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01-04.お面の子
俺と同じくらいの背丈だった。
少しくすんだ白っぽい服を着て、飛び石の脇の浅瀬に立っている。
祭りの時に着るような、甚平に似た服だ。でも柄も何もないから派手さはない。
ズボンは薄い藍色で、膝下くらいまでの丈だった。
膝より少し上まで水に浸かっているのに、濡れているようには見えない。足元はスニーカーで、何だかちぐはぐな姿だ。
顔には、白い面がついている。
狐でも天狗でもない。人の顔に近い形をしているけど、目も口も妙に静かで、子供みたいにも大人みたいにも見える。
片方の頬に、青い花と蔓みたいな模様が描かれていた。多分朝顔。花の名前なんて詳しくないから知らねえけど。
何となく、笑っているようにも見える。
でもやっぱり怒っているようにも見える。
どっちなのか分からない。少し不気味な面だった。
そいつは俺の腕を掴んだまま、何も言わない。
「……離せよ」
助けられたのは分かっていたけど、素直に礼を言う気になれない。
転んだところを見られて、不貞腐れるような気持ちがあった。
人が躓くところ、勝手に見てんじゃねえよ。
何となく、弱みを握られたようで嫌だった。気に食わないもんは気に食わない。
最初に出た言葉がそれだったのは、必然だ。……ちょっと悪いとは思わなくもねえけど。
そいつは少しだけ首を傾けた。
「離したら落ちる」
声は思っていたより、大人びていた。
俺より明らかに低い。面をつけているせいで籠もって聞こえるけど、それでもまだ子供だと分かる声だった。
「もう落ちねえよ」
「まだ危ない」
「危なくねえって」
「危ない」
言いながら、そいつは俺の腕をもう一度引いた。
膝をついたまま、身体が岩の中央へ引き寄せられる。
慌てて反対の手をついたせいで、手のひらに細かい砂が食い込んだ。
「いってえな!」
顔を上げて睨む。
白い面が、まっすぐこっちを向いていた。
目の穴は細くて、中が見えない。それなのに見られているのだけは分かる。
なんか腹が立つ。
「助け方下手くそかよ」
「落ちるよりいい」
「もっと普通に引っ張れただろ」
「普通が分からない」
「はあ?」
そいつは俺の手首から指を離した。
掴まれていたところだけ、妙に冷たかった。強く握られていたはずなのに、赤くもなっていない。
俺は手首を擦りながら立ち上がった。
膝は痛い。ズボンには泥がついている。靴の先も濡れていた。
最悪だ。
本当は別にこいつのせいじゃないけど、何となくこいつのせいにしたくなった。
八つ当たりだ。知ってる。でもムカつく。
「お前、誰だよ」
返事はなかった。
そいつは川の中に立ったまま、少しだけ顔を上げた。
面が日に照らされて、白く光る。
「聞いてんだけど」
「誰でもない」
「そんなわけあるかよ」
「ある」
「ねえよ。名前は」
「ない」
「は?」
また意味の分からないことを言う。
名前がないやつなんているわけがない。
近所の子供がふざけているのかと思ったけど、こんな面をつけて川に立っている時点で普通の子供でもなさそうだった。
「親につけてもらうだろ、普通」
「親はいない」
「……死んだの」
聞いてから、少しまずかったかもしれないと思った。
でもそいつは気にした様子もなく、淡々と返ってくる。
「いない」
「だから、それが死んだってことなのか聞いてんだよ」
「違う」
「じゃあ何」
「最初からいない」
なんだそれ。
意味が分からない。
分からないけど、これ以上聞いてもまともな答えが返ってこない気がした。
「じゃあ、なんて呼ばれてんの」
「呼ばれない」
「誰にも?」
「うん」
「友達とか」
「いない」
「……お前、ぼっちなの」
そいつの首が、また少し傾いた。
「ぼっち?」
「友達いねえ奴」
「お前はいるの」
「いるし」
即答した。
何人いるのか聞かれたらちょっと困るけど、いる。少なくともこいつよりはいる。
「いる。ふうん」
そいつは、俺の言葉を口の中で転がすみたいに小さく繰り返した。
馬鹿にされた気がして、また腹が立つ。
「なんだよ」
「べつに」
「名前ねえと呼びにくいんだけど」
「呼ばなくていい」
「はあ? 助けたくせに帰れってこと?」
「帰った方がいい」
「なんで」
「ここは、お前が来るところじゃない」
「さっきから何なんだよ。じいちゃんみたいなこと言いやがって」
そいつは黙った。
面のせいで表情は分からない。
でも、少しだけ困っているように見えた。
本当にそう見えたのか、俺が勝手にそう思っただけなのかは分からない。
「名前がねえなら、俺が適当につけてやるよ」
「どうして」
「呼びにくいから」
「呼ばなければいい」
「うるせえ。もう決めた」
何にする。
そう考えて、周りを見た。
川。木。石。蝉。
どれも名前にするには変だった。
「………」
考える間にも、じわじわと汗が滲んで、背中を伝って落ちていく。
暑い。
汗で服が身体に張りついて気持ち悪い。
空は明るくて、葉の匂いが濃くて、川の水だけが冷たい。
ここに来てからずっと、何もかもがうるさくて鬱陶しかった。
でも、目の前のこいつはそのどれとも違う。
変で、意味が分からなくて、腹が立つ。
それなのに、さっきまでより退屈じゃない。
田舎に閉じ込められる、つまんない夏がはじまるのだと思った。
でも、今は何となく、思っていたよりもマシな夏になる気がする。
夏。
そうだ、ナツ。
「ナツ」
思い浮かんだ単語が、そのまま口から出た。
そいつが動きを止める。
「なつ?」
「お前の名前。ナツ」
「どうして」
「今、夏だから」
「それだけ?」
「悪いかよ。嫌なら自分で考えろ」
「嫌じゃない」
返事が早かった。
少しだけ面食らう。
そいつは白い面をこっちへ向けたまま、もう一度ゆっくり言った。
「ナツ」
自分の名前を確かめるみたいな声だ。
面の奥で、何かが笑った気がした。
「……なに」
「呼んで」
「は?」
「もう一度」
なんで俺が。
そう思ったけど、妙に真剣な声だった。
仕方なく、もう一度その名前を口にした。
「ナツ」
川の上を風が通った。
木の葉が一斉に揺れて、蝉がまた近くで鳴き始める。
そいつはしばらく黙っていた。
それから、少しだけ嬉しそうな声で返した。
「うん」
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