3 / 15
01-03.川と飛び石
道なのかそうなのかよく分からないその場所を進んでいくと、木々の間から差し込む光が少しずつ強くなった。
水の音も近い。さっきまで葉の向こうで鳴っていたはずなのに、今はもう足元から響いてくるみたいだった。
道を塞ぐように張り出していた枝を腕で押し退ける。
その先で、急に視界が開けた。
「……おお」
思わず声が出た。
川が流れていた。
大きな川ではない。
向こう岸はすぐそこに見えたけど、水は思っていたより速く流れている。
日差しを反射して、表面が細かく光っていた。
近づくと、底まで見える。
丸い石や細長い石が重なって、その間を水がすり抜けていた。
浅そうに見える場所もあれば、岩と岩の間だけ急に水の色が濃くなっているところもある。
流れに削られて、そこだけ底が深くなっているように見えた。
水の匂いが鼻先を掠める。
用水路よりずっと冷たくて、少し泥っぽい。
さっきまでまとわりついていた草の匂いが薄くなって、その代わりに湿った匂いが鼻に入る。
しゃがんで、指先だけ川へ入れた。
「つっめてえッ」
思ったよりずっと冷たかった。
手を引いて、指についた水をズボンで拭く。
じんじんするくらい冷えた指先が、少し気持ちいい。
ここまで来たし、川も見た。
もう戻ってもいいか?
そう思って視線を移すと、向こう岸には白い石が積まれていた。
石というより、何かの跡みたいだった。低い石垣にも見えるし、崩れた祠にも見える。
木の陰に半分隠れていて、ここからだとよく分からない。
別に見たいわけじゃない。
ただ、何なのか気になっただけ。
少し近くへ行けば分かる。
手前には、大きくて平たい岩があった。
日に焼けた表面は白っぽく、端の方には苔がついている。
その先には、誰かが並べたみたいに岩が点々と続いていた。
川の真ん中には、平たい大岩が水面から突き出ている。
飛び石。
向こう岸まで完全に繋がっているわけじゃないけど、行けそうだった。
少なくとも最初の何個かは、普通に渡れそうに見える。
落ちるような距離でもないし、川だってそこまで深くは見えない。
立ち上がって、平たい岩の上へ乗った。
靴底が少し熱い。
さっきまで暗い道を歩いていたせいで、開けた場所の明るさが目に刺さった。
「………」
最初の石までは、半歩くらいだった。
これなら余裕だ。
足を伸ばして、右足を乗せる。
石は見た目より丸くて少しぐらつく気がしたけど、体重を掛けても動かなかった。
いける。
左足も移す。川の真ん中までは、まだ遠い。
川の上だけ風が通っている。
濡れた匂いを含んだ風が、汗ばんだ首筋を冷やした。
振り返ると、さっきまでいた大きな岩がすぐ後ろにある。ここなら戻ろうと思えばすぐ戻れる。
大丈夫。問題ねえ。
次の石は、少し離れていた。
跳ぶほどではなくて、片足を伸ばせば届く。
水が石の間を速く流れている。次の石との間だけ、川底の色が濃い。
透明だから浅く見えていたけど、近くで見るとそこだけ急に底が落ち込んでいるようだった。
一瞬だけ足が止まる。
でも、ここまで来て一個渡っただけで戻るのも馬鹿みたいだ。
向こう岸の白い石は、あと少し進めばもっとよく見える。
そのまま次の石へ足を掛けた瞬間、靴底がぬるりと滑った。
「っ」
咄嗟に腕を広げる。
身体が横へ傾いた。片足は次の石に乗ったまま、もう片方は元の石を離れている。
戻ろうとしても、踏ん張る場所がない。
水音が急に大きくなった。
さっきまでただの川だったのに、落ちたらそのまま引っ張られるような気がした。
やばい。
そう思った時には遅かった。靴底が完全に石から外れる。
身体が宙に浮いた。ほんの一瞬のはずなのに、妙に長く感じる。
川の光が目の前で揺れる。
落ちる。
そう思って反射的に目を閉じたのに、腕を掴まれる感覚に思わず見開く。
「……ッ!」
落ちるはずだった身体が、引かれる。
肩が痛むほど、強い力だった。
足元は空を掻いて、靴の先だけが水へ触れた。冷たさが一瞬だけ染み込んで、それから身体ごと岩の方へ引き戻される。
膝を石へぶつけた。
痛い。
でも落ちていない。
「いって……」
息を吐きながら、掴まれた腕を見る。
細い指が、俺の手首へ食い込んでいた。
白い手だった。
日に焼けていないどころか、ずっと水の中にでもいたみたいに色が薄い。
知らない手。
じいちゃんじゃない。
大人の手でもない。
顔を上げた。
そこに、誰かいた。
ともだちにシェアしよう!

