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第5話
レザルークから離れた街まで商隊を護衛していたマイケル達が無事帰還した事を祝して、護衛を務めた団員を中心に宴が催された。
久々に街に残った団員と顔を合わせたマイケルは挨拶をしながら席巡り、途中でクラウドのシルエットを見つけた。体格の良いクラウドは人混みでも目立つ。声掛けとくか、とマイケルがクラウドの傍に近寄ると
「あ、マイケル先輩!お疲れ様でした!」
「お疲れ様でした」
「えっ」
クラウドの真横に座っているエバンがマイケルにいち早く気づいた。ひょこっと顔を覗かせて、朗らかにマイケルに慰労の言葉をかける。クラウドもそれに続いた。しかしマイケルの頭が状況に追いつかない。
「おおう……ありがとな」
「怪我も無さそうで良かったっす!」
「さあ、どうぞ一杯」
「あー……ありがとう……? いただきまーす……」
マイケルは目の前の光景に衝撃を受けつつ注いでもらったお酒を飲む。しかし味が分からない。というか味どころではなかった。
「エバン、確か君の近くに美味い焼き鳥があっただろう。先輩に渡すのはどうかな」
「それナイスっ、めっちゃ美味しいですよこれ! 流石クラウドくん」
「えっゴフッ」
むせてしまった。マイケルは激しい違和感に襲われる。目の前の光景が信じられなかった。犬猿が隣同士で座りしかも仲良くしているのだ。
「ケホッケホッ」
マイケルは咳き込みつつ渡された焼き鳥が乗った皿をほぼ反射で受け取りった。冷や汗が止まらない。
「大丈夫ですかマイケル先輩」
「ゴホッ……あっはい」
「もー何で敬語なんですか〜」
クラウドがマイケルの背中をさすり、思わずかしこまった言葉になっている事にエバンが笑う。
(何この……何?)
マイケルは震えたまま焼き鳥を食べ始めた。
その後そのまま会話に加わったが
「オレも一緒に護衛任務行きたかったなあ〜、どうでした? 盗賊とか出ました?」
「アッウン出タヨ」
「あの商隊の人羽振り良いから報酬も美味しかったんじゃないっすか? 臨時ボーナスとかありそうですね!」
「ソッ、ソウダネ出ルトイイナー」
まともな対応が出来なかった。エバンがにこやかに話題を振っている。
(え、待ってくれエバン何でこのクラウドを見てしかも隣に座って何も言及しないの? どう見ても異常事態では⁉ 何で喧嘩してないんだお前ら)
動揺しているとクラウドがマイケルの目の前にサラダの皿をすすめてきた。
「マイケル先輩、こちらのサラダも美味しいですよ」
「オ、オウ。クラウドアリガトナ」
「はは、どうしたんですかおどおどして」
「ウン……ウン? チ、チョットネ」
微笑んでいる。あの堅物のクラウドが。受け取ったサラダの皿を持つマイケルの手が震える。恐怖で。
態度が柔らかくちゃんと宴を楽しんでいる様子のクラウドが怖い。良い事なのにちっとも良く思えなかった。とにかく怖い、マイケルはサラダを上手く口に運べずボロボロとこぼしながら食べた。
「エバン、あまり先輩をひとり……いやふたりじめしたら良くない。久々なんだ、先輩も他の人達とも話したいだろう。もっと喋りたいなら私がいつまでも話を聞くから」
「あっそうだな。じゃあ先輩また後で沢山話ましょう!」
「ハ、ハハハハハ……」
マイケルはカタコトでしか返せなかった。盛大に頭が混乱したまま、当たり障りない対応をしそそくさとその場を離れた。
貼り付けた笑顔をそのままに冷や汗をダラダラとかきながらどんどん早足になっていく。
「な……何かが起こった……だと……⁉」
「ちょ、ちょいちょい! 俺が任務で離れてた間に何があったの⁉ 何だあの仲の良さ!」
元々自分が座っていた席に早歩きで戻ったマイケルが慌てて近くにいた女性、クレアに事情を聞いた。が、首を振られる。
「なんかー、エバンをクラウドが助けたとかなんとかって聞いたけどー」
クレアはポテトを一本口に含んで飲む込んでから気怠そうに続きを話す。
「今みたいになる前日までいがみ合ってたのに、次の日から突然和解して今じゃ超ふつーに会話してて」
ねー、とクレアは隣に座っているシンディに話をふる。
「はい、具体的に何があったかは聞いてませんが」
シンディも心底不思議そうに、頬を手で支えながら答える。マイケルは他の人にも尋ねたが誰一人詳しい事情は知らないと答えた。
