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第6話
酒場二階ベランダにて。マグノリアは内密の話があるというマイケルを連れて、客室が並ぶ廊下を通りベランダに移動していた。
「逃げ延びた王子を探してるぅ?」
マイケルから簡単に概要をさらっと聞いたマグノリアが素っ頓狂な声を上げた。眉を片方吊り上げ、片方吊り下げて顔全体で意味が分からない、という気持ちをありありと表現していた。
「何度か盗賊の襲撃があったのですが、金銭を奪う者達とは別に変わった集団にも襲われてまして。その中の一人が『隠してる王子を出せ』と言ってきたんです」
マグノリアの反応に苦笑いしつつマイケルが商隊護衛任務で起こった顛末の報告を続ける。
「なんのこっちゃいと頭傾けてたらすぐ他の仲間に『バカ、それを言うんじゃねえ』って怒られてたのでうっかり口を滑らせたみたいなのですが……とっ捕まえて口を割らせたら、二十年前に革命で滅んだ国の王子の死体が当時見つからなかったみたいで生きてるんじゃないかってずっと言われてて、それを何故か今になって探してるらしいです」
「はあ……」
あまりに突飛な話にマグノリアは頭を悩ませる。何故そんな理由で商隊と自警団を襲ったのか。
「で、それを今回大金で何者かに依頼されたらしくて」
「依頼人は?」
溜息をついてジト目でマグノリアが腕を組んだ。
「『知らねーよ』って言われました。フードかぶってて、顔が見えない相手だったらしくて。よく取引したなって言ったら大金積まれたみたいです」
「お金に目が眩んだのかねえ」
「何でただの商隊と街の自警団の中に王族がいると思ったのかは謎ですが」
マイケルもそこを不思議に思っていた。当たりをつけるにしても可能性がほぼ無いだろう所に何故。
「王族がいたら自警団もっと裕福じゃないかね、あっでも逃げ延びたからそうでもないか」
マグノリアはベランダの柵に寄りかかる。
ベランダは月明かりは雲であまりなく、室内の明かりが漏れてかろうじて周りを視認出来る暗さだった。まだ団員達はどんちゃん騒ぎをしているらしく、時折声が漏れてくる。
「王子は身体の何処かに王族の証みたいなものが浮き出てるみたいで。どんな形状かは何も……ただ、普通はないものなので気付けるとは言ってました」
その喧騒を聞きながら、マイケルは聴取した『王族の証』についてマグノリアに伝えた。
「ふうん……」
その『王族の証』とやらがある人間を見つけたと思い、それが商隊か自警団の人間だったという事だろうか、とマグノリアは考える。しかし、商隊は分からないが思い出しても団員達にそんな突飛な特徴があったなんて事は把握していない。団長として団員達の事はある程度色々見ているが、そのようなものがあったらマグノリアは気付いているだろう。
「何か……王子の事で心当たりありませんか? キリニネラって国なんですが。俺含め任務に行ってた団員は全然知らなくて」
マイケルが眉を下げて申し訳ない、という表情でマグノリアに助けを求めた。難しい顔をしたマグノリアが唸りながら考える。
「心当たり……心当たり……あーちょっと待って、今この辺まできてる、何か聞き覚えある、待って」
マグノリアは喉の辺りを示す。何か引っ掛かってはいるが、今までの人生で聞いた話が多過ぎて検索に時間がかかっていた。
「確か今は王族は戴かずにここみたいに民達が自分達で代表を決めて治めてる筈で、名前も変わっているみたいで」
思い出す手助けにならないかとマイケルは盗賊から聞き出した情報を追加する。
「アタシもその国の話は聞いたことあるけど王子ぃ……? 王子ね……」
マグノリアが更に唸る。記憶を遡行し、引っ掛かりを手繰り寄せる。
暫くしてからようやく掴み取れたマグノリアは目を見開き、マイケルの顔面に向かって指を突き出した。
「……あー! そうだ思い出した、あったあった王子生存説! 滅亡した超古代文明の遺産みたいな感じでアタシが若い頃に噂になってたよ!」
「ほ、ほんとですか!」
突きつけられた指を避けながらマイケルもようやく点と点が繋がった事に高揚した。
「名前が確か……せ……セル……? なんとかだったような。色々あったよ。従者に連れられて密かに王子は焼け落ちる城から逃げ延びて北へ行ったとか、生き延びた先で大国の側近になって暗躍してるとか、他国に渡って軍を率いて戻ってくるとか」
「生存説のテンプレのオンパレードだ……」
「死体がきちんと確認出来ない状況になった偉人の生存説なんてそんなもんだよ。基本眉唾物だ」
ようやく思い出せてスッキリしたマグノリアは息をついて軽く笑う。昔はその手の話に一喜一憂していたものだと懐かしんでいた。ああいう不確かなものは何故か今も昔も人々の関心を集めてしまう。きっとこの先ずっと人々の間で語られ続けるだろう。
「団長って確かこの街出身でしたっけ、わりと離れてるのに噂がここまで流れてきてたんですね」
「当時相っ当大きな国だったからね」
