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第7話

 宴から数日後。 「また襲われたあ?」  マグノリアが怪訝な顔をする。  アジトにある団長室で依頼書の整理をしている所に上がってきた報告に、マグノリアは作業の手を止めた。 「盗賊だったんですがまた『王子を出せ!』と。団員に怪我人が出る前に全員捕縛出来てます」  報告をしているのはマイケルだ。襲われた隊から直接話を聞き、団長室に赴いていた。 「つまり狙いは商隊じゃなくてアタシら自警団の方だった、って事だね」  厄介な事になった……とマグノリアが溜息をついた。前回襲われた時はどちらに的を絞っているか分からなかったが、今回で自警団だと確信を得た。 「これからは団員が任務に当たる際にその護衛として何人か追加で連れて行って襲撃に備えるのはどうでしょうか」  任務に集中する人員とそれを守る人員。今までよりも割く人数が増えてしまうが安全を取るには良い策と言えた。マグノリアは頷く。 「そうだね、頼むよ。……うちの自警団に王子なんて居やしないのに。とりあえず盗賊達に依頼してる奴が勘違いに気づかないと止められないんだよねえ、困った。盗賊達はただの実行役だし。こういう輩は尻尾をなかなか出さないから……」  頭が痛くなる状況だった。マグノリアは机の上においておいた既に冷めてしまったコーヒーを飲む。独特の苦味が舌から喉を通り、僅かだが頭がスッキリした。 「団員達全員に通達した方がいいね。少しまとめたら皆を集めようか。そっちはそれで対策を取るとして……街の西側の調査はどうなってる?」  抱えている問題はまだまだある。マグノリアが尋ねると、マイケルは受けていた報告を思い浮かべマグノリアへと伝える。 「ごろつきの一人がこの間住民を怪我させたのでそれを口実に捕縛して口を割らせてます」 「取り調べ中か。全く、牢屋がいっぱいになっちまうよ」  マグノリアがため息をついた。マイケルも苦笑している。  街での治安悪化、誰の指示かわからない山賊や盗賊の襲撃。自警団が抱える案件は元々多いというのに、この二つの新たな悩みの種は大きな負担として自警団にのしかかっていた。  ◆  宴の日から一週間程過ぎた夜。  非番だったクラウドの家に任務が終わったエバンが訪れる。扉を開ける事を少し躊躇ってしまったが、エバンは覚悟を決めて扉をトントン、と叩いた。扉を開けてエバンを出迎えたクラウドだったが、そのエバンは何だか神妙な顔をしていた。少しの恐怖を混じえて。 「く、クラウドくんちょっとお話があります」 「……どうしたんだ難しい顔をして」  クラウドが扉を開けた姿勢のまま動かないでいると、エバンの眉間のシワが深くなった。 「いいから入れろ」 「……分かった」  いつになく不機嫌なエバンをクラウドは苦笑しながら迎え入れた。  いつの日かと同じようにソファに並んで座る。そしていつものようにクラウドが肩を抱こうとしたのを、エバンはその左腕を掴む事で阻止した。 (珍しい)  クラウドが驚く。戸惑う事があっても拒否された事は無かった。 (この間の事で警戒心が生まれたか)  少し考えてから、クラウドは左腕を掴んできたエバンの手を右腕で取り、優しく包み込んだ。目を見開いたエバンを、愛おしいという気持ちを込めてクラウドが見つめる。 「…………ッ〜〜!」  エバンの頬が赤くなり、眉間のシワがより深くなった。クラウドはそれを微笑んで見つめている。  耐えきれなくなったエバンがその手も振り払いクラウドの方へ勢いよく振り向き、指をその顔面に向かって突きだした。 「一旦離れて正座しろ‼」 「正座⁉」  ちょこん。  クラウドがソファに正座し、エバンは床に立ってクラウドを睨みつけている。大人しく正座はしたが、クラウドはどこか余裕そうに構えている。エバンはその余裕淡々な態度に余計腹が立ったのか、ワナワナ、と震えだした。 「ここずっと……いや正確には数日前の宴から、いやその前からもそうっちゃそうだったが」  一度区切ってからエバンはまたクラウドに指を突きつけた。 「クラウド、オレの事見過ぎ触り過ぎ囲い過ぎ‼ 前はさらっとしてる感じだったけど最近はじっとりしてて恐怖すら感じるっつーの‼」 「……」  クラウドは、自嘲が混じった微笑みを浮かべていた。  ◆  ――時を遡り、宴の次の日の事。  身を起こしたエバンはいつ自分がベッドに横になったのかすら覚えていなかった。二日酔いで痛む頭を押さえながら拠点に向かうと、ちょうどクラウドが掲示板の前に立っていた。 「クラウドくんおはよー」 「! エバン」  掲示板に掲示されているお知らせを読んでいたクラウドは、エバンの声に振り返る。とても嬉しそうである。 「おはようエバン、二日酔いは大丈夫か?」  自然な動作でエバンの隣に移動し、その肩を抱いてきた。  エバンはまたか……と思いつつ普段通り会話をしようとクラウドの顔を見上げる。 「頭がイテーかな、クラウドくんは大丈、……夫……?」  その表情になんだか違和感を感じてエバンは言葉をうまく紡げなかった。  クラウドは本当に愛おしいものを見るように蕩けた……しかしどこか獰猛な目でエバンを見つめていた。少し背筋が寒くなって視線を下に反らした。戸惑う。肩を抱いている手もいつもの添えるような感じではなくがっしりと掴み、エバンを逃さないように完全に自身に囲んでいる。少し離れようと軽く身じろぎしてもびくともしなかった。 「私はそんなに飲まなかったから大丈夫だが、どうかしたか?」  エバンが急に顔を下げたのでそれを覗き込むようにクラウドがかがむ。 「や……何でもねえ」  その視線からまた逃れるようにエバンは顔を反らした。 「そうか」  特に気に障らなかったのか、クラウドが顔を上げ直した為視線は反らされた。肩はがっしりと抱かれたままだ。 (……? 何か今までと、違うような)  少しゾッとするような感覚を抱いてしまった。  ――また別の日。  エバンは任務が一緒だったクレアとセオドアと共に、エバンが泊まっている酒場へと訪れていた。エバンはそのまま部屋に帰るつもりで、二人は呑むつもりで来ていた。 「エバンも飲んでけば〜?」 「そうしたいのは山々だけど懐が寂しくてさ。次の給料日までは遠慮しようかと」  誘ってくるクレア達に申し訳ない表情で断り、片手を上げて階段を上ろうとする。するとセオドアが引き留めるようにエバンの肩を叩いた。 「今回くらい奢るぜ」 「マジ⁉」  親指を立ててウィンクしながらのセオドアの提案に、エバンも足を止めて思いっきり振り返った。 「マジマジ。な、行こうぜ」  セオドアがエバンの肩を組み、顔を近づけて快活に笑う。階段を上りかけていた為、一段下から肩を組まれて少しエバンは「うおっ」とよろめいた。それに苦笑いしながらエバンもセオドアの方に顔を向けた。二人の距離はかなり近くなっていた。 (奢ってくれんなら行こうかな)  エバンの考えが揺らぎ、共に行く方に傾き出した。 「あー……セオドアっち、ちょっとそれヤバイか、も」  その二人の様子を見てクレアが少し焦った表情で止めに入ろうとしたが、 「……」 階段を駆け下りる音と共に、階段の上からクラウドがやってきてセオドアをエバンから強引に引き離した。 「うわったった……何すんだクラウド!」  引きはがされたセオドアが足をもつれさせた。少し押された程度だったので転んだりはせずになんとか立つ。 「あちゃ〜間に合わなかったか……」  とクレアが右手を額に当てた。 「クラウド⁉ どこから⁉⁉」  クラウドはその胸にしっかりとエバンを抱き締め、セオドアを睨んでいた。エバンが驚くと、クラウドはパッと表情を変えてエバンに微笑みかけた。  その落差にクレアが少し目を引きつらせた。セオドアは「無視⁉」と騒いでいる。 「エバンがそろそろ帰ってくるだろうと部屋の前に待機していた。話し声が聞こえたから来たんだ」 「それってスト、」 「セオドアっちはちょっと動かず黙ろうね!」 「ンムッ」  クレアが余計な事を言いそうになったセオドアの口を瞬時に手で塞ぐ。そのままもがいているセオドアを少しずつ二人から引き離した。 「エバン、さあ行こうか。私がいれば他は何もいらないだろう」  クラウドが底冷えする笑みを浮かべてエバンを抱く腕に力を込めた。  またしても身動きが取れない程抱き締められたエバンは、背筋が寒くなる感覚に襲われる。 「いやオレ今からセオドア達と飲みたくて」 「私が一緒に飲む」 「セオドアが奢ってくれるって」 「私が全額出す」 「な、何故そんなに頑な……?」  何を言っても即座に代替案を出してくるクラウドにエバンが困っていると、 「頼む、私に私以外と楽しんでいる君の姿を見せないで欲しい。