全力で殺しにかかってくる中殺さずに全員捕縛する為、集中力を極限まで高めていた。きつい戦いになりそうだと冷や汗を流していた。
そんな集団戦闘の最中に、拠点の奥から現れた頭らしき男が放ったひと言の異様さにエバンはついついツッコミを入れてしまったのだ。何度も言うがここは山の中である。海ではない。
「長いので省略するがなんやかんやあって海にいられなくなったからここを我々の活動拠点とした!」
「いやそのなんやかんやを教えてくれ‼」
「気になって集中出来ないんだが⁉」
喋っている間も戦闘は続いている。ついにエバン以外にもツッコミを入れる人が出てきた。団員達も動揺しているようだ。
「我々がいればそこは山だろうが海になる! 金目のものと女を寄越せ!」
何故かエバンが対峙している下っ端も頭の言葉にそうだそうだと得意げに笑っている。
「じゃあせめて川にいろよ……何で水場から遠い山中に拠点作ったんだ」
その笑顔が気に障った為エバンは首に手刀を入れて下っ端を気絶させた。もう何だか対応するのに疲れてきていた。
「とりあえずやってる事は最悪だから退治して捕縛するぞ」
「りょ、了解。皆行くぞ!」
クラウドの一言でとっとと終わらせようとエバンは皆に掛け声を掛け、応じた団員達と共に一斉に突撃を仕掛けて制圧を進めていった。
その達成後に木の下でまたエバンとクラウドの二人は一緒にいた。休憩中である。
完膚なきまでに叩きのめされた海賊を名乗る山賊達は全員お縄についてまた別の木に全員くくりつけられている。見張りが立っているが、どうやらまだ海賊を名乗る山賊達が何かぶつくさと抗議しているようでその顔は不愉快そうに顰められていた。
最近の二人を見る周りの視線は戸惑いつつも下手に踏み込めないという遠慮が混じったものだ。団員達は思う。二人の世界に介入してはいけないかもしれない、と。それ程にクラウドのエバン囲いは今までとの差もあり衝撃を与えていた。
「……お前さあ、友人になった人全員にこんな距離の詰め方やってんのかよ」
あまりの至近距離についにエバンがそれに踏み込んだ。
今の二人の体勢はクラウドがエバンの肩を抱いて密着して座っている。まるで恋人同士のようである。「疲れた〜」とエバンが木の下に座ったらクラウドが隣に座ってきてそのまま突然肩を抱かれたという流れだ。隣に座るまではまあいいかと流したエバンだったが、「え、……え?」と抱かれた肩と自分を見つめるクラウドの顔を交互に見て困惑した。なお、周りは近寄るなと圧をかけているクラウドが怖くて見て見ぬふりをしている。
問われたクラウドはふむ、と少し考え込む。
「君に対してだけ、だろうか。私は今まで勘違いから君を過小評価していた。ハッキリ言うが以前は君にそれほど興味が無かったからな」
「んなハッキリ言わんでも‼」
「加えて、どうせろくでもない奴だという色眼鏡で見ていたからな」
「傷付く‼」
あまりの言い様にエバンは怒りを覚えた。それが何故今のこの濃厚接触に繋がるんだと。
「自覚していないだけでまだそれがあるかもしれない。君の内面を様々な視点から見てもっと君について知りたい。その為には君の傍に常にいたいんだ。その思いからもしかしたら多少距離が近いのかもしれない」
(もしかしたらでも多少でもなく確実に距離感バグってるんだけどな‼)
ツッコミつつエバンは考える。
とどのつまり探究心と罪悪感から、という事のようだ。酷い言われようにムカつきはしたが、邪な感情が無いなら拒否するのは少し気が引けてしまう、と思った所でエバンは思いっきり首を振った。
(い、いやいや待て待て‼ 今思考に変なの通り過ぎたぞ邪な感情って何だ⁉ 無い無い無い無い)
エバンの顔に知らず熱が集まり、それに気づいて今度は顔が青くなった。
