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第二章 都市伝説の作り方①

 なんでわかるんすか? 俺……ぼくの実家はおっしゃるとおり寺です。けどぼくは坊さん向いてないなって。じい……祖父も父もすごい人なんですけど。なんでかぼくには才能がなかったみたいです。    才能っていうのはあれっすよ、なんか誰かを助けられるっていうか誰かのためになるっていうかそういう感じのあれです。うちにはいろんな悩んでる人がふたりのとこに訪ねてきてて……そう、なんていうか霊とかそういうのに悩んでる人なんかが。  ぼくはそっち方面まったくで何の役にも立てんと……そうなんかな。でもやっぱり自信がないっていうか……跡継ぎ? いや、うちは古い寺やけど世襲ってわけでもないんで。祖父の前の人もその前の人も血縁ってわけやなかったし……そうです。跡を継ぐ継がんで揉めたことなんかいっかいもないし寺から出てけなんて言われたこともない。  ただじいちゃんも親父もぼくが同じ仕事するんは賛成って感じやなかった。なんでやろ、なんでやと思います? どんだけ考えてもわかれへん。    やからぼくに才能がなかったからなんかなって。  あの日からずっとそう思てます。     第二章 都市伝説の作り方    目覚まし時計がピピピと三回鳴って、九条陸(くじょうりくと)は目を覚ました。  古い木造の一戸建ては朝晩まだまだ冷えるが爽やかだ。掛け布団を蹴って起き上がりカーテンと窓を開ける。すぐ傍にある木は雀のねぐらになっているらしく毎朝ピイピイとやかましい。一斉に飛び立つ大群を見送って伸びをした。まだ少し暗いが今日も晴れそうだ。  工場跡で濡れた女を見送ったあとから、住職代理のお誘いで寺に仮住まいしている。  「慈眼幽院」というのがこの寺の名前だ。住職代理曰く「じげんゆういん」と読むらしいが、大の男がふたり住まうには不似合いな神秘的な名前だ。  だが名前はともかく実際生活するのはよかった。忙しさにかまけてさぼっていた所謂「修行」を寺なら毎日スムーズに行える。毎朝五時起きで座禅と作務――要するに掃除洗濯簡単な料理を二時間で済ませ会社に行く日々を送っているのだ。  もともと住んでいたアパートはあとわずかな更新時までそのままにしている。出勤前に立ち寄って郵便物を確認したりする忙しい日にも慣れてきた頃だった。  九条に下宿を持ちかけた住職代理である早坂楓士(はやさかふう)は、特に忙しくもない日は六時くらいに起き出してくる――僧侶としてはあまりにもだが、九条に文句を言う権限はない――気配を感じたらパンをトースターに放り込んで電気ケトルのスイッチを入れておく。  そうしておくとキッチンにやってきた早坂があとは勝手に食ったり飲んだりしてくれるのだ。ちなみに朝は食べない派の九条は身支度を整えてからコーヒーだけ飲んでいる。そして七時半になったら炊飯器のスイッチを入れて、「ふうちゃん、行ってきます!」と寺を出る。  平日のルーティーンは大体こんなものだが、男ふたりにしては異様に洗濯物が多いときがあるのと、朝五合し掛けていった米が、帰ってきた頃にはきれいになくなっているのが気になるといえば気になる。しかし特に苦情を言うことでもないのでそのままにしている。よく汚しよく食べるのはいいことだ。    門前の広い駐車場にはドリンクの自動販売機とベンチ、早坂の軽トラックがある。たまにこの軽トラの真横にギラギラ輝くタマムシ色の小さな車があるが誰のものかはわからない。2ドアの左ハンドルはおしゃれではあるのかもしれないが、狭すぎて酔いそうだなといつも思う。今日はないな、となんとなく確認して駅へと急いだ。  今年の春も特に大きな異動もなく、九条は平和に仕事にまい進していた。  自分の特異体質がなければ特に悩み事もなく生活できているが、今日に限っては最悪だった。目の前のパソコンがファイルを上書きした瞬間大きな唸り声を上げ始め、次には鎮まりかえる。古い機械はこれだから困ると、たたいたり撫でてみたり最終的に再起動してやっと復活したときはもうフロアから人が消えていた。  正午を十五分ほどこえており食堂も隣のコンビニもいちばん混雑する時間だ。どうするかと考えたところで固定電話が鳴り響いた。外線音だ。法人担当の一課にランチ時に電話をかけてくるなんておそらく緊急事態だと急いで受話器を上げるが、それを耳につける前に相手が話し出しているようで、遠くで微かに男の声が聞こえた。 『……くの、今……――に……す』 「はい。えーと、少々お電話が遠いようで……」 『まだ……とお――、えき……で――ああ、はいはいはい、……あなたはご存じですか? そこに行きたいので場所を教えてもらえますか?』 「お約束ですか? 担当の氏名を……あれ、切られてもうた」  後半だけ電波は復活したようだったが急にぶっつりと切られてしまった。もしかしたら途切れたのかもしれない。今どきアナログなホワイトボードを見るが、ランチミーティングや来客予定の担当はひとりもいない。  五分待ったが折り返しはなく、チャットに連絡を入れて一応ホワイトボードにも『謎の電話あり。来社予定?心当たりあればお願いします。12:10 九条』と書いて、昼飯を手に入れるために席を立った。    結局選んだのはコンビニだ。おにぎりの棚は全滅で、仕方なく菓子パンを数個購入する。温かいチキンがひとつだけ残っていたのは幸運だった。外で食べるにはいい気候だ。そのうち暑さで外に出るのも億劫になる季節がやってくるから、その前にピクニック気分でも味わうかとベンチに腰を下ろした。同じ考えの人らは多いらしくどこのベンチもテーブルも人で埋まっている。ビニール袋を持ったスーツの男が九条が座るベンチに近づいてきたので端に寄った。  天気もいい。目の前をスズメがちょんちょんと跳ねていた。こいつはもしかしたら朝出かけていった雀の大群の中にいたやつかもしれない。心の中で今日何時ごろ帰る? なんて聞いたところで隣の男がパンのくずをまいた。すると待ってましたとばかりに大きな鳥が数羽舞い降りてくる。    ――鳩だ。ハトが少し離れた場所からこちらに向かって歩いてくる。    九条は昔からハトが苦手だった。ハトに限らず歩いて移動するような鳥が得意ではない。頭を前後に揺らしながら移動するのを見ていると気分が悪くなってくる。友達が飼っていたきれいなインコも、小さい頃家の近くにいたニワトリも直視できたことがない。ハトから目を逸らして跳ねるスズメだけ見つめていたが、横からハトが迫ってくるのが見えた。    今からあのハトに喰われるのかもしれない。怖い、が今立ち上がったら刺激してしまうかもしれない。どうする、どうする。首をガクガク揺らして近づいてくるあの鳥が恐ろしくてたまらなかった。――ふうちゃん。ここに早坂がいたら背中をぽんとたたいてくれるかもしれない。ふうちゃん、と小さく声にしてみたら目の前のスズメが大きく跳ねた。そして一度九条の靴先に乗り、勢いをつけるみたいにぽんと空中に飛び出していく。なんや、今のは。俺の靴の上で助走つけてったやん、なんて思うとちょっと面白くなってくる。小さくて軽いくせに妙に存在感があった。    無意識に止めていた息を大きく吸う。目の端にはおとなしくパンをつつくハトがいて、ただの鳥やで。なんて早坂の声がするようだった。

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