エバンは私だけを見ていればいいんだ」 クラウドはエバンの顎に指を当てて、自分の方にエバンの顔を向かせた。じ、と見つめられてエバンはたじろぐ。 (……目が、怖い)  捕食者が獲物に噛みかかろうとしているような、そんな印象を受けてしまう。 「え、エバン〜! ウチらの事はいいから二人で部屋飲みしてきな〜! ウチらは二人で飲むからさー!」  暴れるセオドアを押さえつけながらクレアが必死に提案してきた。この状態のクラウドと二人きりになる事は避けたかったが、クラウドは一歩も譲りそうになく、クレア達も二人で飲むようにすすめてきている。 「……わ、分かった」  エバンは渋々クラウドと共に行く事にした。  クラウドとエバンが去った後。 「お……おれはシンディちゃんが好きなだけでエバンの事は何とも思ってないんだが⁉⁉」 「今のクラウドにとってエバンに近づく人は老若男女問わず邪魔者なんだろうねー」 「シンディちゃんとの仲をクレアとエバンに相談しようと思ってただけなのに何この仕打ち‼」 「あとシンディはアンタの事何とも思ってないどころか苦手だし」 「ぐああああ‼」  セオドアは崩れ落ちた。  ――そのすぐ後。  エバンの部屋にてクラウドが下の酒場で頼んだお酒を持ってきて部屋飲みをしていた。 (無性に腹が立って仕方がない。俺にこんな激情があったとは……)  クラウドは一言も喋らずに、己の中の黒い感情を抱えムスッとした様子でお酒を飲んでいた。 (お、おかしい絶対おかしい。最近のクラウド何か怖い)  対してエバンもここずっと感じているクラウドへの違和感に頭がいっぱいいっぱいになっていた。  無言。部屋は重苦しい空気に包まれ沈黙していた。二人が少しずつお酒を飲み喉を鳴らす音と、お酒から香る匂いだけが部屋に満ちている。 (何かが、何かが今までと違う) 「……エバン」 「! な、何だよ」  思考に夢中になっていたエバンはクラウドに呼び掛けられ肩をはねさせた。  クラウドは杯を机の上に置き、エバンの方をじっと見る。 「君は私よりセオドアやクレアとそんなに一緒にいたかったのか」 「は?」  クラウドは怒気を隠しきれていない声色で尋ねる。 「私との逢瀬を断りたいという気持ちを強く感じた……君は私が嫌なのか」  それに対し少しだけ萎縮したエバンだったが誤解が生じている事と予想だにしていなかった単語が混じっている事に驚いた。 「逢瀬⁉ というかい、嫌って訳では無くて……ちょっと遠慮したかっただけというか」  語尾が小さくなっていく。それは結局の所クラウドから逃げようとしていたという自白に他ならなかったからだ。  クラウドの目がより一層鋭くなる。  クラウドの心は荒れていた。エバンと共に居たいのにエバンは自分から逃げようとしていたのだ。 (ではどうすればエバンは俺と一緒にいてくれるんだ?)  自分ではコントロール出来ない暗く重たい欲求がクラウドを飲み込んでいく。まるで暗い水の底にいるような、周りの音が遠く目の前のエバンしか見えない感覚だ。  突然伸びてきた手がエバンの手首を掴んだ。それに驚く暇もなくクラウドがエバンを引き寄せ顔を近づけた。目を見開いて狂気に満ちかけている表情で 「君を閉じ込めようか。私以外に触れさせなければ君は私しか見ない」 クラウドは告げた。 「と、閉じ込めるって」  エバンが驚く。 「そうだ、それがいい。そうと決まれば色々と準備をしなければ……」  クラウドがエバンの手首を離した。 「お、おいクラウド。落ち着けよ」  立ち上がって何処かに行こうとしたクラウドの服の裾を思わず掴み、エバンが少し体を上げて引き止めた。  逡巡の後クラウドは足を止めてゆっくりとエバンの方を向き直した。 「ずっと一緒にいると言っただろう」 「い、言ったけどよ……仕事仲間としてとか、友達でって意味でそんな……閉じ込めるとかは……」  クラウドのまとう雰囲気が一層冷たくなった。 「……そうだとしてもずっと一緒にいるという約定は成されている。君には私を拒絶せずに永遠に受け入れる義務がある」 「永遠て大袈裟なえ、うわっ⁉」  とん、と突然肩の部分を押され、何も構えていなかったエバンの体勢が崩れた。後ろは部屋に備え付けられているベッドである。