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第三章 疫病神、本懐を遂ぐ④

「……おっ、あれ?」    ここはどこで今何時で俺は誰だ。  思わずうたた寝してしまったあと、人は目覚めてすぐに目覚めない。などというよくわからない現象が起こるが、今そんな状況になっている九条は半身だけ起こしてきょろきょろと辺りを見回した。ここは本堂、腹の上から座布団が滑り落ちた。たぶん頭の下にも座布団が差し込まれていたらしい。目の前に作務衣姿の背の高い男が見える。ふうちゃん? と呼びかけてそうだ、と思い出した。    昼間の因縁物との追いかけっこで疲れて休んでいたのだ。もう外は薄暗い。あれからずっと眠っていたらしくてなんとなくバツが悪くなる。昼寝が必要な幼児みたいに思われるのが恥ずかしくてそこから静かに移動しようとしたが、その前に作務衣の男に「九条くん」と呼ばれてしまった。 「川瀬さん。ごめんなさい、俺なんか寝てしもて」  全然、と川瀬は鷹揚だった。 「俺が因縁物とか急に言うたからびっくりしたんやな、ごめんね。それと、」  お預かりしてるものが、と紙袋を差し出される。一瞬何だと考えてそういえばと思い至った。 「実家に置いてた数珠とかそういうのです。全部持ってきてって昨日電話したんやった」 「起こしましょうか言うたんやけどね、この顔は熟睡してるから今日は帰りますて仰って……ご両親でしょ? お父さん男前やしお母さんもきれいな人やね。九条くんによう似てる」  へえ、うれしいなあ。と九条は心の底から喜んだ。     「俺両親と血繋がってないんですけど似てるんや……たまに言われるんやけどうれしいな」    顔色をなくした川瀬を見てしまったと思った。そんなつもりやなくてほんとによう似てるなって、と焦るこの男と出会えたのも早坂からの縁かもしれない。そのまま九条の横に腰をおろした川瀬は、「今まで寂しいこととかなかった?」と優しいまなざしを向けてくる。「全然。俺こんなんでしょ、でも両親が信じて見捨てんと今までずうっと育ててくれたんです」 「……いつから」 「覚えてないけど引き取られたのは二歳なるかならんかくらい? らしいです。 実の親のことは知らんくて……」  それでええよ。と川瀬は笑った。 「優しいご両親なんやね。やから九条くんとそっくりなんや」  そうなんかな、と熱くなってきた両頬を押さえた。優しいところがそっくりか。今まで聞いた誉め言葉でいちばんうれしいかもしれない。    物音がして、ただいまと言いながら早坂が外階段から本堂に入ってきた。手には火のついた蚊取り線香を持っている。あ、リク起きたんや。と言いながら目立たない場所に設置されたホルダーに線香をセットしていくのを見ながら、そういえばこの座布団は早坂が頭の下に押し込んでくれていたなと思い出した。わざわざ頭を浮かした記憶もわずかにある。必死で因縁物を探し続けるふたりに申し訳ないと思ったから、今まで使ったことがないお化け感知センサーを総動員してみた。  よくわからんが俺のセンサー、因縁物をキャッチしろ!    するとセンサーが効いたのかはわからないが、入り口近くに置かれた黒いバッグから物音が聞こえた。これは昨日川瀬が持っていたものだ。もしかして、 「……川瀬さん。その鞄、今とんでもないもの入ってるかも。ちょっと開けてもらっていい……?」  九条の声は掠れている。朝からさんざん探していた因縁物はすぐそばにあった。バッグも隅々まで確認済みだ。早坂などはひっくり返して中身を床にぶちまけたほどだ。なら今更ここにいた理由、早坂の存在を知ってまた川瀬の荷物に紛れて外に行こうとしていたに違いない。しかしそこに早坂が戻ってきてしまい怯えているのだろう。 「開けるよ……逃げんように囲んどこ」  三人がバッグの周りを囲む。背の高い男に隙間なく詰められたからなのか、バッグがガタガタと大きく震え出した。なんかヤバいんと違う? 誰かがそう言った瞬間、バッグの口がひとりでに開き中から小さな茶色の塊がころんと畳に転がり出てきた。    早坂が「俺にも見える」と言いながら前に出る。川瀬が悲鳴じみた声で「そりゃ呪いの品とは言え物質やもん」とつっ込み、九条の目は塊から離れなかった。  濁った両目がじっとこちらを見上げている、気がする。今にも泣き出しそうな、それでいて燃えるような瞳だった。川瀬が描いたイラストとそっくりだったが、想像以上に小さい。手のひらにおさめてそして包んでしまえば隠れるくらい小さな塊だ。こんな小さな土くれが恐ろしい因縁物? 九条はその塊のそばに膝をついた。 「ちょっとリク、危ないから」  早坂の声を聞きながら、両手を伸ばして塊を拾い上げた。狸だ。色もそうだが佇まいが完全に狸だ。素焼きの表面はざらざらと無骨で、店先でよく見るあれを縮小したような姿をしている。ひっくり返して顔に指先が触れた瞬間、行き場のない深い悲しみと、どうにもならない焦燥感が胸の中に流れ込んできた。    ――窯の熱と己を捏ねる手、整然と並んだ土色の大皿の間にそっと置かれた。  さあできたできた、残った土から作ったおまえは今から福の神や。残り物には福がある。今から行く場所でちゃんと福を呼べる子になれよ、と笑いかけてくる顔から別れて、まだ何にも染まっていない真新しい素焼きの小さな体で精一杯福を呼び込もうとした。  だが己は小さすぎて神の器ではなかったらしい。商家は潰れ名家は没落する。ある高利貸の子どもが、手放される一品の箱の中に己を入れた。元々この家に飾り奉られていたわけではない。気味の悪い呪いの品だと打ち捨てられていたのをこの子が拾って袂に入れて持ち運ばれていただけだ。  子どもに逃げて、と言われてようやく悟った。己は福の神ではなく禍の神だ、たいした疫病神だ。ならこんなしけた家からはさっさと離れて己の力を揮える場所に行けばいい。この箱に入っていれば好事家どもが蒐集する場からどこにでも行けるだろう。そして疫病神らしく禍をふりまくのがいいだろう。  己を生み出したあの窯の熱が憎くてたまらない。そしてあの子を裏切った己が憎くてたまらない――。

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