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アネモネ外伝-終末世界御伽忌憚-いつかの日々 後半プロローグ①

 郁が泣きながら、目を覚ますとそこはいつもの住居だった。  年数経過でくすんだ天井。  ふたりで寝るには少し狭いベッド。  ゆぅっくりと思考が覚醒してくる。 「あれは、過去の……」  たまに、こうして過去の嫌な出来事を夢に見る。  僅か数十年程度しか生きていないが、郁の辿ってきた道はひどく残酷で血にまみれていた。あるいは、常に何者かに脅かされてきたように思う。  ふと、右横に視線をやると望月がくうくうと眠っていた。  胎児のように身を丸めて、あどけない寝顔を見せている。 (あれ、今っていつだ……?)  郁の頭はしどろもどろになっていた。  望月が眠りについたのはいつのことだろう。 “あれから、彼は目を覚ましたのか“  今や、郁の思考はまとまりに欠けており、冷静な判断ができなかった。 (このまま……このまま……望月が目を覚まさなかったら……どうしよう……)  郁の頬を幾筋もの涙が伝っていく。  過去と現在、夢と現実が混同し、いろんな絵具を塗りたくったキャンバスのようにぐちゃぐちゃになっていく。 「郁……もしかして、泣いているの?」 「望? 起きたのか……? もう起きて大丈夫なのか?」  郁は、壊れた人形のように滂沱と涙を流していた。  そのまま、小さな鼻先を細い頸に埋めた。  望月はうっすらと微笑んだまま、されるがままだ。 「望の匂いがする。望、どこにも行かないで。ここにいて。俺をひとりにしないで」 「僕はどこにも行かないよ。ずぅっと郁のそばにだけいる」 「ちゃんと、ここにいてくれる……?」  郁は、震える手を伸ばすと望月に抱きついた。 (僕は知っている。郁が何を犠牲にしたのか。その過程で郁がどれほど傷ついているのか)  望月は、静かに涙を流す郁を受け止めながら、そう思う。  あまりにもこの美しい狼は傷つきすぎた。  まだ、望月は郁の過去を全て知っているわけではない。  それでも、望月が知っているかぎりでも彼の払った犠牲は大きい。  望月を守りたい――その想いからの自己犠牲だとは分かっている。  望月自身、郁に守られてきた。  だが、彼の行動原理は大切な者を守るためならば自己犠牲はいとわないというあまりにも自分を粗末にしたものだ。  糾弾する気はないが、到底、許容できることではない。  だが、それを否定したら――きっと、郁は壊れてしまう。 「ねえ、郁」 「なあに?」  涙できらきらと光るアレキサンドライトの瞳が無邪気に望月を捉えた。 「――僕は、もえぎじゃないよ」 ……郁は、何も答えなかった。

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