とてつもない国力を持った豊かな国、それがキリニネラだった。最期は民を蔑ろにし贅を尽くした王族に反感を抱いた民たちによる反乱が続き、革命を起こされ王族は打倒された。その時に王族や支配階級の人々は軒並み処刑されたとマグノリアも風の噂で聞いていた。そうして、そんな中唯一死体が確認出来なかった王子に生存説が発生したのだろう。マグノリアはその王子の人となりは全く知らない。しかし、生存説が出るという事は誰かに生きていて欲しいと思われる程の人物だったのだろうか、とそこまで考えてマグノリアは首を振った。
今はその王子生存説のせいで自分の組織に害が出ている事が問題だ。その王子が善人だろうと悪人だろうとその問題には関係ない、とマグノリアは判断した。
マイケルがふと疑問を抱き、マグノリアの方を見て首を傾げた。まじまじとマグノリアの顔を見る。その視線を不快に思ったマグノリアは顔を顰めた。
「あれ、というか二十年前が若い頃ということは団長の年齢ってよ、」
「その口引き裂いてやろうか」
月の光を背にして顔の影が濃くなったマグノリアが拳を鳴らした。失言だったと気付いたマイケルが肩をはねさせて頭を即座に下げた。
「すみません話続けて下さい年齢に注目してすみません」
はあ、とため息をついたマグノリアが片手を腰にやり、もう片手を軽く掲げる。呆れた、という感情を表現している。怒ってはいないようだ。
「仮にだよ? 王子が生きていたとしてももう二十代後半から三十代だ。そこまで生きてるならとっくに名乗り出てないかい? 名乗り出てないって事はほぼほぼとっくに死んでるだろう」
「で、ですよねえ。本当に不可解すぎます」
マイケルもそれには同意見だった為素直に頷く。先程の失言への罪悪感で少しどもってしまった。酔っているつもりはなかったが、マイケルも普段ならしないノンデリ発言をしてしまう程には酔っていたようだ。深く反省する。
「あるいは、王子だった事を捨てて名乗り出る気もなく普通の人間として暮らしているか、かねえ。いずれにしてもそれが何でウチラと商隊に狙いを定めてきたか分からないもんだ」
「厄介な事に巻き込まれてしまいましたね……」
二人は揃って未だに騒いでいる屋内の団員達を見てから月を見上げた。少し雲が出てきている。明日の天気は曇りか雨になりそうだ。
◆
ベランダを出てマイケルは先に宴の席に戻って行った。一人で考えをまとめていたマグノリアが少し遅れてからベランダを出て宿泊の客室がある廊下を歩いていると、
「ああクラウド、良かった。ちょっと面貸しな」
エバンが長期で借りている部屋からクラウドが出てきた。ちょうど今から探そうと思っていた人物だった為、手を挙げてマグノリアが声を掛けるとクラウドが振り返りマグノリアに気付いた。軽く礼をしたクラウドがマグノリアの方へと歩を進める。
「団長。私からも用事が」
「……えっと、声掛けておいて何だけど今本当に大丈夫かい?」
「? はい」
受け流しかけたがクラウドが出てきたのはエバンの部屋である。念押しするがエバンの、部屋である。マグノリアの顔が青くなった。
もしかしてエバンを部屋に連れ込んで何かいかがわしい事でも、とマグノリアは危惧したがクラウドの身なりはいつも通りきちんと整っており、顔色も普通であった。特に動揺している様子もなく、余計な心配だったと気付いた。ほっ、と息をつく。
「……ああ。エバンが酔いつぶれてしまったので部屋に送り届けて寝かせてきたんです」
クラウドもマグノリアの反応はエバンの部屋から出てきた事かと思い至り経緯を説明した。合点がいったマグノリアは申し訳なさそうに眉を下げる。
「そうだったのか。きっとアタシが飲ませた酒のせいだね、ありがとうねクラウド」
クラウドは首を振る。自分が好きでした事なのでお礼は必要ない、と暗黙に伝えた。
「いえ、それで用件は?」
「先日報告してくれた不審者の件だよ」
クラウドの眉がピク、と動いた。
「今時珍しい銀髪の華美な男だっけ、クラウド。色々調べてみたよ。団員達や住人たちに聞いて回ってみたが、アンタが見かけた風貌の男は多分最近になって街の西側で出没するようになった荒くれ者の一人だね」
「外部から来た余所者か……私もその続報が無いか聞きたかったんです」
「なんだい、同じ用件だったんだね」
クラウドが腕を組んで目を細める。
街の西側は最近やけに治安が悪くなってきているという報告が上がっている。以前は見かけなかったごろつき等ガラの悪い連中が増えたらしい。西側の見回りを強化しているが、対応が間に合っていないのが現状だ。
「何処から来た誰なのかはわからないけどね……身なりからしてもしかしたら荒くれ者達を束ねる方なのかも。そっちは今調べさせてる最中だよ。エバンに迫ってたんだって?」
「はい、目的は不明でしたがエバンを部屋に連れ込もうとしていました」
「なんなんだいまったく、物騒な世の中が更におかしくなってきたよ」
マグノリアはため息をついた。西側の治安悪化、王子生存説を信じている何者かによる族の襲撃、更には団員への暴行未遂。マグノリアの頭が痛くなる。
