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第12話

 大捕物から数日後、後処理もようやく落ち着いてきた非番の日。クラウド宅の寝室で二人はベッドに並んで座っていた。  居間や風呂場の壁はそのままにはしておけない為とりあえず簡単に板で塞ぐ応急処置をされている。応急処置の段階で頑張ってみるかと自警団の団員達(主にセオドア)が張り切りすぎて空回りしどんがらがっしゃんと穴が少し広がってしまった事に関してはクラウドがセオドアを一発殴って多めにお金を出させる事で決着した。そうして当初の予定通り工事のお金に関しては自警団の経費で落とされる事になった。工事の完了にはまだまだかかる見込みだ。   「怒涛の日々だったなあ。ようやく休めるよ。今日はもうずっとぐだーってするぞオレは」  エバンがベッドへと横たわり、その状態で欠伸をする。クラウドが微笑ましくそれを見ていた。  解決後もエバンはそのままクラウド宅に住み続けている。既に勝手知ってる我が家のようにくつろいでいる姿にクラウドも満足げだ。エバンの物がクラウド宅に増えていく事がクラウドは嬉しかった。このまま自分と二人でいる事が当たり前で自然な事だと受け入れ続けてくれればいいのに、とクラウドは思った。 「あの、ところでさ」 「どうした?」  エバンが欠伸をやめて体を起こし、クラウドをまっすぐに見た。  時刻は昼食を食べ終わった昼過ぎであり、窓越しに輝く太陽が見えている。二人ともこの後の予定は無い。時間はたっぷりとあった。 「落ち着いたから、お互いの事をしっかり話したいんだけど……その前に、もしかして二人きりの時はセルシス殿下って呼んだ方が良いか?」  遠慮がちに聞いてきたエバンに、クラウドが首を振る。 「それはもう捨てた名前だ。俺はクラウドとして生きていく。もう『セルシス王子』に戻るつもりは無いんだ」 「……分かった。じゃあクラウドで!」  エバンが頷く。クラウドの返答に嬉しさを隠しきれず、エバンは口角を笑みの形にした。 (偽名だけど、偽名じゃない。クラウドは……嘘なんてついていなかったんだ)  懸念が晴れて、エバンは心をスッキリとさせていた。  エバンはこの話し合いでクラウドとのこの曖昧な関係に決着をつける心持ちであった。 「何があって、レザルークに辿り着いたんだ?」  クラウドはエバンの言葉を受けて、自身の過去を振り返り始める。クラウドもいつかは話さねばと思っていた為、今日これからの時間を使ってとことん話し合うつもりだ。 「俺は己の身一つで国を逃げ出した。その後は雑草だろうが虫だろうが食べれるものは食べてひたすらに歩き続けた。キリニネラから遠く遠く離れる為に」  お金もない、寄る辺もない、力のない子供が一人で生きていくのは苦難の連続で生き延びられたのは奇跡だったのだろう。どこかで野垂れ死んでもおかしくなかった。  綺麗だった髪も肌もボロボロになり、体もやせ細った。人里にはあまり近寄らずに山など人気のない所を中心に歩き続けていた。しかし、時折人がいる所に近寄るとキリニネラの話は必ずと言っていい程話題になっていた。 「いつまで経っても誰かしらがキリニネラについて話をしていた。恐ろしかったよ、いつバレるか」  クラウドが苦笑いする。周りの全部が自分を探す追跡者に見えて仕方が無かった。  エバンの顔も苦しくなっていく。 「ある程度成長して、外見から王子だとバレないくらい容姿が変わった後は冒険者として生計を立てながらなんとかその日暮らしをして……そんな折に酷く体調を崩したんだ。その間の記憶は朧気だ。気がついたら俺はこのレザルークのはずれで倒れていて、そこをマグノリア団長に助けていただいたんだ」  いつの間にか意識を失ったその時のクラウドが目を開けると、体格の良い女傑が心配そうに顔を覗き込んでいるのが見えた。とにかく酷い倦怠感と吐き気、痛みで意識は朦朧としたままで、マグノリアに肩を貸してもらったクラウドはそのまま自警団のアジトへと運ばれていった。 「ひどい怪我と熱で倒れた俺を自警団の皆は甲斐甲斐しく看病してくれた。最初はその恩を返すつもりで自警団に入ったんだが……居心地が良くてな。不安はあったが、もう私がその王子だとは気づかれないだろうと思いそのままこの街に住むことにしたんだ」  自警団への入団を希望したクラウドを、マグノリアを始め団員達は歓迎してくれた。