そんなエバンの顔色の変化と動作をクラウドは蕩けた目で見ている。もう何をしていても以前のような怒りは湧かずに微笑ましく思えている。
少しして。エバンは恐る恐る口を開く。
「……まあ、うん。オレも結構はぐらかしたり、ふざけたりしてたから、全面的にクラウドくんが悪いって訳じゃない。そこまで思い詰めなくても」
「そうか、では思いのままにするとしよう」
「うわっ」
被せるように発言するとクラウドは更にエバンの肩を自分の方に引き寄せるように強く抱いた。エバンの頬がクラウドの肩に当たってしまった。これではまるで胸に抱かれているようだ。皆見て見ぬふりをしてくれているとは言え、完全に人前である。恥ずかしさから冷めた筈の顔がまた熱を持ってきた。止めようとしたのに更に密着してしまった状況にエバンは焦る。
「いやでもせめてその……」
「?」
ちら、とクラウドの顔をエバンは見上げる。クラウドの表情はエバンが何を戸惑っているのか分かっていないように見える。そのあまりに純粋な瞳に毒気を抜かれてしまう。
「な、なんでもない」
(人前でこんな密着するのとか人と話そうとするのを遮ろうとするのとか、なんか束縛っぽいのはやめて欲しいんだが無自覚っぽくて触れると何か起きそうで怖いし、これ以上は……言うのやめよう)
せめて視線だけでもそらそう、とエバンは下を向いた。そして苦笑いをして、そのままクラウドに肩を抱かれ続けた。離れようと思っても力が強くて離れられなかった。
「ねえあれ何……?」
「触れてもいいやつ……?」
「やめとけ、クラウドの時折此方をうかがう目を見ろ。完全に『此方に来るな』と威嚇してる」
「アイツほんと人が変わったよな……」
木の下で密着しだした二人に動揺していた周りは、気になり過ぎてはいたが藪蛇をつつきたくなくて必死に触れないように努めていた。
その後、海賊を名乗る山賊達を街へと移送した。
◆
夜。自宅の寝室にて。クラウドは日課である腕立て伏せをしていた。上半身は服を脱ぎ、半裸の状態だった。鍛え上げられた筋肉に汗が滴っている。クラウドが体を下ろし、再度上げる度に床が軋む音と呼吸音のみが響く。静かな夜だ。
体を鍛えながら様々な事に頭を巡らせる。明日の仕事、先方とのやり取りのシミュレーション、日用品の買い出しの計画、家事の割り振り、……そしてエバンの事。汗をかいて体に負荷がかかる苦しさがあるというのに、エバンの事を思い浮かべるだけでその口元は笑みの形をとっていた。
(ああ、エバンに早く会いたい)
たった一晩。エバンに会えない事がとてももどかしかった。
以前の自分では考えられない気持ちにクラウド自身もその未知に高揚感を抱いている自覚があった。
その思考は、今日の任務でのエバンの鮮やかな身のこなしから過去を遡り、彼との仲が急速に縮まったあの夜の出来事へと移り変わっていった。夜の見回りで酒場を通った時、エバンは銀髪の男に絡まれていた。そこまで考えてクラウドは引っ掛かりを覚えた。
「……ふっ、……ふう……」
目標回数を達成した為、体を起こしてベッドを背に床に座る。手拭いで汗を拭きながら息を整える。
「……幾分冷静になってきてから思ったが」
誰もいない為考え事が自然と口から出た。聞かれる心配もないので考えの整理も兼ねている。
「こんな全体的に貧困な今にあれ程の華美な化粧に宝飾品、よく考えるとおかしい」
静かな部屋にクラウドの声が響く。
あの時はたちの悪い酔っ払いとしか思っていなかったが、それにしては違和感を覚えた。あのような人物はクラウドがこの街に住み込み過ごしていた中で一度たりとも見た事が無かった。勿論、街に住んでいる全員の顔や名前を覚えている訳ではない。違和感はその異様な豪華さだ。この街にあれ程に着飾れる富裕層は数える程しかおらず、仕事で関わりがあるその層の人間の中にあの男はいなかった。あれ程に特徴的な人物なら一度でも視界に入れば印象に残った筈である。
