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第四章 けものあやかし⑤

「柊真くん、今日はこのまま泊まっていきな」  早坂の提案に、柊真は少し驚いた顔をした。 「え、でも……」 「猫おってもええよ。ここはな、動物も泊まれるお寺やから」  そんなお寺聞いたことない、と九条は思ったが口には出さなかった。実際この寺は人間だろうが猫だろうが、困っているものを見捨てはしない場所だ。 「それにあのソファーのおにいさんの言うとおりや。写真がお化けやなくて人間やった場合も考えなあかんし」  早坂が九条から猫を取り上げ、「今日はどのお部屋で寝ますか~?」などと言っている姿を見ていると懐かしいなと思った。   「ありがとうございます。でも拓海には言わんといてもらえますか? ……これ以上心配かけたくないんで」  それを聞いた早坂が真顔になった。 「柊真くんって拓海くんに気いつかってる? そうやない?」  柊真は少し俯いた。 「気をつかってるっていうか、前に拓海が仕事でしんどいときあったんですよね。動物のこともそのときからなんですけど、俺なんも知らんと拓海に頼りっぱなしで支えてもらってて……今回はさすがに迷惑だけはかけたないなって」  律儀な男というよりは、優しいのだと九条は思う。だが早坂は静かに首を振った。 「柊真くん、それはちゃうな」 「……なにがですか」 「心配かけたったらええねんで」  あっさりと言い放った早坂に、柊真がぽかんとした顔を向けた。 「拓海くんはさ、柊真くんになんかあったら泣く思うで。頼ってもらえんほうがしんどいしつらい」  柊真はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。 「……考えときます」 「うん。まあ考えといて」    そして柊真とチロは、その夜寺の空き部屋に泊まることになった。渡り廊下のドアさえ閉めておけば、猫が寺の外に出る心配もない。川瀬が張り切って『猫がいるので閉めてください』という貼り紙を作り、あちこちに貼って回っている。  九条は縁側から見える月を眺めながら、早坂の言葉を思い返していた。  心配かけたったらええねんで。  心配はできるだけかけたくない柊真の気持ちはわかる。自分はどうだろうか。早坂は九条を気にかけているが、それは霊に対して無力の庇護すべき人物だからだ。そして年下だから。  九条自身、柊真に対しては守ってやらねばという気持ちが湧く。友人の弟で年下だからだ。仔猫を思わず保護する人間の心理と変わらない。早坂より年上で霊が見えてお祓いまでできる「九条陸」だったら、早坂は自分にどのようにふるまうのだろうか。  よくわからんな、と冷えてきた縁側からリビングに戻ろうとしたが、ビラ貼りから戻ってきた川瀬の肩を楽しそうに叩いている早坂を見ると、なんとなくもやっというかうーんという気分になってしまったので、もう一度木の板に尻を落ちつけたのだった。 「で、どう思う」  早坂の言葉にコーヒーを飲んでいた九条は顔を上げた。ちなみに川瀬はほぼ毎日駅前の早朝ジムに行きシャワーも終え、そのまま勤務先の学校に向かうため不在だ。柊真はきちんと閉めた玄関の内側で、檀家の山本さんにチロを見せている。 「柊真くんのお化けのこと?」  こうやってたまに早起きしてくる早坂は食パンをかじりながら、見ていたタブレットを九条に渡した。 「これは完全人間やろ。こういうのって誰でも送れるもんなん?」 「設定によるとは思うけど。柊真君は誰からでも受け取れるようにしてた言うてたな」  なんというか執拗だ。この暗さはきっと深夜だろう。日が落ちきってから配信者の自宅をつきとめ怯えるのを楽しむ愉快犯か。ゲーム配信動画のDMだから、本業を行えと脅す目的があるのかもしれないし、猫が好きすぎる故に突飛な行動に出た人間か、ほかに明確な意図があるのか。  しかし配信の停止とともにメールも止めているから、実際手元にある写真や動画はそう多くない。これだけで警察に行ってどうにかなるとは思えなかった。  避難と言う意味で寺は絶好の場所だ。体格のいい川瀬と、対お化けとのケンカのセンスが良すぎる早坂がいるし、ここにいたほうがどうにかなるだろう。  仕事に行くため玄関に向かうと、ちょうど帰ったらしい山本さんを見送っていた柊真が中に入ってきたところだった。今日は朝から九条の手伝いをしてくれていて、慣れない様子で作務衣を着ている。早坂を見たチロが足元に飛びついて、そのまま着物に爪を立ててのぼっていった。柊真が「こら!」と慌てている。 「ええよ。可愛いねえ、猫ちゃんって」  胸元まで頑張ってのぼってきたチロを抱いて早坂はご満悦だ。「チロがおるからここでいってらっしゃい」と小さな手を持ち上げふりふりしてくる姿に手を振って、九条は玄関をきちんと閉めた。ほうきを持った柊真もついてくる。 「九条さんは営業なんですよね、拓海に聞いてて」 「そう、ずっと営業やってる」 「すごいですね……ぼく勤めたことないんでわからんのですけど、会社員ってなんかすごい」  うん、と九条は大きく頷いた。 「俺の夢はな、昔から電車乗って会社行くことやったから」  へえ、と柊真が笑う。昨日の夜は久々に動物の夢を見なかったらしい。写真のほうは帰ってから調べようと門を出ると、墓参りに来たらしいふたり連れとすれ違いあいさつを交わした。 「ここって人の出入りが多いんですか?」  と、柊真が聞く。チロの脱走を心配しているのかと思ったが、単に恥ずかしいだけだろう、この前「恥ずかしいやろ」と言った門崎と同じ顔をしている。兄弟そろって人見知りらしいが、仔猫を逃がすのも心配だ。 「たしかに敷地内はいろんな人来るけど、基本檀家さんもプライベートスペースには入らへんから安心して。渡り廊下も寺の人間しか……っていうか俺ら三人しかおらんけどとおらんから。その廊下もドアさえ閉めたら大丈夫、逃げへんよ」  よかった、と柊真が息を吐いた。 「人見知りはそうなんですけど、さっきも山本さんと話せたし大丈夫です。あと早坂さんにも猫可愛がってもらって……えっと先生? って猫お好きなんですね」  猫の扱い方慣れてる感じ、と言われて九条は曖昧に笑った。    どうなのだろう。早坂と知り合ったのは約一年前、それからは特に猫と接点があったわけではないから記憶違いかもしれないが、昨日の夜もさっきも、早坂と猫の姿を見て懐かしいと思ってしまった。  鼻の奥がツンと沁みるような郷愁が一気に込み上げて、なぜか涙が零れてしまい、慌てて袖で雑に目元を拭いた。

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