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第四章 けものあやかし③

 午後の日の光が差すリビングはほどよく暖かい。ソファーをすすめようと思ったが、先客がそこでのびていたので続き間の和室にとおした。先客の川瀬には来客があると伝えていたのにすでに忘れていたようだ。四人で真横をとおり過ぎたのに健やかな寝息をたてている。  門崎兄弟が興味津々といった目つきをしていた。立ち止まらずに見学するシステムの珍獣扱いだ。  和室の床の間や違い棚をこれまた興味津々とながめていた門崎兄弟は、自らお茶を入れてきた早坂を見て座卓の前に座った。そんなかしこまらんでもええで、と座布団をもう一枚尻の下に足した九条を見た門崎が驚きの声をあげる。 「おまえってほんと肝据わってるよな。俺こういうザ和室みたいなとこ来たらめっちゃ緊張するけど」  隣にいた弟も同意するように頷いた。 「俺も……あの九条さん? ってここに住んでるんですか?」 「そう。リクはここに下宿してんの」  九条のかわりに早坂が答える。そうなんですか。と驚く門崎にそういうこと、と答えて着ていたフーディーを脱ぎ捨てた。窓際は日当たりが良すぎる。弟が「下宿って?」と首をかしげた。 「間借りみたいな意味かな。いろいろあって世話になってる感じ。家のことそこそこ手伝ってお寺の行事も参加して……家賃こんだけ」  指を折って見せると兄弟が揃って「マジか」と感心した。今更ながら声もそっくりだった。 「あの、自己紹介もまだやったのにごめんなさい。ぼく門崎柊真といいます。この、拓海の弟です」  自己紹介した弟は「よかったらこれ皆さんでどうぞ。ソファーのかたも」とずっと持っていた紙袋から菓子箱を取り出した。九条にはおなじみの『かみがたにゃんこまんじゅう』は早坂は初見だったらしい。「かわいいおまんじゅうや。ありがとう」と受け取ってまたキッチンのほうへ戻っていった。  とおりがけに「ええ加減起きい!」とソファーの珍獣を軽くたたいていくのを見送ったが、まあ本題に入れない。兄弟はおそらくソファーの人物が何者なのか気になってしょうがないのだ。 「あのソファーの人は起きてきたら紹介するし。ちょっとは聞いてるけど、門崎くんのとこに出る動物……やっけ?」  兄弟がはい、と九条に向き直った。弟って何歳くらいかな、と顔を見て思う。今悩んでいるなら昔からこういう現象が起こっていたわけではないだろう。最近誰かの死に目にあってそれが尾を引いているとか、思っている以上に堪えたことがあり、それが傷になっているかもしれないのだ。話を聞いてそうだったなら早坂の出番だ。インチキな霊媒師ではなく、僧侶としての早坂の力が必要になる。聞いたとおりの動物の悪霊ならどうするか、これはあとから考えよう。  にゃんこまんじゅうを菓子盆に盛って戻ってきた早坂を交えて、弟が話しだすのを待った。  門崎柊真(かんざきしゅうま)は、現在ゲーム実況の動画配信で生計を立てている。飽和状態の界隈でも割と長く活動できているのは、自ら何かをやらかしてバズらせることもなく、地道に誠実に歩を進めてきたからだ。    そんな柊真の生活が一変したのは今年の夏、ベランダに迷い込んできた一匹の猫を保護したことから始まる。早朝気配を感じてベランダに出ると、今にもカラスに喰われそうな黒い塊がいた。カラスを慌てて追い払い診療開始と同時に動物病院へと駆け込んだ。  柊真はこれまで生き物を飼ったことがない。病院の里親募集に登録したあと、しばらくそちらで預かってもらえたらありがたいと言われておそるおそる家に連れ帰ったが、小さな動物というのはどうにも誰かに愛されるように創られているらしい。治療を終えて洗えば真っ白な仔猫だと判明する頃にはすっかり情が移ってしまっていた。  あれこれ買い揃えて勉強したが、足りないことも知らないことも多すぎると自分のチャンネルでこれを発信したのだ。    これが地道にやってきた柊真にとっての初めてのバズだった。しかし生き物系統の配信は諸刃の剣だとも初めて知る。親が移動させている場合があるからすぐに保護してはいけなかった、カラスのごはん取っちゃったの? ――それもそうかと納得するものから難癖をつけたいだけのものとか。そんなコメントを見るのがしんどくなって現在配信は止めているが、休みだしてすぐに動物に追いかけられた挙句起こされるようになったのだ。  最初は夢かと思っていたが、起き上がったあとに聞こえる窓を叩く音や玄関の外に感じる何かの気配、どう考えても夢ではありえない。何がどうなっていると思い悩み始めて兄にばれ、ここに来るに至った……。 「門崎くんさ、」  九条が話しかけると兄弟がまた同時に「はい」と答える。ややこしいな、と兄を手で追い払った。 「おまえのこと門崎『くん』なんて呼んだことないやろ。ええと柊真くんて呼んでも?」  もちろんです、と答えた柊真の話が真実ならやはり僧侶の早坂の出番だと思う。門崎もそれを見越してここに連れてきたのだろう。しかし早坂は考え込んで「カラスかな」と言った。   「カラスのごはん取ったのなんやの気にしてたんやない? まあ間違ってはないけど結局理想論やし。実際そういう場面見てもうたらほとんどの人間は仔猫助けると思うよ」  たしかにそうかも、とは思う。そのコメントによってカラスの腹具合を無意識に心配した可能性だってゼロではない。だがそれなら鳥だと思うはずだ。カラスがカアカア鳴いて襲ってくるのではなく、「動物」と言っているのだから明確に這っているなにかだ。そう言おうとしたら早坂がこちらを向く。バレバレな目配せをしてくるのになんとなく意図を察した。  ――カラスのせいってことにしとこうぜ――。  か。腹ペコのカラスを悪者にするのもなんだが、柊真の心労具合を考慮して一旦そういうことにしておこうという算段だ。ここに泊まってもらってしばらく過ごせば少し落ち着くかもしれないし、良からぬものが本当に憑いているにしても、早坂がここにいる以上出てはこれないだろう。 「柊真くんさ、しばらくこの寺で寝泊まりしてみる? 俺と一緒に毎朝座禅組も」 「……ありがとうございます。けどうち仔猫いるんで無理ですね……」  うちは別にええんやけどなあ、と早坂は言うが、こんなどこもかしこも開けっ放しの住宅では柊真のほうが落ち着かないだろう。猫が山の上なんかに逃げたら終いだ。 「なんか話聞いてもらってちょっと楽になったかも。拓海から聞いてたとおりで来てよかったです。次は猫つれてまた来てもいいですか?」  えっもう? と驚く門崎の腕を引っ張って、柊真は立ち上がった。 「ありがとうございました」 「ちょっと柊真あ……」  ソファーから落ちかかっている川瀬をよけながら兄弟はあっという間に帰ってしまった。早坂は「カラスはちょっと苦しかったか?」と反省している。  しかしその日の夕方、柊真はひとりと一匹で再び寺を訪れたのだった。

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