警戒心を外しきれなかったクラウドだったが、それでもようやく心を若干落ち着けて過ごせる場所を得た事はありがたい事だった。やせ細っていた体も鍛錬と実戦、見回りやら等で歩き、しっかりとした食事も取りどんどん鍛えられていき、今では健康で立派な筋肉質な体格を手に入れていた。 「マグノリア団長は俺の過去は詳しく聞かないでいてくれたしな。訳ありだった事は察してくれていたらしい」 「そうだったのか……」  エバンよりもクラウドの方が早く団に入団していた為、その経緯をエバンは初めて知った。 「こうして自分の隠していた事を話すのは、どこかすっきりするものなんだな……」  クラウドが天井を見上げながら、ふう、と息を吐いた。その顔は少し憑き物が落ちたように晴れやかに見えた。  既に捨て去った過去が牙を剥いて来たが、それも解決し、その事を自身の大切な者に打ち明けた。もはや、クラウドが自身を強く律しすぎて苦しむ事はなく、思いのままに生きていける。クラウドは目を細めて窓から太陽を見た。 「エバンは? キリニネラの革命の後からどうしてたんだ?」  少しして、窓を見ていたクラウドの顔がエバンへと向く。次は自分の番だと察したエバンは、頷いてから深呼吸した。 「革命を起こした反逆者達は、確かに王族とか貴族を主に攻めたけど、中には一般の民に対しても略奪や虐殺を行う奴が少数だけどいて……そいつらから逃げてきたんだよ。追っ手が来なくなるまで必死に」 「……革命派も一枚岩ではなかったんだな」  クラウドは侍従に連れられて逃げるのに精一杯で、城での残虐な行いは目にしていたがそれが城下にも広がっていた事に心を痛めた。王都から脱出した際に見た炎に包まれた城と街の様子を思い出す。あの時、苦しんでいた無辜の民もいたのだ。そしてその一人であるエバンが今目の前にいる。  たまらなくなったクラウドはエバンの事を抱き締めた。エバンが肩を揺らす。 「うわ、どうしたんだよ」  驚いたが、エバンはクラウドの自身を抱き締める腕に手を添えて優しく微笑んだ。 「あの時、君達を助けられなかった自分を恥じている」 「……子供だったオレやお前には何も出来なかったんだ。お前だって逃げなかったら殺されてた。お前があの革命での事で責任を感じる事なんて無い」  クラウドはエバンの肩に顔を埋めて更に強くエバンを抱き締めた。肩が少し濡れた感触があった。 「そのままでいいから話続けるぞ」  クラウドが頷いた為、エバンは続ける事にした。 「最初はオレの両親も含めて数人で逃げてたんだけど……その道中で皆バラバラになるし、ひとりぼっちで倒れたオレは運良く孤児院に引き取られた。……いや良くなかったな」  エバンが表情を暗くする。左腕の火傷痕を右手でぎゅっと掴んだ。まるで熱を持ったかのようだった。 「そこでキリニネラ関係者だってバレたら酷いイジメとか迫害にあったんだ。キリニネラ、相当周りから嫌われてたんだな。そこで、火をつけられて……殺されそうになって、腕を焼かれたんだ」  ばっと顔を上げたクラウドの表情がエバンの痛々しい様子に苦渋に歪む。  何度も殴られ蹴られ痛めつけられて、苦しみうずくまっていた時に見えた強過ぎる光と熱。エバンは死を覚悟した事を思い出す。笑みのかたちに顔を歪ませた子供と大人。松明のようなものを、火を近づけられて、エバンは必死に抵抗した。しかし腕に火をあてられ、皮膚が焦げる匂いと熱さを通り越した痛みにエバンは悲鳴を上げた。死に物狂いで抵抗し、拘束が緩んだ隙になりふり構わずに走り出した。苦しい思い出しかない孤児院から逃げ出したのだ。 「逃げ出したけど、適切な治療を受けられなかったから腕に火傷痕がくっきり残ちゃって。それを見る度に思い出しちまうんだ。あの痛みと苦しみを。キリニネラの民だとバレたらまたこんな思いをすると思って、必死にそれを隠して逃げて逃げて……最後にレザルークに辿り着いたんだよ」  孤児院を逃げ出してからは自分を偽ってエバンも生きてきた。本当は自分に自信が無くていつも不安で倒れそうになるのに、自信家でのらりくらりと軽く、うまく何でもこなせるように見せかけてきた。その態度でうまく世を渡れたのも事実ではあるが、人の信頼を勝ち取れなかったのも事実だった。エバンはどこにも馴染めなかった為、転々と渡り歩いていた。 「君が団に入ってきた時の事は覚えている。