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第二章 都市伝説の作り方⑤
門崎の1DKは少しだけ散らかっていた。寺に呼ぶより自宅の方が臨場感はある。どちらにしろお化けなら早坂がいる時点で姿を現さないだろうから場所はどこでもいいのだ。
昨日は急な出張だったらしいし、どこかに泊まりに行っていることも多いと聞いていたからこれくらいの散らかり方は許容範囲だ。男が出るのはそのとき門崎が寝ている場所だから、寝室は少しのぞいただけでソファーに座った。どこにも男の姿はない。
「前置きなしな。昨日のなんでかなってどういうこと?」
上着だけ脱いでキッチンに立った門崎を手伝うついでに聞いておく。問答遊びをする暇はないのだ。
「……見たのは男。いつもと一緒でなんもせんと立ってるだけで消えてった。でも昨日はちゃんと見といたで」
「誰やったん」
「眼鏡かけてた。細くてスーツ着てて、どこにでもおるようなおじさん」
「その人心当たりあるん?」
黙って頷いた門崎がトレイを出してきた。そこにマグカップをのせて早坂のところに運ぶが門崎はキッチンに立ったままだ。
「どこにでもおるようなおじさんやった。……けど俺そのとき『北見主任や』って思ってしもて」
「北見……」
総務部主任を思い浮かべる。細くて眼鏡をかけたスーツの男、一瞬生死がよぎったが今日も会計のカウンターで元気に嫌みを言っていたのを見かけたから生きているはずだ。
黙ってソファーに座っていた早坂が立ち上がった。法衣からふわりと沈香が漂い思わず鼻をひくひくさせてしまう。立ち尽くしてしまっている門崎の手を引いて戻ってきた早坂は、「そのキタミって誰なん」と不思議そうだ。
「うちの会社の人。生きてる人や」
生霊かも、と思い至ったがここでは言えないし北見と決まったわけでもない。あくまで霊媒師は早坂なのだ。設定を思い出したらしい早坂がわざとらしく咳払いして、「門崎さん」と優しく話しかけた。お化けは見えずとも衆生の悩みに寄り添うのは本業だ。
「出たり出んかったりするのはなんでやと思う? 心当たりあるかな」
これに関しては門崎もチェックしていたらしい。スマホを見ながら頷いた。
「理由はわかりませんけど出たっていうか見たのはほぼこの家でです。この出んかった日は弟のとこに泊まってたときだけ。でも昨日初めてこの家以外で見ました。ホテルです」
しかも東京。憑きまとっているならそれもあるかもしれないが、今は気配すら感じない。それと泊まっていたのが弟のところだと知って九条は恥じた。恋人八人のうち誰か、だと思っていたことをである。門崎のメモを見ていた早坂が、「リクの電話って」と九条のほうを見た。
「この日、門崎さんとケンちゃんとこで飲んだ日な。リクのスマホに謎電話あったやろ? 門崎さん自宅に帰ってないな」
「ほんまや。門崎この日弟さんとこ行ったん?」
「そうやけど謎電話って?」
そんでこの日の昼、と早坂が続ける。
「リクが会社で謎電話取ったとき。門崎さんって予定変更したとかあった?」
門崎はスマホではなくシステム手帳を出してきた。詳細な業務の予定はこっちに書いているらしい。確認してはい、と声を上げた。
「ラボに訪問予定やった者が風邪で休んでしもて……急遽僕が代理で行ったんです」
「じゃあ昨日の出張は? ホテルって自分で予約すんの?」
「いえ。総務がまとめて取ってくれます」
今の早坂はインチキ霊媒師ではなくニセ探偵みたいになっている。けれど今の状況を細かくメモしていた九条にはなんとなくわかってしまった。
「門崎。実は俺にな、『どこにおるんかわからんけどそこに行きたいので場所を教えてもらえますか』みたいな謎電話かかってきてたんやけどな。これって……門崎が男と遭遇してないときだけやねん」
え? どういうこと?と門崎が首をかしげる。早坂も同じようなポーズをしていた。九条にも仕組みはわかったがわからないのは理由だ。
門崎のところに総務部の北見主任が生霊を飛ばしているかもしれない理由。
いかに同じ会社の社員とはいえ、住所などの個人情報は親しくない限りわからない。だが総務部の管理職は社員の個人データにアクセス権限があった。門崎の住所は知っていたからここに来られたが、ここに帰らない日はどこに行ったのかわからないから来られなかったのだ。
九条に電話があったのも同じ理由だろう。これは霊媒体質が呼んだともいえるだろうが、同期で親しい相手だからどこにいるか聞き出そうとしていたに違いない。昨日のホテルは総務が手配したから完全に把握していたはずでこれも辻褄は合う。
九条としては北見なんていかにも生霊飛ばしそう、という理由で終わってもよかった。出るのを待つより本人に突撃して、生霊を飛ばすなと文句を言ってやればいい。実は生霊には過去に一回だけ遭遇したことがあるのだが、飛ばした自覚はなさそうだったから北見にも嫌みのひとつでも言ってやれば恥じ入って門崎に関わらなくなるのでは、という希望だ。
しかし門崎はこれには反対らしかった。ちゃんと話してわかってもらいたいと言うのだ。誠実なのは彼の美点で九条の好きなところでもあるが、相手が北見らしいならとっとと解決したいというのが本音だ。
「九条にも迷惑かけたって思ってる。けどごめん、それやったら解決したことにはならんから」
「俺は直接文句言うてもええって思うで。ああいう人ってプライド高いし内心生霊飛ばしてるのとか理解してるんちゃう?」
なんなら早坂に北見を物理的に殴ってもらったらどうなるのだろう。早々に解決したいばかりに物騒な思考に陥った九条を宥めるように、早坂がまた腕の水晶に触れてきた。
「門崎さんはなんで解決したいの?」
「なんでって……」
「なんとなくでもええよ。その北見さんがなんで門崎さんのとこ出るんか知ったところで解決できるかはわからんで。けどこれかなっていう心当たりなんでもええから言うてみてよ」
「心当たりは多すぎて……」
「全部聞くから」
マジでか、ふうちゃん。本気みたいな早坂がソファーに座り直し、向き合った門崎の両手を握った。あ、あれなんかちょっと安心すんねんな。
今日は徹夜かもしれない。ふたりがけのソファーは譲って、九条は床に座り込んだ。
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