マグノリアの言葉に今の件以外にも何かため息の理由があると察したクラウドが尋ねる。
「……他にも何か?」
「まあちょっとね、そっちについてはもう少し詳しく調べてから周知させるよ。時間をおくれ」
マイケルと先程話していた商隊襲撃と王子の件はおおよその概要を掴めたら団全体に知らせようとマグノリアは思っていた。クラウドも団長の判断なら、と詮索しない。
その後も二三業務的な確認をしてそろそろ解散するか、という空気になった時に、マグノリアは先程エバンと話したクラウドのエバン囲いの件を思い出した。困っていたようだしとりあえず一言釘を差しておくか、と考えマグノリアは帰ろうとしていたクラウドを呼び止めた。
「ところでクラウド、あんまりエバンを独り占めしないであげな。束縛するばかりが仲良くなる手段じゃないよ」
足を止めたクラウドが目を瞬かせる。少し考える素振りをしたが、
「……? 何の事ですか」
「えっ」
思い至らなかったらしく心底不思議そうな顔をしてマグノリアを見た。今度はマグノリアが目を瞬かせる番だった。
「嘘だろ、あんなに囲っておいて本当に自覚無しなのかいアンタ」
「えっ」
動揺したマグノリアが更に詰め寄る。
「……、……」
ぎょっとしたクラウドだったが二度も言われた事で、自分の最近の行動――特にエバンと一緒にいる時の――を振り返る。
基本、任務や見回り等仕事が別の時以外は出来るだけ一緒にいる。休日も被る事は少ないが被った場合はクラウドの家で一緒に過ごしているし、たまにエバンがそのまま泊まる事もある。
エバンが誰かと話していたら会話に参加せずエバンの傍に移動し「早く終われ」と思いながら待っている。そうすると相手はそそくさと退散するからだ。
一緒にいる時は肩か腰を抱くようにして簡単に離れられないようにしている。エバンも最初は逃げようとしていたが最近は肩をはねさせた後は大人しくしてくれている。おいそれと他人に介入されないように周りを見て威嚇もしている。
いずれ自分が隣にいる事が自然になってくれるように、と常に考えて行動を――
「…………」
粗方のこれまでの行動を思い返したクラウドは、目を見開いて己の口を右手で覆った。下げていた顔を上げて、心配そうにしているマグノリアへと視線を向ける。
「……団長、俺って……」
目が泳ぐ。普段は取り繕っている一人称がブレて素が出てしまった程クラウドは動揺していた。
「……エバンを独占、していたんですか」
口にしてようやくクラウドは今までの自分の行動が友人の域をだいぶ飛び越えていた事に気付いた。
「本当に……自覚していなかったんだねえ……」
クラウドの手が、肩が震える。顔色も悪くなっていく。マグノリアがそれに驚いていると、クラウドの口が何度か開閉した後言葉が蛇口を捻った水のように溢れてきた。
「ただ俺はエバンと一緒にいたかっただけで、俺だけ意識して欲しくて、誰にも渡したくなくて……俺の苦しみを受け止めてくれた事が本当に嬉しくて、もうエバンの事を誤解したくないし誤解もされたくなくて……俺は、俺は……」
「わ、分かった。分かったから落ち着きな」
うわ言を言うクラウドは完全に混乱していて、マグノリアは悪いとは思いつつも肩に手を当てて落ち着かせようと何度か優しく叩く。
「……」
リズム良くポン、ポン、と肩を優しく叩かれる事で身体の緊張がほぐれてきたクラウドは荒くなりかけていた呼吸を段々と落ち着かせていった。
「……手間取らせてしまってすみません、落ち着きました」
少し置いて、冷静さを取り戻したクラウドはマグノリアに頭を下げる。
「いいよ、アタシも悪かったね」
クラウドは顔を上げて首を振った。
その表情は雑念を吐き出したからかどこかスッキリしているようにマグノリアには見えた。それなのに何故だかマグノリアは嫌な予感がした。
「いえ。エバンへの感情を自分ではっきり自覚出来たので結果的にはプラスだと思います。団長からの謝罪は必要ありません」
「じ、自覚を。そうかい」
マグノリアはどもる。何かとんでもない事をしでかしてしまった予感が当たった事に冷や汗が止まらない。
「では、そろそろ私は帰ります。お疲れ様でした」
「お、お疲れ様〜……」
きっちりと頭を下げて、クラウドは廊下を歩き階段を降りていった。マグノリアが苦笑しながら手を振って見送る。
こうしてマグノリアの言葉でようやくクラウドはエバンへの執着と独占欲が普通ではないと自覚したのであった。
クラウドの背を見送ったマグノリアは振っていた手を止め、壁に寄りかかり盛大にため息をついた。
(しまった〜〜〜……アタシも酔ってたか〜〜〜……。ごめんよエバン、眠れる獅子を起こしてしまったかも)
果たしてこれが吉と出るか凶と出るか。今スヤスヤと眠っているエバンは事態が急変した事を知る由もない。
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