「よほどの金持ちが観光か何かで……? いや、それなら何故こんな辺境に、しかも何故エバンを……あの男、よく調べた方が良いな」
クラウドは立ち上がる。窓に近づくと、雲に隠された月が見えた。
クラウドには月がエバンに、その光を遮る雲があの華美な男に見えた。顔を顰めたクラウドは手でその雲を払うように手を払った。
「明日……エバンに聞いてみるか」
◆
「エバン、あの時の酒場で絡んできてた男はいったい誰だったんだ?」
アジトで顔を合わせ朝の挨拶の後、クラウドは直球でエバンに昨晩の疑問を問うた。突然の話でエバンが目を瞬かせる。
「あの時? えっと……あーあいつか」
暫し考えて、ようやく頭の中での検索に銀髪のナンパ男が引っ掛かった。最近のクラウドの奇行(とエバンは思っている)の方に気を取られていて、その男の事はほぼ忘れかけていた。
「いや知らない人だよ。一人で飲んでたら相席良いかって聞かれてそのまま二人で呑んでたんだ」
エバンはあの夜の記憶を手繰り寄せるように思い出していく。掴まれた事を思い出し、左腕の火傷痕が疼いた気がして右手でそこをそっと掴んだ。
「知らない人とも盛り上がれる君のコミュニケーション能力恐ろしいな」
「いや結構気ぃ使ってたよ。んで、じゃあオレもう寝るから〜って席外そうとしたんだけどなんかまとわりついてきて」
『まとわりついてきて』の辺りでクラウドの目付きが鋭くなったのは言うまでもない。
のらりくらりと当たり障りのない、しかし相手を不快にさせない塩梅でよく知らない他人と話すのはなかなかに骨が折れた。やけに銀髪の男はエバンに関心を持っており、何を言ってもかわしてもしつこく絡んできた。
「うわウザ絡みしてくるタイプの酔っ払いだったかって困ってた時に颯爽と君が現れたって感じだぜー」
絡まれた時の事をはっきりと思い出してエバンは苦々しい顔をした。本当に意味が分からなくて怖かった、と。クラウドが通りがからなかったら何があったのか、今でもその先を考えるのは躊躇している。
それを聞いたクラウドは顎に指を当てて考える。あの時胸ぐらを掴んできた男の顔を思い出し、クラウドも苦々しい顔をした。整ってはいたが、どこか恐ろしさが滲み出ていた印象を抱いていた。
「そうか……何か変だと思った事とかはなかったか?」
「変? 変ねえ……やたらと部屋に連れ込む事に執着してたくらい? 人の左腕掴んで逃げ道塞いできたし……そういややけにオレの左側にばかり居たような」
相席している時も男はエバンの左側の席に座っていた。左に何かこだわりでもあったのだろうか、とエバンは不思議に思う。
「左……ああ、火傷の」
クラウドが先日話に出てきたエバンの左腕の火傷痕の事に思い至る。クラウドの視線がちょうど掴んでいた左腕の火傷痕へと注がれると、エバンは気まずそうに左腕をクラウドから隠すように体を反らした。それに少しだけクラウドの眉が下がる。まだエバンに完全に気を許されてはいない事に気付いた。
「……まあうん、この間ははぐらかしたけど、ちょっとこの火傷痕良い思い出が無くてさ。今でも人が自分の左にいると強張っちまうんだよ。しかもあの時は掴まれてたし余計に怯えてたかも」
過去他人に害され、今も体にも心にも残る傷だ。
「やけに萎縮していたのはそれが原因か」
色眼鏡でエバンを見ていたクラウドが不思議に思った程あの夜のエバンは弱々しかった。恐らく、火傷痕にまつわる出来事はエバンにとってトラウマにあたるのだろう、とクラウドは当たりをつける。