「何で皆聞かなかったの……」
と、マイケルが嘆く。
「クラウドさんと団長が不審者を探しているのは知っているのでそれ関連でしょうか、と当たりをつけてたので私はいいかな、と。クレアちゃんは?」
シンディが苦笑いしながら答え、クレアに話を振った。
「触らぬ神に祟りなしかなあ。なんかエバンと一緒にいるクラウド前より怖いっつーか……」
怖い物知らずのクレアにしては珍しく、顔を強張らせている。話をしている途中「あ」とクレアが何かに気づいた。
「クラウドのガードが固くて前よりエバンと話せなくなったのもデカいんじゃない?」
「あら、やっぱり気の所為じゃなかったんですね」
クレアの言葉にシンディが両手を合わせて同意を示す。だよねーと盛り上がる女性二人に対し
「なにそれ」
と、マイケルは困惑する。
「先程マイケルさんもお二人とお話して感じませんでしたか?」
「え、えっと……というかまず二人が仲良く話してる時点で違和感すごくてそれどころじゃなかった」
確かに先程も言われてみれば自分に気を使っているようにみせて追い出されたような気がしないでもない、とマイケルも僅かに察する事が出来てはいた。が、二人が今の状態になったのはマイケルが不在の時であり、二人が和解していた事も今しがた初めて知った為マイケルはその違和感をうまく意識出来ていなかった。
「なんか二人きりでいるのもよく見かけるようになったし、付き合ってんのかと思っちゃった」
「は」
クレアの発言にマイケルは固まった。クレアは気にせずケラケラ笑いながらポテトを食べ続けている。シンディが固まったマイケルの目の前で手をひらひらさせて「あらあら」と苦笑いをした。
「大丈夫ですかマイケルさん」
「て、天地がひっくり返ってもあり得ない事が起きてしまった……」
「あははっ大袈裟〜」
マイケルの顔が青い。冷や汗も出ている。自分の知らぬ間に理解が追いつかない事が起きてしまっていた。
「あの、マイケルさん? 付き合ってるかも、というのはクレアちゃんの冗談で」
「そりゃ言ったぞ⁉ 『何かが起こらない限り平行線のままだ』って‼」
マイケルは頭を抱えて叫ぶ。シンディの声掛けに対する反応は無かった。
「駄目ですねこれ、聞こえてないです」
「荒れてんなあマイケルさん」
同じ机を囲んで座っていた団員の男性、セオドアも成り行きを見守っていたがたまらずに声を掛けた。マイケルの様子を気に掛けるシンディと面白がっているクレアに「そっとしておいてやりましょうや」と止める。そのまま二人を手招きし、マイケルから離れるように伝えた。クレアは手を振りそれを拒否、完全にマイケルの反応を楽しんでいる。シンディは戸惑いつつそっと移動し、セオドアの近くに腰掛けようとした。が、肩を抱こうとしたセオドアを避け椅子を一つ挟んだ隣に腰掛けた。それにセオドアが苦笑いし小さく謝った後、
「まあ確かに、お互いに嫌悪し合ってた二人がイチャイチャしてたら目玉飛び出るわな。俺も未だにビックリしてる」
「実際皆戸惑ってましたものね……」
と、未だに荒れるマイケルを見ながら二人は話し始めた。
「飛び越えるどころか深く交じりあっちゃった‼ 何で⁉」
マイケルが一際大きく叫ぶと、クレアは少し引いた動作をした。
「うわっ突然の下ネタやめてよ」
「そういう意味で言っていないが⁉」
クレアの茶々にマイケルはまたも顔色を悪くする。
「冗談じゃん落ち着きなよ血管切れるよ〜」
「このタイミングで笑えない冗談やめて⁉」
クレアはまたもケラケラと楽しそうに笑う。完全に面白がっていた。
「そっとしとくよう言ったのに輪をかけてからかってどうするんだよ」
セオドアのツッコミもなんのその、その後も何度かマイケルが頭を抱えて唸ってはクレアが茶々を入れ、シンディとセオドアが時折宥めるやり取りが続いた。
少ししてようやく落ち着いてきたマイケルが近くの酒の杯を一口飲んだ。ふう、と息をつく。
「信じられんが受け止めねば……和解してくれたなら良い事じゃないか……うんうん」
「あっ落ち着いた、面白かったからもっと唸っても良かったんだよ〜?」
「おいコラ」
クレアがまたからかうように笑うと、マイケルは苦笑いをして諌めた。
「あと、思ったんだが。クラウド少し明るくなったか? 憑き物が落ちたような」
