27 / 31

第四章 けものあやかし④

「あっ。かわいい!」    柊真が遠慮して玄関先に置いたバッグ型のキャリーを、最後尾から早坂が運んできた。  ソファーの横に移動したそこから生き物の気配がする。九条が窓からのぞき込むと美しいアンバーと目が合った。   「ちょっとだけ出してもええ? 名前は?」 「大丈夫です。けど結構走り回るんで……名前は白いからシロって呼んでたんですけど、拓海が『チロ~』っていうんで結局それに」    柊真が昼間入った続きの和室を見て警戒している。ここの建具を壊したら、なんて思っているようだが今更だ。一週間前に、落としたタオルを拾うのに屈んだ川瀬が尻で障子を倒している。  そして柊真を迎え入れるのを想定して、和室の掛け軸や香炉などはあれからすぐに撤去していた。なんなら仔猫が違い棚で寝ても大丈夫なくらいなにも置いていない。  許可を得た九条はキャリーの上部を開けてみた。警戒するでもなく見上げてくる仔猫――チロは首にクリーム色の包帯を巻いていて触れるのを一瞬躊躇してしまったが、横からのびてきた早坂の手がチロを素早くすくい取ってしまった。 「あの、さっきの話なんですけど……」  早坂に毛がつくのを気にしたのか、柊真はチロに手を伸ばす。それにじゃれついて興奮したのか頭と体をブルブルと振り出した。黒い法衣の袖口に白いファーができてしまったのを見た柊真は「ごめんなさい!」と謝りっぱなしだ。 「チロは俺が抱っこしとくよ。で、話」 「あ、はい。実はさっき話してへんかったことがあって」    やっぱりね、と言ったのはお茶とお茶菓子を運んできた川瀬だ。柊真は「このかたは誰?」みたいな顔をしている。さっきさっさと起きて自己紹介をしておけばスッと話に入れたのに、と九条はちょっと面倒くさくなった。 「このかたはここに住んでる人。で、話してへんかったことって?」   「配信をなんで休止したかって話のことです……いやなコメントが多くなったっていうのも本当なんですけど」  柊真がバッグからタブレットを出しテーブルに置く。それをのぞき込んだ三人は顔を見合わせた。家の……アパートらしき外観の写真がずらりと並んでいる。窓、ベランダ、階段、そして部屋のドアらしきもの。 「猫の動画あげ始めてから届いたDMの内容です。これぼくが住んでるアパートでこれは写真ですけど動画もだんだん増えてきて……動物が夢に出始めたのはその頃からなんです」 「その写真って脅迫とか?」 「わかりません。けどなんとなく思い当たることがあって……母猫から仔猫取り上げてしもたからそれを恨まれてんのかなって」  ん? と早坂が首をかしげた。 「それって昼間言うてたやつかな。『親が移動させている場合があるからすぐに保護してはいけなかった』ってコメントのこと?」    柊真は真剣な顔をして頷いた。  カラスじゃなくてそっちを気にしていたか。しかしこれだって早坂が言っていた「実際そういう場面見てもうたらほとんどの人間は仔猫助けると思うよ」と同じことだ。迎えが来るのかどうかわからないままベランダに置き去りにされ、挙句の果てにはカラスに喰われそうになったなら……保護されてよかったと母猫だって思うんじゃないだろうか。  だが柊真は、幽霊の類はデジタル機器に干渉すると聞いたことがある、と真剣に続けた。 「子ども取られた母猫の幽霊がぼくを襲ってきてるんかもって」  話を聞いていた、柊真をのぞく三人が「う~ん」と同じような声をあげた。それは微妙なところですね、などと突っ込みたいがこれしかない。みたいな固い表情を見ているとどうやって伝えればいいのか迷う。川瀬がにゃんこまんじゅうふたつを手に、柊真の隣に腰をおろした。   「俺らが思うのはね、柊真くん。そのDMと襲ってくる動物を別々に考えてみたらどうかなってことなんやけどね」 「別々に……あの、昼間のソファーのかたですか?」  川瀬は、あ、そう。と言いながらまんじゅうをひとつ柊真に渡した。 「どっかのおみやげかな。よかったら食べて。俺川瀬っていうてここ住んでるの。よろしくね」 「それ昼柊真くんが持ってきてくれたやつやねん」 「川瀬さんもお坊さんですか?」    教師という職業柄か子どもの懐に入り込むのがうまいらしい。「実家がお寺なんやで」と穏やかに答え、「柊真くんは何歳なんかな?」と顔をのぞき込んだ。 「ぼくは二十四歳です」 「そうなんや。若いのにしっかりしてるって思ってたら大人やったんやね」  どんな会話やねん。と九条は思っただけだったが、早坂は「どんな会話しとんねん」と口に出した。チロの細い爪が薄い生地に引っ掛かって糸が飛び出ている。切ってやろうかとハサミを持って近づいたらチロがニイ! と鳴いた。これはもしかして威嚇なのだろうか。保護した日から考えると、体の大きさも鳴き声も平均より小さくて可愛すぎる。怪我の影響などもあるのかもしれない。鼻をつついたら小さなくしゃみをしたが、ついでに首元の包帯に気づいたのか少し暴れだしてしまった。 「うわごめん。痛がってるわけやないん?」 「大丈夫です。気づくといっつも取ろうとするんで目立たん白系で巻いてもろてるんです」 「このこなんの怪我してんの? もしかしてすでにカラスにつつかれてたんかな」  いえ、首輪のあとです。と柊真が答える。 「首輪が食い込んで膿んでたって先生が。完治するまで一年はみとかなあかんらしいです」 「ええ痛そう……けど首輪してたんなら母猫が置いてったは違うんちゃう?」  わからんけどな、と早坂に手の中で包まれるようにぎゅっとされてすぐにおとなしくなった。顔を近づけたら、早坂に「はい」とチロを手渡されてしまう。 「こわい! ふにゃふにゃすぎてこわい!」 「大丈夫やって。抱っこくらいしたことあるやろ」  あったかな、と九条は考えたが思い出せない。昔猫を飼っていたかどうか両親に聞いてみよう。どうにかふにゃふにゃを安定させようと奮闘していたら、早坂が真横まできて耳に口を寄せてくるので心底驚いてしまった。   「どう」 「えっえっ何が……」 「霊。見えてんの」    柊真くんのとこに。と言われてようやく思い出した。今日は依頼なのだ。お化けかどうかを見てもらいに門崎兄弟が来たのだった。  しかし柊真にもチロにもなにも見えない。動物、というのはもしかしたらこの仔猫かもしれないと思っていたが、どうにもそんな匂いがしない。それにここは寺の中で早坂がいる。憑いていたとしてもここまでは着いてこれないはずだ。  DM、夢に出てくる動物に起こされて現実世界で起こる怪現象。    さっぱりわからないが、少なくともカラスのせいにしようとした件よりはるかに深刻な気もする。  まずはDMから調べるとしよう。これがいちばん現実的だし、なにより心霊写真などではない証拠は、早坂がタブレットを持てていることだった。

ともだちにシェアしよう!