口八丁で自分の長所を長々と語っていたな」 「アレ口から出任せもあったから今振り返るとお恥ずかしい……お金無かったし、どうしても収入源確保したくて」  マグノリアがいったいどういう判断でエバンの入団を認めたのかはエバン達には知る由もない。  しかし、クラウドは思う。鋭いマグノリア団長の事だから、きっとエバンの本質を見抜き団に留める事にしたのだろう、と。 「実はここにも長居する気無くてさ、誰も信用出来ないし、なんかオレ人とうまく打ち解けられないもんで……いずれ出ていこうとは思ってたんだわ」 「だから酒場の宿で部屋を借りていたのか。すぐに逃げられるように」  エバンが頷く。エバンが借りていた部屋には極端に物が少なかった。それはいつでも出ていけるように意図してそうしていた。 「でも、この街は……自警団の皆は良い奴ばかりで、離れがたかったのも事実だ」  エバンがふふ、と笑う。わざとらしく、いたずらっ子のようにクラウドの顔を見た。 「暫くクラウドの事は気に食わなかったけどなー」  クラウドも意地悪そうに笑う。 「……ははっ、私もだな」  同意されてエバンは少し目を開いて、またおかしそうに笑った。 「……ふふっ」 「ははっ」  そのまま二人してベッドに倒れ込んだ。クラウドがまた腕を伸ばしてエバンを抱き締めた。エバンもクラウドを抱き締め返した。 「今回の一連の騒動で一番変わったのは間違いなくオレ達の関係だな」 「違いない。取り柄が顔だけのあの男にそれだけは感謝だ」 「クラウド、静かにずっとヴェルダーにキレてるよな……」  憎しみを込めてここにいないヴェルダーへの恨み言を口にするクラウドにエバンが苦笑いをする。  クラウドが表情を変えてエバンを見た。 「で、だ。あの下劣な男のせいでただでさえ限られていた恋人期間が残り1週間となってしまったんだ。許せん」 「そ、そうだな」  今の自分達の関係についての話に移行した事に気がついて、エバンは緊張した。 「その事について話をしたいんだが……俺は、君のお眼鏡にかなったかな」 「元王子が元民にその言い方はちょっと……」  エバンは眉を下げたクラウドの顔をから少し目をそらす。 (答えはもう決まってるんだが……言葉にするのが恥ずかしい‼)  色々と考え、状況も変わり、クラウドが告白してきた時とは打って変わってエバンの心も決まっている。今ならエバンもクラウドにしっかりとした答えを返せるが、気恥ずかしさは拭いきれなかった。  ふと思いついて、時間稼ぎも兼ねてエバンは反対の答えだった場合の回答について尋ねる事にした。 「あのちなみに、オレが拒否したらどうするおつもりで……?」  間。  クラウドの目から光が消えた。エバンを抱き締めたままになっていた腕に力がこもる。エバンを決して逃さない強い意志が感じられる。 「あまり心が進まないが君と他の者の交友関係を今以上に徹底的に断とう。俺以外を見れないようにしよう、君の生活動作全て俺が管理しよう。そうすれば俺しか選択肢がなくなるから俺しか見ないだろう?」  クラウドの目は本気だった。吹っ切れたとは言え黒い執着心と独占欲が激しく、重いのは変わっていないのをエバンは再認識した。己を包み込むクラウドの腕がまるで牢屋の鉄格子に感じたエバンは少し肝が冷えた。 「ナチュラルに二度目の監禁宣言すんな怖いんだよ! 断んないから大丈夫……アッ」 「何⁉」  エバンはうっかりツッコミで口を滑らせてしまった。咄嗟に体を起こしてクラウドから逃げようとするが 「いや力強っっっ‼」 体格差は覆す事が出来なかった。抵抗虚しくエバンはクラウドの腕の中へと帰還する。クラウドの拘束をエバンが振り切る事は出来なかった。 「こ、この筋肉ダルマめ〜〜……!」 「褒め言葉として受け取っておこう。さあはっきりと答えを聞かせてくれ俺のエバン。さあさあさあ」  クラウドがエバンの顔をじっと見つめる。その勝利を確信した顔に少しイラつきを覚えつつも、エバンは視線の熱量で焼かれるように顔を真っ赤にした。 「…………き、だよ」  エバンが小さく発した言葉。クラウドにはそれが届き、これまでの人生で一番の笑みを浮かべた自信があった。  エバンは何度も口を開いては閉じてはを繰り返す。答えは決まってるからさらっと言えるだろうと思っていた目論見はだいぶ甘かったようだ。  一度目を閉じて深呼吸をはさむ。きっとクラウドはしっかりと受け止めてくれる、と自信を安心させるように心に言い聞かせる。 (少し、落ち着いたかもしれない)  エバンは目を開けた。クラウドは変わらずにエバンをまっすぐに見てくれていた。それに、嬉しさを感じた後に、意を決してエバンは口を開いた。 「オレも、お前が……クラウドが、す、………………好きだわ馬鹿‼」  勢いに任せて、照れも躊躇を何もかもかなぐり捨ててエバンはクラウドへの気持ちを叫んだ。 「ありがとう、エバン……!」  クラウドはあまりの嬉しさにエバンの両頬を包み、その唇へと自分の唇を重ねた。 「まっ、んむむっ」  急に口を塞がれたエバンが抵抗するが有頂天になっているクラウドの動きを制しきれない。  クラウドの舌がエバンの下を巻き込み、上顎をなぞり、口の中を存分に味わっていた。 「ん〜〜〜〜‼」  空いている両手でエバンはクラウドの肩や胸を何度も叩く。まだ口づけをしながらの呼吸を習得していなかった為苦しくて堪らないのだ。しかしクラウドは喉で笑うだけでずっとエバンの口の中を蹂躙し続けた。  ようやく口を離された時、エバンは息も絶え絶えになっていた。ベッドに仰向けに横になり息を整えている。 「こ、この野郎……っ、窒息死させる気か……!」 「俺がそんな事させる訳ないだろう。ハハッ」  ベッドに上体を起こして座っているクラウドはずっと嬉しい気持ちを溢れさせている。表情が明るい。いつになく興奮しているその様子を呼吸を整えながらエバンは見ている。 「テンション……たけぇなおい……」 「俺は今幸福の頂点にいるんだ。浮かれて当然だろう」 「! はー……、ふう。しょうがないなあ」  エバンもエバンで嬉しさは同じだ。呼吸も落ち着いてきたらその口角は幸せそうに上がっている。期間限定ではなく、しっかりと想いを伝え合った二人は今は世界の事は忘れてお互いの事だけを考えていた。上機嫌になるのも当たり前だった。  クラウドはベッドから降り、床に片膝をつけて座り込んだ。その動作に疑問を持ったエバンが上体を起こしベッドに座ると、クラウドはエバンの手を取り、いつの日かのように口元へと運んだ。  王子というよりはまるで忠誠を誓う騎士のような動作にエバンは目を見開いた。様になっているその様子に頬を染める。 「正式に俺と恋人になって、いずれ伴侶になってくれるという事で相違ないな?」  クラウドが真剣な表情でエバンを見上げた。エバンが目を見開く。  エバンは輝かしい笑みを浮かべ、力強く頷いた。 「勿論! オレの人生全部クラウドにやるから、クラウドの人生も全部オレのものだからな。覚悟しろよ」  幸福な笑顔を浮かべたクラウドは、エバンの手の甲に口付けた。そうしてエバンの手の甲を自信の額に当てて目を瞑る。このやり取りを記憶に確実に残せるように、祈った。  ちょうど一番眩しい時間帯の太陽の光が、二人を祝福するように照らしていた。夜とそこに輝く月は太陽の祝福を受けた。風で揺れたカーテンがそれを更に彩っていた。 「にしてもさ、同じ国で生まれた王子とただの民が国が滅んだ後二十年の時を経てこんな辺境の街で知り合って……恋人になるってどんな巡り合わせだよ」  エバンの言葉にクラウドは同意し、幸せそうに微笑んだ。 「運命的で、劇的で、融和的で……俺達はどんな道筋を辿っても合わさる宿命だったんだ。俺はそう信じているよ、君は俺だけのものだ。俺の希望の月よ……」  陶酔した蠱惑的な表情で、クラウドはエバンの頬を包み込んだ。  ◆ 「という事でエバンと付き合う事になりました。修繕ついでに家を広くして二人の新居にするのでよろしくお願いします」 「よ、よろしくお願いします」  後日、二人は自警団の皆に報告をした。 「あ、ハイ…………いやいやいや! 何⁉ どういう事だい⁉」 「ふぁ〜〜……」 「マイケル先輩口から魂出ちゃってるよ……」 「だと思った〜。ってか逆に今まで付き合ってなかったん?」 「祝福しますわ。なら修繕費兼増築費も弾みませんと!」 「いやいやいや修繕費だけでいいですよ! 増築は二人で決めた事ですし!」 「私の実家が太いのはこの時の為でもありましたのよ、お任せください」 「シンディのやる気がすごい……」  自警団の皆は驚きつつも二人を祝福した。和気あいあいとした空気は事件を経ても変わらずに自警団に流れている。  二人はこれからの日々に思いを馳せて、団の皆に囲われながら笑い合った。

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