商隊の護衛任務に出る直前の宴では、クラウドは全くと言っていい程宴を楽しんでいなかった。普段も己にも周りにも厳しく、気を抜くという行為からはほど遠い程の堅物さを見せていた。息継ぎをしようとせずに暗くて重い水の中を泳ぎ続けているようで、それをマイケルは先輩として気に掛けていたのだ。
それが先程、嫌ってい筈のエバンと親密にしていたのにも驚いたが、笑みを浮かべてちゃんと場の雰囲気に沿って楽しんでいたのだ。あんなにかたくなになっていたというのに。
「確かにエバンに対してのガードは高かったんだが、普通に接する分には楽しんで飲んでもいたし……何より笑っていた」
動揺しつつもマイケルはしっかりと二人の様子を一応観察していた。つかみきれなかった所が多々あったがクラウドの変化はそれでも印象に残っていた。
「まあ。クレアちゃん、やっぱり気の所為では無かったみたい」
「そだね〜。わりと経過見てた私らより久方ぶりのマイケルさんがそう思ったのならクラウドのクソ真面目度やっぱり少し柔らかくなってるっぽい?」
シンディとクレアがまた顔を合わせて楽しそうに話している。二人は相変わらず仲が良いようだ。
「つまりこれもエバンとの仲改善のおかげって事か……。大層ビビり散らしたが良い傾向、なのか?」
何があったのかは分からなかったがマイケルは少し疑問に思いつつもそう締める。
「あの束縛っぷりを見るとそうかな……?って気もしてきますが、まあ良いんじゃないっすかね」
セオドアも同意見のようだ。先程またシンディの近くに行こうとして軽くあしらわれていた為少し落ち込んでいる。
マイケルは杯の中のお酒を一気にあおった。
◆
マイケルが落ち着いた頃、クラウドが別の親しい友人の元に行きエバンは一人で食事をしていた。
「よお話題の人物。今は番犬は留守かい?」
そこへマグノリアが声を掛ける。エバンは口の中の物を飲み込んでから、頭を下げて挨拶をした。
「団長、お疲れ様です」
「あいよ。おさまってきたけどマイケル達の帰還でまた戻っちゃったねえ、話題が」
片手を上げて返したマグノリアが先程までクラウドが座っていたエバンの隣に腰掛ける。
「はは……あっクラウドくんならリッツ達の所行きましたよ。オレは遠慮したんです。動くの面倒だったので」
リッツは団の中でクラウドと比較的仲がいい団員である。付き合いだけならエバンよりも長く、堅物だったクラウドが心を若干許していた数少ない人物の一人だ。
「よくクラウドが許可したね」
「だいぶしぶられましたよ」
エバンは苦笑いをする。
リッツと仲の良い団員に呼ばれたクラウドがエバンが一緒でなければ行かないと抵抗したのを思い出した。相手側もエバンが来ても構わない、むしろ一緒に盛り上がろうと言ってくれた。エバンはそれに感謝はしたが既に酔いが回っていた為迷惑をかけたくなく断ったのだった。ならば自分も残ると言ったクラウドに、「最近ずっと一緒にいるしオレ以外とも交流持て」と言い送り出したのだった。
「クラウド、本当にあんたに甘くなったし雰囲気和らいだね。見ていて背中が痒くなるよ。なんだいあの変わりよう」
「ですよね……」
マグノリアも、最近のクラウドについてあまりの変わりように目を丸くしていた一人である。団長という立場上、団員の様子は常に気にかけているがその中でもクラウドの変化は目をみはる者があった。
同意した後、手元のお酒を一口飲んでエバンは少し考え込む。
(今ならクラウドくんいないし、吐き出すチャンスかな)
小さく「団長」と呼びかけ、手招きをする。なんだなんだとマグノリアは少しかがみ、エバンの声が聞こえるようにその耳を傾けた。
「あの、本音言いますとオレも優しいクラウドくんにちょっと……いやだいぶビビってるんです」
エバンの吐露に、マグノリアは目を瞬かせる。
「自覚があるようでなにより」
「いや、色々素直に楽しめるようになってきたのは良い事なのでそこは良しとして良いのですが。問題は異常な優しさと距離の近さと束縛……? でして。なので話題にして見守るだけじゃなくてホントマジで助け舟出してほしいというか」
眉を下げてエバンが本音を言う。マグノリアのはそれを受けて口元に指を当てて神妙な顔をした。
「ふむ、本気で嫌なら間に入るけど」
「え、あー……嫌、というわけでは、ないのですが……」
