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第2話
召喚の呪文を、父である大神官が唱える間、茉希は一心に祈っていた。
確かにさっき、祈りに応える声が聞こえたのだ。
『私を呼ぶのは、誰だ……』
柔らかい低音の、男性の声。
異次元を開く扉から、確かにそう聞こえたのだ。
(どうか、力を貸してください。僕たちを、助けてください……!)
瞼を閉じて想うのは、優しかった長兄・芳雅の姿。
(僕のせいで、芳雅兄さまはお亡くなりに!)
決して消えることのない慙愧の念が、茉希にはあった。
(僕みたいな子を、もうこれ以上出さないために!)
茉希は一生懸命に祈っていたが、ふとこれまで聞いたことのない音を耳にした。
ミシリミシリと、何かを力任せに押し出すような音だ。
そしてそれは、次元扉を囲む神木から響いている。
茉以は、とっさに振り向き、声を上げた。
「お父様、皆さん、伏せて!」
「何ッ?」
「えっ?」
「どうした?」
周囲が反応する前に、神木が大きく爆ぜた。
派手に裂け、ガラガラと崩れ、辺りは香木の灰で霧のように煙った。
最後の一欠けが床に滑り、カランと澄んだ音が鳴る。
頭をかばって丸くなっていた神官たちは、灰の煙が鎮まった時、そこに見知らぬ男を見た。
茉希の召喚術が、成功したのだ。
茉希の強い祈りに応えて、異世界から現れた男。
彼を見て、神官たちはそれぞれの印象をささやきあった。
『若いな』
『20代前半くらい、か』
『体つきは良いぞ。格闘技も得意なのかな?』
緩く波打つ黒髪に、黒い瞳。
切れ長の目に、引き締め結んだ薄い唇。
鼻筋は通っており理知的で、身を包む黒衣は、まるで葬送の喪服のようだ。
そして男は、その均整のとれた体を少しかがめて、黒いマントで茉希を包んでいた。
「ケガは無いか?」
「あ、はい……」
茉以の安否を真っ先に尋ねたのは、皮肉にも異世界から来たこの男だった。
父親よりも先に、気遣ってくれた初対面の男。
茉希は彼の黒い瞳に、吸い込まれそうだった。
(何て、深い瞳。だけど、どこか哀しそう)
そんな男に第一声を告げたのは、茉希ではなく彼の父・大神官だった。
「ようこそ、異世界より訪れた勇者よ!」
陽気ではあるが、やや愚かな響きを持つ声だ。
男は胡散臭そうに、大神官の方へと視線をやった。
「まずは、我らと親睦を深めましょう。あちらに宴席を用意しております!」
一献傾けながら、お互いに自己紹介などいたしましょう。
そんな大神官の誘い声に、神官たちが拍手を打つ。
これが、召喚が成功した後の儀礼だった。
突然、異界へ呼びつけたのだ。
機嫌を損ねないように贅沢な宴を開き、もてなしていた。
茉希は、男のマントをきゅっと握った。
(この方も、やはり宴席へ行かれるのかな……)
美酒や御馳走を振舞った後は、添い寝の男や女まで用意する徹底ぶり。
そう思うと、茉希はなぜだか辛かった。
なぜだか彼に、ここに居て欲しかった。
男から溢れる魔力で、体中のうぶ毛がチリチリと焦げ付きそうだ。
強大な力を持つと思われる彼を、大神官も喜んでいた。
「大いなる力を秘めた御方と、お見受けする。私の話す言語は、お解りですかな?」
父親には、さっき茉希に掛けた男の言葉は聞こえなかったようだ。
『ケガは無いか?』
彼は、きれいな公用語で話していた。
男のマントを握りしめた茉希に、彼は二言目を掛けた。
「外からの圧が、お前にも解るか?」
「はい。魔人が近づいているようです」
「聡いな。頭の良い子は好きだ」
せっかく召喚した魔導士が、いつまでも茉希と小声で話している。
大神官である将臣には、それが気に入らなかった。
(この私を差し置いて、無能力者の茉希などと喋るとは!)
だが、こうも考えた。
(茉希を気に入ったのならば、好都合だ。こちらの意のままに、動かしやすい)
将臣が声を張って、男の気を引こうとしたその時、逆に彼の大声が響いた。
「来るぞ! 防御術を展開しろ!」
凛とした声に、神官たちは気を引き締めた。
この世界で『来る』と言えば、ひとつしか指さないのだ。
それは、魔人。
手に負えないほどの魔力を抱えて生まれた、人類に仇なす者どもだ。
男の警告と、ほぼ同時だった。
天窓の美しいステンドグラスを粉々に砕き、魔人が降り立ってきたのだ。
「まさか、こんな所にまで!」
「大神官のいらっしゃる、召喚の間だぞ!?」
慌てふためく神官たちだが、自分を守れるほどの防御魔法は展開できている。
砕け落ちて大理石の床に散らばった、ステンドグラス。
それを踏みつけながら、色の褪せたシャツにダメージジーンズを身に着けた魔人が、ゆっくりと歩んだ。
莫大な魔力を持つとはいえ、肉体は人として生まれる、魔人だ。
ことさら異形の角などは持たず、一見普通の成人男子に見える。
だが、その内から発する魔力の漏れは、その場にいる全員を震撼させていた。
魔人の靴先は大神官ではなく、先程この世界に召喚されたばかりの男に向いている。
それもまた、将臣のプライドを傷つけた。
「魔人よ、この神聖な場を汚したことを、後悔させてやるぞ!」
「弱い犬ほど、よく吠える。と、言うね」
「な、何だと!?」
「僕は、ここで一番強い奴と、話をしたいんだ」
将臣に視線を寄こすこともせず、魔人は茉希を守りながら立ち上がった男に近づいていった。
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