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序章 憑かれすぎ男と無敵の偽物霊媒師 終

 だがどうしようか。  周囲の理解が深かったからこそ、わが身が年季の入った霊媒体質であるなどとは今まで吹聴してこなかった。  この男が詐欺師ならここぞとばかりに営業されそうだが、そうなったらこちらが警察に突き出すまで……そんなことを頭の中でシミュレーションしていたら、目の前の男が一層目を潤ませながら「警察に言う?」なんて言い出したから、心の声が漏れ出したのかと焦った。   「いきなりそこまでは……ってことはほんまに見えてへんってこと?」 「……うん、あでも坊主ってのはほんと。……逃げへんから場所変えてもええかな」 「あっそうや! お兄さん俺をこっから連れ出して!」  なんや迷子やったんや、と、怪しい坊主はちょっと場違いなくらい無邪気に笑ってみせた。      クーラーボックスを荷台に移動させた坊主に促されて助手席に納まった。  あっけなく表通りに出て、九条は今日いちばんの安堵の息を吐く。古めかしいミッション仕様の軽トラックのシートは鋼鉄のごとき硬度で、車内も凄まじいエンジン音で互いの声が聞こえない。  とりあえず車を停められる場所を探してふたりは無言のままでいた。    ちらりと運転席の坊主を伺う。  有髪で襟足はさっぱりと整えられていて、それとはわからないくらいのソフトツーブロックの上には緩やかなウェーブのかかったトップ部分が柔らかに落ちている。法衣でなければ僧職とは思えない。  ギアに置いている左手の手首には黒檀の腕輪念珠をつけている。大きな玉と玉の間にきらりと小さな粒が光っているように見えた。  暗くてよく見えないと少し顔を近づけたら突然目が合ってしまう。左折するためこちらを向いたらしい。恥ずかしくて目線を下げたが、サイドブレーキを引いた音を確認して少しだけ姿勢を正した。   「ここ。この道の奥見える? あそこがうちの寺」 「へえ。あそこのご住職なんすか」  坊主は視線を逸らすように、そう。と軽く頷いた。 「正しくは代務やけど。……まあええわ、本題な。見えるかどうかって話、俺はなんも見えんし気配もわからん」 「……詐欺師か」 「そう言われてもしゃあないけど理由はあんねん。俺な、お化けとか見たいねん、ってか見えなあかんねん」 「どういう……それとさっきのお祓いもどきとなんの関係があるん。厄払いビジネスやとしたらはっきり言うて詐欺っすよ」    わかってる、と言いながら車を降りた坊主を追いかけた。いつのまにか寺の駐車場に入っていたらしい。  隅にある自販機から缶コーヒーを買って九条にも投げてくれる。熱い缶を持て余しながらベンチに座った坊主の隣に腰かけた。思ったより距離が近くて気まずかったが今更座り直すのも億劫だ。 「自分、早坂っていいます」 「え? あ、名前? 突然ご丁寧にどうも……僕は九条と申します」  名刺を差し出すと早坂は仰々しく受け取る。唇がりくと、と動いたように見えた。   「くじょうりくさん? 芸名?」 「なんでやねん! ……すみません思わず。くじょうりくと、本名です。えっと話の続きを」  頷いた早坂は、警察行く前にひとつ教えて、と九条の顔を見つめた。 「九条さんは俺に見えてへんやろって断言したよな。なんでそう思たん?」 「……お稲荷さん。あそこちゃんと祀られてるものおったから。だから早坂さんは見えてないんやろなって」  そう伝えると早坂はそうやったんや、としばしぼうぜんとしていた。   「でもそれって、九条さんってもしかして見える人なん?」 「信じてくれんでもええけどそう。そんで俺は別に通報する気はないんですよ。早坂さんに頼みがあるんです」 「……お金もそんなにないねん」 「違うから! ちょっと聞いてくださいって……俺今日ヤバいお化けに付きまとわれて久々ヤバかったんです。けどそいつ早坂さん見てビビってどっか行ってもうて……そんであの家な、あそこにもヤバいのおったんやけどあんた見て逃げようとした。そんでぶつかられて消えてったねん。やからなんかそんな力あるんかなって思てたんやけどまさかの天然やったんやな」  説明する九条の口元を、早坂は真剣に見つめていた。 「俺が? 俺がお化けをやっつけたん? どうやって?」 「それを知りたいんですけど」    天然で悪霊を退散させる凄腕のこの男は性格も相当天然らしい。首を右に左にかしげながらどうやったんやろと呟いている。  静かな住宅街には人でないものも多くいるのだろうが辺りは静謐だった。おそらくは早坂がいるからだ。呼吸をするだけでも悪いものには脅威なのかもしれない。 「まったくわからん。俺は見てのとおり坊主やけどそっち方面さっぱりやねん。悪霊祓いとかは修練のつもりでやってる。こなしたらいつか見えたりするんやないかって……お金はその、お気持ちやから……もう二度と金銭のやり取りはせえへんし。けどこれからもやらせてもらえんかな。お願い」  早坂は必死だった。悪霊祓いになぜそこまで情熱を傾けようとするのかは謎だが、通報されようが詐欺行為をやめる気はないらしかった。   「まあ持ち掛けたんは詐欺かもしれんけどさっきの人も結果的にハッピーみたいやったしな。そこらへん追及する気はないです。頼みってのはここからなんですけど。早坂さん、その仕事俺も一緒にやったらあかん?」 「九条さんと? けどそしたら俺が足手まといになるやろ」 「そんなことない。言うてるとおり俺は昔からいらんもんばっか見えるし取り憑かれる。けどそいつらをどうすることもできへんから黙って耐えてあきらめてもらうしかない。けど今日みたいな女はあきらめてくれる前に先俺に限界が来そうで……お願いします早坂さん、俺が誘導するからまた悪霊退散南無阿弥陀仏やってください!」 「改めて言うんやめて、なんかすっごい恥ずかしいから。え、なあ、その女って今はおらんの?」 「おらん。けど姿隠してるだけや。早坂さんと離れたらきっとすぐ俺のとこ戻ってくると思う」  早坂がごくりと喉を鳴らした。 「九条さん、今までようやってきたんやな……見えるってのも大変ってわかった。けど俺はどうしてもお化け見たいねん。見えなあかんねん。不謹慎やろけどあんたとおったらいつか見えるかもしれん。やからええよ、」  九条さんの言うとおり悪霊退散する。代わりに俺がお化け見えるようになるまで付き合って。  早坂の提案に賛成の意を込めて、乾杯するようにコーヒーの缶を持ち上げる。少しだけ触れた乾燥した互いの指先にびりりと静電気が走り、そして火花みたいに弾けて消えていった。 「第一章 悪霊退散依頼」へ続く 第一章は9月8日(火)21時〜スタート予定です

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