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序章 憑かれすぎ男と無敵の偽物霊媒師 2

「え~この家に憑いている悪霊は……えーと、浮遊霊とか……あと、なんらかの動物……」 「心当たりあります! 家の並びにお稲荷さんがあるんやけどもう誰もお参りしてへんはずで……」 「それや。間違いない。ほんならちょちょっと行って確かめてきますわ」 「お願いします先生……!」  ほなあとで~、と住居を出た先生と呼ばれた男、早坂楓士は素早く玄関から離れた。誰も訪れない稲荷神社は、かつてこの辺り一帯に広がっていた工場の守り神でもあったのかもしれない。  自分には関係のない話だと、隣の廃工場に突っ込んでいた愛車の軽トラに近づく。依頼人は今頃急いでお布施の準備をしているはずだからゆっくり戻っていいだろう。  だが一服しようと運転席のドアに手をかけた途端、背後から腕をつかまれて早坂は絶叫した。   「イヤイヤイヤ! なになになに!?」 「……ほんますんません、怪しい者ではないんです。……あの、水とか持ってたりしません?」 「水? え、ちょっと君大丈夫?」    水、とつぶやきながら膝をついた男を慌てて支える。辺りは薄暗くなりはじめており、頭上にあったらしい古い型の街灯がジッと音を立てて点灯した。  不気味な光に照らされた男の顔を間近で見たが、あまりの美しさに思わずうなる。見たことはないが少女漫画系の造作をしている、といった風だ。  もしかしたら稲荷が人間の姿をとるとこんな具合になるのかもしれないが、獣の狐よりももっと甘ったるい顔立ちをしていた。 「ちょっとあの、イケメンさん。水どうする?」 「……はい、あの、めっちゃ気分悪かったんですけど……」  なんか治ってきた気がする、と腕をつかみながらもしっかり立ち上がったイケメンはかなりの長身だった。上背のある早坂より数センチ高い。思わず背伸びしてみたがそれでも背は抜かせなかった。 「水持ってるけど。一応飲んどく?」    悔しいが相手は体調不良らしい。心の中で舌打ちだけして、助手席の足元に置いているクーラーボックスからペットボトルを取り出す。  飲んでいる間もイケメンはずっと辺りをきょろきょろ見回していた。住宅もまばらな場所に現れた挙動不審の若いイケメン、不気味すぎる。強盗の類かと身構えていたが襲ってくる気配はない。しかし手は早坂の腕をしっかり掴んだままだった。違う意味で不気味だ。 「えっと、腕とか離してもらえたりするかな?」 「あ、すみません。いやなんか触ってたらめっちゃ楽で」 「そっか。救急車かなんか呼んでみよか」    そんな大げさな、と笑うイケメンはそれでも目玉だけは忙しなく動かしている。早坂はここで恐怖が限界に達してさっきの家に走って逃げた。  実在するかどうかもわからない悪霊より、今は人間のほうがよほど怖い。玄関の引き戸を閉めかけたところで革靴のつま先が中に入り込んできてまた絶叫する。 「怖いって! ほんまなんやねん!?」 「すみません、お兄さんと離れたらまた気分悪なって……」 「救急車呼べや! 119や、119!」 「先生?」    依頼人が奥から出てきてしまった。人の家の玄関先で騒ぐから当然だ。慌てて姿勢を正したが、依頼人の視線はさっきまでいなかった背後のイケメンに固定されていた。頬がわずかに赤いように見える。  お祓いの方、もうやって頂けるんでしょうか。という問いに、涼し気なよく通る声が、僕助手なんです。なんてホラを吹いているのを心の中で再び舌打ちしながら聞く。  邪魔すんなよ、と小声で脅したら、イケメンは案外素直にはい。と返事をした。    早坂の職業は僧侶である。  通常業務としての加持祈祷はもちろん行っているが、秘密裏に依頼を受けて動くのは供養という名の悪霊祓いだ。  人探しの依頼には速やかに警察を頼れと助言するし、なんとか幕府の埋蔵金の在処を尋ねる者がいたらテレビ局の方向を指さしてやる。  きっかけは単純だった。だいじな檀家たちの先祖の祟りだのもうすぐお迎えが来るだのの嘆きに寄り添い、ある日「悪霊退散! これで大丈夫」と何気なく肩をたたいてやるとすぐに顔色が良くなって、直角に曲がっていた腰もまっすぐに歩き出した者がいた。  活入れ程度の励ましにすぎなかったが、これがうわさになりそれからはお小遣いをいただきながらこっそりと「悪霊祓い」を行っている。    正直に言うと早坂には特別な能力なんてものはない。  少なくとも自分ではそう思っているが、それなりに信念を持って修練に励んできたつもりではあったから唯一手応えのあったこの出来事は単純に嬉しかった。  悪いものはいなくなりました、と伝えたときの人たちのあの表情。仕事をした甲斐がある。  そしてこの「悪霊祓い」の研さんを積むことによって、いつか自分にも特別な力が手に入ればいいと思っているのだ。一過性の思春期的な病ではなく、もう何十年も真剣に考えている。    今も狭い階段を上がりながらそう考えていたが、イケメンが隣に体を捻じ込ませてくるから気が逸れる。自分のサイズ感を理解していないらしかった。 「ちょっと狭っ! ……せめて縦になってくれ」 「けど触ってたほうが気分良くって」 「そんならせめてうしろから触れ!」  またはい、と返事をしたイケメンがうしろから手を握ってくる。失敗した、うしろから触れなんていうものではなかった。そしてなぜこいつはずっとついてくるのだろうか。  階段を上がりきってすぐ真正面の部屋に霊に取り憑かれた男――依頼人の夫がいるらしい。閉められたドアの前で深呼吸をひとつして、たたきつけるようにドアを開け放つ。  背後から「おっ」なんて言うイケメンの驚いた声が聞こえた。

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