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第二章 都市伝説の作り方③

 外から戻った門崎が椅子ごとぐるぐる回るのを横目で見ること三十分、いい加減気分が悪くなってきたので早めに帰ることにした。業務場所が異なる門崎と連れ立って飲みに行くのは初めてだ。少しだけ歩いて裏手のストリートに入ると門崎がわあ、と小さな歓声を上げた。 「こんなとこあったんや」 「俺も最近知ったんやけど。下町って感じでええよな」    いつもより時間が早いからか浅野の店はまだ客もまばらだ。あと一時間もすれば混むだろうといちばん奥のテーブルに落ち着いた。途中で冷蔵庫から瓶ビールを二本取るのは忘れない。 「ええ店や」  店内、というか倉庫内をきょろきょろ見回していた門崎がほっと息をついて言った。テーブルに紐でくっ付いている栓抜きで蓋を落とすなり門崎が瓶をぶつけてくる。乾杯もそこそこに一本飲み干すのをぼうぜんと眺めた。 「珍しいな。なんか相談あるんやろ、いける?」 「俺今から九条に変な相談する。アホかこいつって思ったら酔ってるせいやなって聞き流して」  あのな、と小声になる門崎に顔を近づける。思い切って、みたいな表情で口を開いて思いがけないことを話し出した。 「最近……今はよそ泊まったりもしてるから毎日ってわけやないんやけど。夜中俺のとこに男が出てくる」    それって。  九条は思わず手元のメニュー表を握りつぶした。夜中に部屋に出てくる男に悩んで相談。生身の男か、ストーカーとか、それとも……生きてはいない何かか。どれにしてもなぜ相談相手が自分なのだろうと聞き返す前に門崎が補足してきた。 「なんか透けてる気がするんよな。俺も寝ぼけてるし気のせいかもしれんって思おうとしてるんやけど……最近しんどなってきてお化けかもって」 「なんで、その、お化けの相談を俺に……?」 「前に九条が坊さんの軽トラから降りてくるとこ見たことあるから。その人紹介してもらえんかなって」    どっと力が抜けた。霊媒人間だとバレていたわけではないらしいからとりあえずは胸をなでおろし、注文を取りに来た浅野に何品か注文した。今日はこれ以上飲んでいる場合ではない気がする。土産で持ち帰りの汁なしフォーも追加してから改めて門崎を見た。何か良くないもの、人ではないもの、周辺まで見るがそれらしいものは感じられない。門崎がもしかして、と声を上げた。 「もしかして本物の坊さんじゃないとか? 俺もなんかコスプレの人なんかも、って一瞬思ったんやけど」    言われてるでふうちゃん。  第一印象胡散臭いのは大多数意見らしい。けれどあれで早坂は最強の霊媒師なのだ。何も見えない何も感じないがその存在だけで人ならざるものを消し飛ばす力を持っている。見えまくり感じまくりで恐れ戦く九条とは真逆だ。早坂は「見えるようになる修行」のために悪霊祓いを行っているから今回の件はおあつらえ向きの依頼だった。だが見えない感じない早坂のために九条がアシストする必要がある。 「いや、本物や。見た目あんなんやけどちゃんとした坊さんやから紹介できる。一応俺が聞いといて話しといたら早いかも」  そう言うと、門崎は目に見えて肩の力を抜いた。思い詰めていたのだ。こんなこと他人に相談したって、疲れてるだのゆっくり休めだのしか助言されないに決まっている。ちょっと安心した、と人気ナンバーワンメニューの豚バラの串焼きに齧り付くのを見ていた。    ――男だということしかわからない、誰かもわからない、襲われるでもなくベッドの横に立ちつくしているだけだが本人は消耗している。  まだ仕事中かもしれない早坂にメッセージだけ送っておいた。さっきまで塞ぎ込んでいたように見える門崎は、今なぜか浅野と一緒に店内で配膳を手伝っていた。お揃いの黒いタオルが良く似合っている。シャツの袖をまくり上げ、ネクタイをポケットに捻じ込んでくるくる動く姿は楽しそうだ。人懐こく他人を気遣い明るく振る舞う門崎の本当の姿はどんなものだろうか。外で振る舞う姿は、そう見られたいと演じているだけであるらしいが、それが本当なら善人は悪人ということになる。そんな単純なものではないはずだ。人間って難しいよな、と物思いにふけっていると早坂から返信があった。    ――今はくっ憑いてんの?  ――なにもない感じ  ――じゃあどうやってお祓いするん?  ――とりあえず明日の夜お寺つれて行っても大丈夫?    早坂から『OK』のスタンプが送られてきたのを確認して時計を見た。23:40、終電に間に合う時間だと門崎を呼び寄せる。最初の瓶ビール一杯しか飲んでいないはずなのに場にあてられたのか頬が紅潮していた。 「明日会ってくれるって。俺も一緒に行くしどっかで待ち合わせする?」 「いや、俺明日もこっちやから九条のとこ行く」  お礼とかっていくらくらい払うものなん? と不安気だが九条は別の意味で不安だった。やはり周りに霊らしきものは見えていない。明日また確認するかと一杯だけ水を貰ってから駅で解散した。      寺への行き帰りには慣れた頃だったが、こんなに遅くなるのは初めてだった。早坂への土産をぶら下げて道を急ぐ。閑静な住宅街は明るい街灯に照らされているが、九条に寄ってくるお化けは明暗昼夜関係がない。なんとなく早足になった瞬間ポケットのスマホが震えて飛び上がったが、表示された『門崎』に心から安堵して電話に出た。 「もしもし門崎? 今日は……」 『…………もし……し―…さん……をさ……して――』  電波が悪いのか声が途切れる。聞こえにくくて門崎の声かどうかもわからなかった。 「門崎? ちょっと聞こえんかも……」 『…――はい……は――……ど……にいる――のか……わから……いんで……』    今朝のオフィスの電話と同じ様子の声だ。妙な一致に胸騒ぎがして終了ボタンを押すが、一向に切れずつながったままだ。そのうち勝手にスピーカーになった通話は徐々にノイズが消えて、九条の耳までクリアにその声を届けてきた。   『……あなたはご存じですか? そこに行きたいので場所を教えてもらえますか?』 「わ――――――っ!! ふうちゃんふうちゃん!」  九条は全速力で走った。叫んだつもりだったが、ご近所への遠慮が勝って実際には心の中で叫んだだけだった。  そして気のせいかもしれないがうしろから誰かがついてくる気配までする。駐車場に軽トラがあるのを確認して必死に寺の通用門をくぐり、転がるように境内へと駆け込んだ。スピーカーがブツリ、と音を立て、同時に通話も切れているのに気がつく。  本堂までを照らす優しい橙色の庭園灯に導かれるように、今度こそ大声でふうちゃん! と叫びながら自宅の方の玄関に向かった。

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