うまく口がまわらない。エバンは自分はクラウドを嫌がっているのか、ただ戸惑っているだけなのか掴みきれていなかった。
嫌われていた過去よりは現状の方が良い、とは思っている。しかし、あまりにもクラウドがエバンに対して大き過ぎる感情を向けている事に大いに戸惑っている。人の目があろうがなかろうが肩や腰を抱くような身体的な接触、まるで愛を吐くような情熱的な言葉、エバンが誰かと接する事を拒絶する囲うような動き。
しかし言及した際のクラウドの反応を見るにクラウド自身にエバンに執着し独り占めしようとしている自覚は無いようであった。厄介な事この上ない。
エバンは頭を抱える。ため息までついてしまった。
(どうすりゃいいんだこれ)
クラウドの本心が分からない故に拒絶も受け入れも出来ない。
「まああの束縛で貯めに貯めた吐き出したい事もいっぱいあるだろうね。……よしっ」
マグノリアは立ち上がり、片手を上げて大声を出した。
「マスター酒だ! 追加でキッツイの持ってきな‼」
カウンターから応と答える声が聞こえた少し後に、エバンの前には度数の高いお酒が数杯置かれていた。お酒とマグノリアの顔を交互に見る。
「ほら飲みな! そしてアタシに一切合切ぶちまける!」
「これを⁉」
驚きつつ、さあ飲め飲めとすすめるマグノリアの勢いに押されてエバンはどんどん酒を飲んでいった。浴びるように。
そして酔った。
「今の関係に一番ビビってるのは他でもなくオレですよ⁉ 時々びっくりする程甘やかしてきて『何だ⁉』ってなりますし、オレが他の人と関わろうとすると何故か遮ろうとまでしてくるし!」
机をダンッと杯で叩く。エバンの心の叫びは止まらない。
「触れちゃいけない気がしてスルーするのが大変なんですよ‼ 眠る獅子を起こしそうで‼ なんだかクラウドくんそれ無自覚っぽいし‼」
杯の中の酒を一気にあおる。
「オレを深窓の姫君が何かと勘違いしてんすかねまったくもう〜〜〜〜‼ オレの事をどういう感情で見てるんだクラウドぉ⁉ ええ〜〜〜〜⁉」
そして粗方叫んだエバンは電池が切れたように机に突っ伏した。心配になりマグノリアが顔を近づけてみると、寝てはいないようだが「う〜〜〜〜……」と唸っている。
「……うん、飲ませすぎたかな!」
「言ってる場合ですか、叫びが聞こえるから何だと思ったら」
「おや、本日の主役じゃないか」
マグノリアが酔ったエバンの背中を撫でながら一息をついているとマイケルが話し掛けて来た。
「内密に相談したい事があるので少し……」
「あいよ。エバンそんなに思い詰めなくても大丈夫だからね、じゃ後で」
マグノリアはエバンに声を掛け、それに机に伏せたままのエバンは片手を上げて返事をした。その後、マグノリアとマイケルの二人は二階のベランダに移動した。
「エバン、先程まで団長が……どうした?」
席に戻ってきたクラウドが、遠目でマグノリアがいた事を視認していたのでそれをエバンに聞こうとした。が、机に突っ伏して唸っているエバンを見て心配になった。
「おかえりー……さっきまでいたけどマイケルさんに呼ばれてどっか行っちゃったぜー……」
「そ、そうか。入れ違ってしまったか」
少しずらしてクラウドの方へと向けたエバンの顔は真っ赤だった。クラウドが目を見開く。
「なんだか重要そうな話っぽいから後にしたらー……?」
「そうしよう。……なんだか君酔ってないか」
「えー……そうかな……」
「……」
目も閉じかけており先程から言葉もどこか拙い。エバンはしこたま酔うと眠くなる体質だったらしい。蕩けたような油断している表情と仕草を見て、
(無防備な……)
ゴク、とクラウドの喉が鳴った。驚いて自分の喉を触る。今の自分の反応がクラウドには察しきれていなかった。その事を不思議に思いつつ、今のエバンを人の目に晒したくないという考えがクラウドの頭を占める。
クラウドは自身の体でエバンが周りから見えないように遮る。壁側の席で助かったと思った。
背後からは相変わらずの喧騒が聞こえる。まだまだ宴は続きそうだ。
背後から視線をエバンに戻す。エバンの目はもうほぼ閉じかけていた。完全に寝かけてしまっている。
早めに自室に送り届けよう、とクラウドは思った。
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