そこまで考えて、もしもあの時あの銀髪の男にエバンが絡まれておらず、左腕を掴まれていなかったら今の自分達の関係は存在していたのかという可能性に思い至り、クラウドは背筋が寒くなった。何か一つボタンをかけ間違えていたら己はエバンを誤解したまま距離は縮まらないままだったのだろう、と。エバンの本来の人物像を知り、エバンを大事に囲みたいと思っている自分は、ある意味ではあの銀髪の男がいたから存在しているという事実に何とも言えない感情が募る。
「あのイケメン何かあるのか?」
複雑な心境でいると、エバンが問いかけてきた。
エバンとしては迷惑な奴だったくらいの認識だった為、何故そこまでクラウドが気に掛けているのか疑問に思っている。
思考を中断し、クラウドはまだはっきりとした疑念がある訳では無い為、
「いや……少し気になっただけだ。身なりが華美で今時珍しいなと」
一旦この場ははぐらかす事にした。クラウドは心苦しかったが、エバンは特に気にした様子もなく納得したようだった。
「金持ちって奴じゃねーの、こんな辺境の街にいるのは変だけど」
「そう、だな」
クラウドは自分の気にしすぎかもしれない、とも思ったがどうしても疑念が払拭出来ず無視する事が出来なかった。
(後でマグノリア団長にも相談してみるか……)
やらない後悔よりやる後悔を取って、クラウドはそう決めた。
「変な奴だよなー。男のオレ口説いたって何にもならないだろ」
けらけら、とおかしそうに苦笑いするエバンにクラウドはハッとしてエバンの右手を両手で掴んで顔を近寄らせた。エバンがそれに驚いていると
「そんな事は無い! 君という存在を手に入れられるのは至上の喜びだ」
と変な方向のフォローが入った。
「何でこの流れで口説き文句が出てくるんだよ……」
もう照れるより呆れの方が大きかったエバンはため息をついた。
「そこー! 立ち話してないでさっさと見回り行ってこい!」
先輩にあたる団員が立ち話をしていた二人に声を掛けた。思っていたよりも長く話し込んでしまったようだ。朝礼で集まっていた団員達もちらほら数える程しかアジトに残っていない。
「すみませんすぐに!」
エバンが反射的に返事をする。クラウドも先輩に深く頭を下げた。
「あいよー。急げよ!」
先輩は怒っている訳では無いようで、二人の返事に快く返してアジトから立ち去っていった。
「じゃあオレは今日街の西側担当だからもう行くな。クラウドくんは……」
「北側だ。……離ればなれか」
クラウドが少し寂しげに目を伏せた。仕事とプライベートは分けなければという考えはあるが、共にいられない事はそれだけで悲しい気持ちが出てきてしまっていた。
「無いと思うが怪我するなよ。西側は最近治安が良くない」
「大丈夫だって。明日にはマイケル先輩達も帰ってくるだろうし、また宴でパーッと楽しめるように仕事お互い頑張ろうぜ」
エバンが快活に笑うと、クラウドもぎこちないながら笑みを浮かべる。
「……ああ。今度の宴はちゃんと『楽しむ』さ」
クラウドは『楽しむ』を強調して伝える。まだ心から楽しむ事には慣れないが、エバンに気持ちを吐き出して以降は一歩踏み出そうとしている。それ以来では初めての宴になる。以前のように堅苦しい感じで宴に参加する事はもうないだろう。エバンの言葉はしっかりとクラウドに届いている。
「だな! じゃあなー!」
クラウドの答えにエバンは安心して背を向けて街の西側へと走って行った。
クラウドもエバンの背が見えなくなるまで見つめて、その後街の北側で待つ仲間達の元へと歩いて行った。
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