不安定な体勢で立ち上がりかけていたエバンはベッドにそのまま足をとられ倒れた。  ギシ……とベッドが軋む音がエバンの耳に届く。  衝撃に思わず目を瞑ったエバンが目を開けると、クラウドがエバンを押し倒していた。エバンの視界いっぱいに広がるクラウドの姿、いつの間にかひとまとめに片手で頭の上で押さえられた両手首。試しに動かそうとしてもびくともしなかった。 「く、クラウド……?」  現状をうまく理解出来ず、エバンは怯えの混じった声でクラウドの名前を呼ぶ。  クラウドの思考は真っ黒だった。自分の思い通りにならないのなら、力付くで己を刻み込んで屈服させてしまえばいいのではないかという征服欲と支配欲、エバンを自分の好きに蹂躙したいという情欲が胸の奥から溢れて止まらなかった。そんな事をしてはエバンとの関係に亀裂が入ってしまう事も拗れてしまう事も、このような行いは凶弾されるべき悪手だという事も、どこか冷静な部分では分かっていた。しかし、こんな事は正しくないと止める自分はどんどん真っ黒な欲求に飲み込まれて消えていく。  クラウドはがぱっと口を開けて顔をエバンへと近づけていった。 「え、ちょ……⁉ ま、待て、や、やめろおい!」  とある可能性に気付いて、なんとか顔をそらしてかわそうとしたが手を押さえつけているものとは反対の手で顎をとられてそれすらも封じられてしまった。背筋が寒くなり、冷や汗をかく。 「エバン……ッ」  エバンの名前を必死に呼ぶクラウドの頭は目の前のエバンの唇を奪う事だけに満たされていた。 「や、嫌だ……っ、嫌だ!」  エバンは強く目をつぶり、その目からは耐えきれない恐怖故の一筋の涙が流れた。  それを目にしたクラウドが目を見開いた。 「――ッ」  クラウドはその唇が重なる直前で動きを止めた。エバンの拒絶と恐怖に歪んだ表情と涙を目にした事で、エバンを怖がらせてしまったという事実が黒く波打っていた心を静ませた。クラウドを飲み込んでいた黒い欲求が引いていく。クラウドが素早い動きでエバンから離れた。 「……、……クラ、ウド……?」  恐れていた事が起こらない様子にエバンは恐る恐る目を開けてクラウドの名前を呼ぶ。  離れた位置にいるクラウドは苦しそうな表情で深呼吸をして己を落ち着けていた。 「……っ、……すまない頭に血が上っていた」  とても困惑している様子だ。  エバンがゆっくりと身を起こす。もうクラウドに自分をどうにかしようとする気がないのを感じて、理由を聞こうとしていた。エバンの反応を怖がるようにクラウドはエバンが何か言う前に 「頭を冷やしてくる。今夜は帰らせてもらう……本当にすまなかった」 と口早に言ってエバンの部屋から出ていってしまった。  部屋にはエバンだけが取り残される。 「……クラウド?」  名前を呼んでもクラウドはもういない為反応は返ってこない。  少し考え込んだ後、乱れた着衣を直したエバンはベッドから立ち上がる。クラウドが置いていったお酒と杯を片付け始めた。 「何なんだよ、アイツ……突然……」  口からはクラウドへの文句が飛び出ている。静かな部屋に片付けの音とエバンのぶつぶつ声が響く。 「やっぱりアイツがオレにやけに構うのって……そういう、事で……いいんだよな」  エバンが窓から月を見上げた。今日は雲が少なく夜空が綺麗に見えていた。 「……ちゃんと話し合った方がいい、よな?」  エバンは月に語りかけるようにこれからの事をぽつりぽつりと話し始めた。  夜の街をクラウドは混乱したまま走って、走って、走っていた。 (俺は、いったいどうしてしまったんだ……?)  己がした行動が信じられなかった。品行方正で、およそ真面目だったクラウドという人間が起こす行動では無かった。 「これでは……っ、俺はアイツらと同じだ……」  走りながら荒い呼吸をする。その合間に心からの叫びを吐露した。  クラウドの脳裏に心底嫌っていた人々の顔が思い浮かぶ。己の欲望のまま贅を尽くし破滅していったあの者達の姿が。  クラウドは足を止めて呼吸を整えようとする。 「やはり、血は、争えないのか……くそっ」  汗が滴り落ちる。  クラウドは頭を押さえ、ぐしゃぐしゃと髪をかき乱した。 「ああダメだ、先程はなんとか踏みとどまれたがもう抑えが効きそうにない……。エバンを、俺のものにしたい。永遠に一緒にいたい。