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第二章 都市伝説の作り方④
「それで走ってきたと」
キッチンの換気扇の下でたばこを吸っていた早坂が顔を上げる。九条はその場に倒れ込んだまま今起こったことを一気に話した。話し終える頃には息も正気も戻ってきており、そう、と返事をしながらスマホを確認する。ここ数分間、門崎どころか誰からも着信の記録はない。昼間の電話といい、はっきりいって怪奇現象だ。
「カンザキさんやったっけ? 電話ってその人のとはまた別件なんやろ。同時進行するってこと?」
「……イヤやな」
門崎の謎の男と九条の謎の電話。どちらも心当たりがなさすぎて道のりは遠い。せめてどちらかをどうにかするまで新しいお化けは勘弁だ。
「ふうちゃん、新規のお化けお断りしたいときってどうしたらええと思う?」
「……俺がリクにくっついとくとか」
「それやな」
現実味はないがそれくらいしか思い浮かばない。九条はようやく起き上がり手を洗いに洗面所に向かった。途中でメッセージアプリの通知があり、門崎からの礼が届いた。さっきの電話は完全に門崎ではないと確信する。自分のことも持て余しているのに他人のことまで責任を持てるだろうか。しかもどちらも九条の目にさえ見えないものだ。早坂が苦労するかもしれない。
キッチンに戻ると、さっき投げ出したままだった土産の中身を早坂が温めていた。「夜食? 今から食べる?」と聞かれたので「それはふうちゃんにお土産」と答えたらびっくりした顔をして、それから嬉しそうに笑ったので九条もなんとなく嬉しくなった。
半分こ、とふたつの皿を出す早坂は、この寺の生まれではないがこの寺の住職代理らしい。ということしか知らない。いろいろ聞けば教えてもらえるのだろうか。
お茶の入ったコップを渡されて頭を振った。今は謎の怪奇現象二件を先に解決しなければならない。
「疲れてるかもやけど夜食食べながら話聞かせてもらってもええ?」
「うん。ふうちゃんも疲れてるやろけど。ごめんな」
冷たいコップを両手で包むと、指先の震えがようやく収まってきた。
翌朝、いつもより遅く目を覚ました九条が本堂をのぞくと、珍しく早起きしたらしい早坂が経机の前に座っていた。徹夜でもしたのかと思ったが顔色は悪くない。
「ふうちゃんおはよう」
「おはよ、リク。ちょっとこっち来て」
畳におりた早坂の前に座るとすぐに数珠を手渡される。手の中に広げてみるとそれは水晶の腕輪念珠だった。
「昨日言うたやろ、俺がリクにくっついてたら新しいお化け来んのちゃうかなって。それはちょっと無理やから一応これ」
澄んだクリアクリスタルは白色の糸通しもシンプルで美しい。つけてみると少し小さめだったが気になるほどでもない。九条がつけているアナログの腕時計のデザインともしっくりなじんだ。
「俺が普段使ってるものやから代わりに。サイズ合わんかったらポケットに入れとくだけでもええから、お守りのつもりで持っといて」
「ありがとう……けどふうちゃんはなくても大丈夫なん?」
「俺はもうひとつあるし」
これ、と袖口からのぞかせたのは、初めて会った日に少しだけ見た黒檀の腕輪だった。やっぱりきらりと光っている粒の正体を探ろうと思ったがすぐに仕舞われてしまう。
「門崎さんのほうは今日の夜ここ来てから考えよ。昨夜出たかどうかやけど連絡ないんやろ? ってことは出てないんかな」
「出たって言われてから俺が見に行くのがいちばんええよな。けど今日の夜は絶対出やんで。ここ来るからな」
「そっか……そんなら今日は坊さんらしく話でもしよか」
門の外で「行ってらっしゃい」と見送られたのは初めてだった。早坂は朝弱くて起きるのも遅い。六時に起きるのも無理やりで死にそうな顔をしているくらいだ。腕の水晶を撫でながら曲り道で振り返ったら、早坂が手を振っていたので慌てて振り返した。
ひとり暮らしをする前、まだ実家にいた頃も出かけるたびに両親が見送ってくれた。師のじいちゃんの寺に泊まったときも、帰りはこうやって手を振ってもらった。
門崎は今どうだろうか。家とは健やかで安心できるものでないといけないはずだ。昨日は自宅ではなくどこか泊まっているところに行くと言っていたが、そこの家主にこうやって見送ってもらっていたら少しは安心できる。いや、よそと言っていただけだからホテルとかかもしれない。けれどあいつはモテそうだから今同時進行している八人のうち誰かの家にいるかもしれない。どちらにしろひとりで泣いて過ごされるよりはいいのだが。
だが会社のエントランスを抜けてすぐ門崎からメッセージが届いた。
――ごめん。今日は出先から東京行かなあかんなった。泊まり!
邪魔されているのだろうか。九条の目に見えない男の霊に? それとも電話の主に? 「大丈夫。出たら夜中でもすぐ連絡して」と返信しておく。前を歩く男の靴の裏に踏みつけられた花びらがくっ付いているのが見え隠れする。なぜだかわからないが、昨日北見と会ったあとのような寂寥感が胸に押し寄せてきた。
予定が変わったとて早坂は特に文句も言わなかった。「あっちにお化け出やんかったらええな」とは言っていたが、それは九条も同じ気持ちだ。日付が変わっても眠る気にならず、ふたりはリビングでだらだらと過ごしていた。謎の電話も今日はないし、早坂が傍にいるからこれからかかってくることもないはずだ。
しかし午前一時を過ぎた頃、ウトウトし出した九条のスマホが鳴った。謎電話かと跳び起きたが画面には門崎の名前がある。
「門崎!? どうし……」
『出た! 今男出た!』
「ほんまに!? ちょっとふうちゃん起きて!」
ソファーの下に倒れるように眠りかけていた早坂をたたき起こす。力加減を誤って思い切り背中を殴ってしまったが、一瞬「ヴっ」と呻いただけでダメージはないようだった。
「カメラ! ……テレビかなんでもええから写せ!」
『もうおらん。九条、俺な。今日は冷静にちゃんと見たで。男』
「マジで? 誰かわかったってこと?」
『……なんでかなって』
どういうことだ。スピーカーを通して聞いていた早坂も首をかしげる。電話の向こうの門崎が、明日帰ったら話す。と喋っていた。明るい声ではないがはっきりと張りのある声色にとりあえず自分を納得させた。明日だ、明日まずは門崎の男の霊の件を解決しよう。自分の電話はそれからだ。早坂が手首の水晶にそっと触れてくる。大丈夫、と背筋を伸ばした。
「はやさか、ふうし、ふうじさん?」
「はやさかって呼んでください。あんまり気張らんと! ね!」
早坂が迎えのために乗ってきた車はタマムシ色の外車だった。朝九条を送ってくれたときは軽トラだったのに、と思ったがこのあと門崎を拾いに行くのだから軽トラは使えない。ド派手な塗装に道行く人たちが振り返るが早坂は慣れているのか平気そうな顔をしていた。
「これってふうちゃんの車やったんや」
「違うけど借りてきた」
寺の駐車場にあるのだから関係者か、または檀家の誰かの持ち物かもしれない。駅から遠い本社の前まで迎えに行ったが、すでに外で待っていた門崎はかなり遠くからこの車を不思議そうに見つめていた。一度降りて助手席を譲ったが、背の高い九条に後部座席は地獄だ。文字どおり手足が絡まっている。
目の前で名刺交換をするふたりを見ていたが、ふうちゃんまた本名ごまかしたな、と突っ込むのも疲れて、目を瞑ったまま絡まったままでいた。
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