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第三章 疫病神、本懐を遂ぐ③

「それだけ?」  九条が首をかしげた。 「とんでもないものが何かは知りませんけどふうちゃんおったら大丈夫とちゃうんです?」 「あ、ふうちゃんおったらあんま怖いもん寄ってこんの知ってた? それが逆なんよね」    川瀬がそこら中を見渡しながら言う。 「モノは基本的に自分では動けんの。まあ大移動できんってだけでちょこちょこ姿消したりはするんやけどね。川に捨てたけど戻ってきたっていうのも錯覚に近いと思う。捨てたつもりになってただけとか……だから意外やろうけどああいうのって移動には絶対に人の手を介すもんなん」 「え? だから?」    よくわからない。だったら見つけて早坂がそれを破壊なりすれば解決なのではないだろうか。そのモノ、も姿を消しているから事の重大さというか、この深刻な空気が理解できない。 「俺がこれを……こういったものは『因縁物』って呼ぶんやけど、これをふうちゃんのおる寺に入れたでしょ? 因縁物はびっくりしてふうちゃんから逃げようと姿を消してる。問題はこっからでね、因縁物はどうしてもそこから移動したいときどうすると思う?」 「……どうするんです」 「怖いよお……火を出すんやって」 「火を」 「要は因縁物そのものが火を呼んでどさくさに紛れて次の場所へ行くってこと」  聞いたことあるでしょ? と川瀬が顔を近付けてきた。たしかに火事があって宝物などが行方不明になる、などの話は聞いたことがあるかもしれない。それは盗難ではなくモノの意志だったとしたら? 因縁とは恐ろしい。   「ようわからんけど俺にビビりすぎた因縁物が今にも火を放つかもってこと? そしたら俺がここから離れたらええんちゃう?」 「もう遅いよ。そうしても俺と九条くんが燃えるだけ……」  怖すぎる。この暑さの中燃えて死ぬのはごめんだ。   「そんで九条くんやったよね。ふうちゃんから聞いてるよ、なんかアンテナとか張ってそいつ探してくれるかな」  九条の午後の予定は急遽キャンセルだ。七月の寺はそこそこ忙しく人の出入りが多い、火が出たら三人どころじゃない犠牲者が出る。リクと一緒におる、と駄々をこねた早坂をなんとなくにやけながら送り出し、寺の境内だけでなく敷地内をぐるりと一周してみた。  寺の入り口から見てほぼ正面は本堂だ。その右側に三人が寝起きしている居住区があるが、ここは割と最近増築されたらしい普通の住宅だ。裏手にはガレージがありバイクが数台置いてある。カタツムリの角みたいな丸いミラーがついたスクーターは九条もよく借りて乗っていた。    本堂のすぐ左側は事務所と庫裏(くり)になっている。この庫裏がまあまあ歴史のある建物らしくここを見学に来る観光客もいるくらいだ。昔は居住もここで、保育園だかも併設されていたというが、今は主に大量の調理などで活躍している。  入ってすぐの広い土間には大きなかまどがあるが長い間使っておらず、上には大きな板が渡されて調理台になっていた。奥までは長い通り土間になっていて、両側には合計で五十人ほどが悠々とくつろげる広い畳のスペースがある。昔ながらの海の家を想像したらいいかもしれない。小上がり式になっていて九条はここに寝転ぶのが好きだった。大勢での食事や、夏には期間限定の放課後児童クラブで使用する。奥まで進んだら中庭だ。大きなクスノキがあって真夏でもこの下は風がとおって涼しい。ちなみに住宅からこの庫裏まではすべて渡り廊下でつながっていた。    そして居住区の正面から続くごく緩やかな坂のはじまりに六体の地蔵菩薩がおり、上にはごくごく小さな墓地がある。  おおまかにはこんなものだ。このあたりを満遍なく探し回ったが出てこない。さっきまでは早坂が引っついていたからかもしれないので、もう少ししたらまた周ってみることにした。      さっき川瀬が描いた「因縁物」のスケッチをもう一度たしかめた。スマホに入れて何回か確認しているが、なんというか絵がうまい。のにもかかわらずよくわからないもの、というのが第一印象だ。  手のひらにおさまるサイズの素焼きの置物らしい。イラストにはかつては色付けされていたような名残が見える。だが表情はよくわからなかった。なんとなく猫だと思っていたが、早坂は「招き狸かな」と言っていた。よく見ると腹が張り出し、やけにリアルな股間のものも地面に付くほどだぶだぶと垂れ下がっている。    この一見愛嬌のある置物が因縁物なのか。  まあこの置物の姿かたちは関係なく、これを器に悪霊が入り込んでいるという可能性もある。  ちなみにネットで調べたところ、地元の陶器メーカーが廃業するというニュースが見つかった。ブランド名は器に特に興味のない九条でも知っている。ここが因縁物のせいでなくなってしまう? 招き狸には八相縁起という開運要素があるという早坂の言葉を思い出したが、商売繁盛も願うらしいこの狸が会社をひとつ潰すなどとは恐ろしい。  早坂が帰ったら川瀬が例の会社を訪ねると言っていた。ふたりともここに九条をひとりにするつもりがないということは、因縁物とは想像以上に危険なものなのだろう。こわ、と言いながら本堂に戻って隅に座ると少しだけ気分が良くなった。    ――ここにいるお釈迦様が俺ら全員守ってくれたらええのに。でもこんな個人的なことお願いしたらあかんのやっけ?    蒸した空気の中に涼やかな一陣の風が混ざって頬をなでる。早坂に頬をなでられたことはないが、なぜか彼の指を思って九条は目を閉じた。

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