欲しい、欲しい……欲しい……どんな手を使っても、エバンを……」  近くの街路樹に寄りかかり、息を整える。一応自宅に向かって走ってはいたが、どうやらここは酒場と自宅の間にある小さな広場のようだった。夜遅い事もあり人の姿は無かった。  月明かりでなんとか視認できる暗さの中、クラウドは目を泳がせて錯乱しかけていた。 「手に入れたら……もう二度と手放したくない。もう何もかもを失う経験などしたくない、あんなのはもう沢山だ……! エバンは決して失いたくない、エバンは俺だけのものだ……」  自分の欲に満ちた行動を後悔していたと零したばかりの口で、クラウドはまた欲にまみれた願望を口にする。黒い欲求がクラウドをじわじわと侵食し、飲み込みかけていた。  そんな二人の様子を月だけが見ていた。 ◆  ――そして現在。 「この間部屋飲みした時とか本当に様子がおかしかった。クラウド、どうしちまったんだよ」  エバンは眉を下げてクラウドを真正面から心配そうに見つめている。 「曲がった事が嫌いで、気を抜く事が苦手で、自分の正しさを遵守しようとして固くなりすぎてた……そんな真面目なクラウドが一番嫌う行動だろ」 「……そうかもな」  クラウドにエバンの言葉が突き刺さる。黒い欲求に抗えなかったクラウドは否定もせずに自嘲気味に頷いた。自らを嘲るように目から口へかけて冷たい笑いが顔に浮かんでいる。 「自覚があるのかよ……ますますおかしい」 「……」  エバンが怪訝な顔をする。 「あの夜のクラウドはまるで……オレの事を食べようとする捕食者みたいだった」  それを聞いたクラウドはクク、と喉で笑う。 「食べる、とは言い当て妙だ。君の全てを私自身で食い尽くすように犯したいという意味では間違っていない」 「!」  エバンの目が見開かれる。一歩、恐怖で後退った。  クラウドは自嘲の笑みを消し、片手で自分の両目を隠した。 「日に日に……抑えが利かなくなっているんだ。君を壊したくないのに壊したくてたまらない」  クラウドは歯を食いしばる。欲求に抗えなかった自分を許せない、止めたい気持ちは僅かばかりだが残っていた。エバンを無事に帰したい自分と、エバンを抱き潰したい自分でクラウドの内面は激しく荒れていた。  クラウドは正座を崩してソファから立ち上がった。逃げ腰のエバンの左腕を掴み、冷ややかな意地の悪い微笑みを口元に浮かべている。  苦手な左腕をわざわざ選んで捕まえてきた事をエバンは悟った。体に無意識に緊張が走る。 「なあエバン。君はろくな警戒もせずにわざわざ私に食べられる為にここに来たのか? あの時の私が我慢して逃がしてやったというのに……それを無駄にする為に」  怒りと恋情と嘲りの交じり合う不機嫌な声がエバンを責め立ててきた。 「……あーのーさーあー‼」  一方的に詰められたエバンはついに堪忍袋の緒が切れた。居間に満ちている不穏な空気を掻き消すように大声を出す。  掴まれた左腕を振り払い、怯えるでもなく怒鳴ってきた事に目を丸くしているクラウドを正面から睨みつける。額には青筋が立っていた。 「そうじゃなくて! そういう無理やりな怖い行動に入る前にやる事があるだろうが‼」  虚を突かれたクラウドは目を瞬かせる。エバンが言っている事が分からなかった。 「やる事……?」 「そうだっつーの! クラウドの行動には一番大事な一歩目が無い‼ それすっ飛ばして二歩目三歩目って来られてもこっちはそっちの真意を掴めないし怖いんだよ‼ 自分が抑えられない云々じゃなくて順番を気にしろ感情ヘビー級チャンピオン‼」 「ヘビ……? な、何だ本当に」  エバンは本気で怒っている。対してクラウドは先程までの恐ろしい様態が霧散し困惑していた。 「その……オレの事が欲しい欲しい言うけどさ、クラウドはオレの気持ちは欲しくないのかよ」  顔を赤くして、目線を下に下げたエバンがか細い声で言う。 「気持ち……?」  クラウドはまだピンときていない。エバンの顔を不思議そうに見ている。  痺れを切らしたエバンが真っ赤な顔で叫んだ。 「だから……まずはオレに告白するのが筋じゃないのかよ‼」  ――筋じゃないのかよ‼  ――ないのかよ!  ――かよ……!  部屋にエバンの声が響き渡り、クラウドは目を見開いて固まってしまった。

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