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第一章 悪霊退散依頼 1

 あんな、コケコッコの顔したおばちゃんがぼくのおとなりにおんねん。ううん、ママとちゃう。しらんおばちゃん。ずっとまえからおんねん。  そんでな、ちょっとまえにな、ぼくいっつもおかし買うおみせのおとなりが火事になってん。おみせのおばあちゃんはおけがせんかったよ。でもな、おとなりのおっちゃんがおけがしてもうたんやって。いたかったかな。  そしたらな、夜になったらな、しらんおっちゃんがぼくのおとなりでいたいいたいって泣いてんねん。なんかな、燃えてたからいたいんかなっておもてパパとママに教えたったねん。うん。おっちゃん言うてたよ。じこやない、ころされたんやって言うてた。    ぼく、ようちえん行かんとあかんのに、おっちゃんずうっとぼくのおとなりでいたいいたいって泣くねん。そんでじこやないって言うねん。やからパパとママにもっかいおねがいしたん。おっちゃんびょういんへつれてったげてって。そしたらおっちゃんはこんようになったよ。びょういんへ行ったんかな。  でもな、ようちえん行くとこの橋のとこにおるちがうおっちゃんはな、まだまいにちそっから下にポーンっておちていくねん。きのうもおちてたよ。きょうはな、ようちえんおやすみやったから……あ! ぼくきのうそつえん式やったんや! つぎはな、がっこういくねんで! おじいちゃんらもランドセル見せてほしい? じゃあこんどもってきたげるな。    でもいっつもでんしゃとおるとこにおる子とは会えんようになるやろ? やからきのう言うたん。ぼくおひっこしするねんて。そしたらな、その子がな、さいごにあそぼ。って。そやからパパとママにあそんでもええ? ってきいたよ。でもあかんって言われてん。すぐ車でここ来たよ。コケコッコのおばちゃんはぼくのおとなりにすわっていっしょに来たよ。ううん、ここにはおらん。かいだんのとちゅうでおらんようになった。  しゅぎょう? しゅぎょうってなに? ううん。ぼくはな、おっきなったらな、カイシャインになってまいにちでんしゃ乗るねん。    まいにちでんしゃ乗ってな、まいにちカイシャ行くねんから!       第一章 悪霊退散依頼      あのあと九条と早坂はこれからよろしくの意味を込めて缶コーヒーでの乾杯からあり余る清酒に切り替え、明け方まで飲み明かした。畳の上にソファーが置かれた名ばかりのリビングは、居心地が良くていつもの倍以上は杯が進んだ。第一印象が胡散臭いばかりだった早坂は天然な上に気のいい明るい男で、日本酒のソーダ割りを五杯ほど飲み干したあと、「俺ははやさかふうし三十五歳! 俺のことは『フーシ』って気軽に呼んで」と屈託なく提案してきた。そして「九条さんは苦労したんやなあ」と繰り返すだけのロボットとなり果て、急に電源が切れたように寝落ちてしまった。  適当な布をかけてやって九条も畳に寝転ぶ。閉め切ったリビングの空気が澄んでいる気がするのはまだ夜は肌寒い季節だからか、ここが寺だからなのか、それとも早坂がいるからなのだろうか。  濡れた女の件が解決するまでは、早坂が代理を務める寺に泊まらせてもらえることになった。怖いからどうにかしてここに留まるつもりだった身には拍子抜けだったが、よくわからない出会いをした怪しい男を気軽に宿泊させてくれる理由は「ここが寺であるから」らしい。  ありがたくお言葉に甘えるとして、濡れた女がなぜ九条の前に姿を見せたかは知りたかった。この女だけではなく、昔から自分にだけ見える人ではないものたち。そういったありとあらゆる化け物から守ってくれていたじいちゃんは、あんなものに理由を求めても無駄だと言っていた。それは間違っていないと思うし、自分の身を守るためには無関心がいちばんだ。けれどこの特異体質と一生付き合うのにも疲れてきている。濡れた女も今までの化け物と変わらず話の通じる相手ではなかったら早坂にぶちのめしてもらえばいいだけだ。  今回の濡れた女の解決策としては、早坂からこう提案があった。   「今回は一緒に仕事するんやなくて俺にお祓い依頼してくれへん? 九条さんが言うほどの力がほんとに俺にあるんかちゃんと確かめてみてほしい」  早坂のような軽快に動く怪異清浄機が目の前に現れたのは幸運だった。特に理由を求めずとも蹴散らせてもらえるのはかなり都合がいい。なんとなく気分が良くなってそのまま目を閉じた。  翌日、急きょ借りたシャツと靴下、近所のコンビニで購入した下着を身につけ、早坂の運転する軽トラで出社した。近くで年忌があるから、と気軽に送ってくれた早坂は帰りも迎えに来てくれるという。ならついでに昨日迷い込んだストリートに一緒に行ってもらおうかと考えた。今日は昼前から会議で、外に出る予定は今のところない。社内でおとなしくしていれば濡れた女が現れることもないはずだ。    だがそんなお気楽気分が吹っ飛んだのは、会議が始まって数十分後のことだった。プロジェクターが突然白煙と唸り声を上げた後ピクリとも動かなくなり、全員分の資料をコピーする騒ぎになった。半年ほど前に購入したばかりの備品だったはずなのに、とプロジェクターが映していた白い壁を見ると、見覚えのある赤いカーディガンが薄っすらと映っていた。およそ一日ぶりの再会だ。  まあ昨日のしつこさを考えたらそう簡単に九条から離れるはずはない。  こうやって機械の動作が不安定になるのは化け物出没あるあるだ。理由はわからないが、こんなことがあるから自宅にテレビは置いていないし、仕事にどうしても必要な携帯電話を持っているくらいだ。九条が使う腕時計も指針のみのシンプルなもののみである。  さて、会社が入るビルから出たらすぐにあのストリート行だろう。夕方迎えに来てくれる早坂にパーキングの中まで入って待ってもらえるよう連絡した。    さあ、怪異清浄機がやってくる。そしたらおまえは塵になって消える運命やな。  ぶらぶらしている片足のサンダルは見て見ぬふりをした。

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