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第三章 疫病神、本懐を遂ぐ②

「かわせさん? ……さっきはすみません。ちょっとあの着替えるまであっちで待っててもらえたら……」 「あ、ごめんなさい」  ひととおり騒いだ九条が脱衣所まで着替えに行ったのを追いかけて律儀に自己紹介しているのは、早坂、九条とともにこの寺に住む川瀬悠一郎(かわせゆういちろう)である。正しくはこの寺の亡くなった前住職の又甥にあたる男だ。  建物の管理人と称して住み着くにはいちばん妥当な立ち位置でもあるが、偶然のいたずらかなにかで川瀬が九条と鉢合わせるのはこれが最初だった。九条が疑問に思っていた大量の洗濯物もすぐになくなる五合の米も、実は大きな男三人暮らしだったのなら納得だ。    リビングを片付けていた早坂は、あ、ごめんなさい。こちらこそすみません。と大きな体を小さくたたみながらこちらにやってくるふたりを眺めた。違うタイプの男前だ。今流行しているらしい擬人化でいうなら九条はイチゴで川瀬はレモンかもしれない。イチゴが「ふうちゃん」と早坂の顔を覗き込んだ。 「なに? イチゴちゃん」 「それってハニーとかそんな感じで言うてる? それよりとんでもないもんの話先聞こや」  川瀬はあっちこっちうろうろと彷徨っている。もしかしたらとんでもないものをさがしているのかもしれないが、それにしてはさっきまで安らかに就寝していたらしい。だが黒い短めのナチュラルフェザーをかき回している様子は焦っているふうでもある。 「よっしゃ、いっかい話聞こ」  早坂が手を叩いた。 「そんでから考えよ」      川瀬が焦りながらもゆっくりと語るのはこうである。ちなみに九条への自己紹介まで兼ねていたから早坂は一時中座した。おそらくトイレだろう。    川瀬はまあまあやんちゃな男子が日本全国から集まる高校で公民科の教員をしている。ちなみに専門は倫理だ。  実家は寺で代々脈々と川瀬の寺族がそこに居住しており、現在の住職は父親、将来それを継ぐのは姉の夫で婿養子に入った穏やかな男だ。  幼い頃から家業を継ぐ気はなかったのを家族には悟られていたらしい。姉は高校生のときから付き合っていた未来の夫を家に連れてきては、「私この人と結婚してここに住むから悠(ゆう)は早めに出てってや」と圧をかけてきていた。  今思えば跡継ぎなんだの思い煩わせないための優しさだったらしい。相手もどこかの寺の三男坊だったから利害と性格とノリが一致して幸せな家庭を築き、自分も気付けば四人の姪甥に懐かれていた。    今住んでいるのは大伯父が住職を務めていた寺だが、こちらは実家と違って血縁に縁がない。大伯父には子どもがなかったし、その前の住職は未婚だった。その前は何代か住職がおらず破れ(やれ)寺だった時代もあると聞いた。大伯父曰く「ここは住むものを選ぶ」とのことだ。  真偽は不明だが、今だってここにいるのは大伯父が連れてきた住職代理と、冬の終わりくらいから下宿を始めた若い男、かろうじて関係者の川瀬の三人のみだ。代理の早坂とは幼いときからの顔なじみだし、ここの檀家もこういった歴史があるからかなんなのか寛容だ。  そんな環境でまあまあのほほんとやってはいる。だが事件は、昨日ほぼ強引に連れていかれた食事会という名の合コンから始まった。      3対3だ。スリーバイスリーと川瀬はつぶやいたが聞いている者はだれもいない。自己紹介で教師だと言うと対戦相手が身を乗り出してきたが、実家は寺ですと言うとスススと遠ざかっていく。義理の兄が継ぐんです、と言うとまた臨戦態勢に戻った。  見た目涼し気な川瀬はモテるが実家の話になると引いていく女性もいる。しょうがない、だが今回の対戦相手でひとりだけ残りのふたりと真逆の動きをした女性がいた。もしかしたら諸事情で僧侶を探しているのかもしれない。川瀬の実家のような事例も多いから、専門のマッチングアプリを教えてあげようと思った。楽しいはずの食事会でため息ばかりついているのも気にかかる。   「なにか悩み事でも?」  実家が寺というだけだが、教師という立場上悩み事がありそうな人には声をかける習慣がある。彼女は驚き躊躇っていたがやがて話し始めた。  実家は老舗の陶器メーカーであるがあまりうまくいっていない。そこで古い自社メーカーの製品を集めアンティークとして販売したらこれが案外うまくいったという。ここから宣伝して大元の本社を軌道に乗せようとしていたところで、少し遅めの開店祝いが届いた。誰からかもわからないが無下にするのも申し訳ない気がしてカウンターに置いたが、みるみるうちに凋落してしまい、実家の製造会社も今年いっぱいで廃業するという。今日はひと段落ついたところの激励会だった。  これを区切りにやりなおさなければならない、絶対にこれのせいだと思う、という開店祝いはここに来る前に川に投げ捨ててきたという。すごいな、とは口に出さなかったが川瀬は驚いた。呪いの品かもしれないものを投げ捨てるとは。しかし女性ができた精一杯の最後の抵抗だったのだろうとも思った。   「捨てて、それで?」  川瀬が聞くと、女性が手元の小さなバッグに手を入れた。この展開はホラー映画なんかで見たことがあったが実際わが身に起こるとは想像してもいなかった。   「それで、ここに」    戻ってきてるやーん! と叫んだほうがよかったのかもしれないが、川瀬はシリアスに「戻ってきたんですね」と言ってしまった。怖い。幼い頃から親しい同居人がこういうものを寄せ付けないため、あまり耐性がなかった。 「このまま神社行きましょう。僕も同行しますからすぐにでも」 「ここ来る前行ったんです! でもたどり着けなくて川に……川瀬さんのご実家お寺なんですよね? これ預かってもらえませんか?」  想像したとおりの展開に川瀬は呻いた。無理だ、神社にたどり着けないほどの代物は自分の手には負えない。   「申し訳ないけど実家はそういったもんお預かりしないんですよ。けど一緒に神社行きましょ、無人でも置いとけるとこ僕知ってるんで……」 「……そして明日になったらまた私のとこ戻ってきてるんですね」  おそらくそうだろうが川瀬は返事をしなかった。その内女性は黙ってバッグを椅子のうしろに置き、連れの女性たちのところに戻っていく。話を聞いてしまった以上解決のための手伝いをする必要がある。しかし実家はともかく今住んでいる寺に入れるのは絶対にだめだった。早坂がいるが、早坂がいるからこそ絶対にこれを寺に入れてはならない。  女性から目を逸らさないまま食事をし酒を飲みずっと気を付けていたのに、緊張しすぎていたせいか酒が回るのが早く気がつけば同僚によってタクシーに放り込まれて、寺に足を踏み入れたあとだったのだ。おそるおそる自分のバッグを開いてみる。 「あ~あるう~……」  女性が思い余って川瀬の荷物にとんでもないものを忍び込ませた。それに気付かずこの寺に持ち込んでしまったらしい。

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